【勇者SIDE】傷んだ魔剣が粉砕される
(まだだ! まだ俺はやれる!)
死亡した事により、経験値の大半を失ったシドはそれでもまだ借りていなかった。失った経験値を取り戻そうと、より高難易度のクエストを求めるようになったのだ。
目標としている相手では伝説のドラゴン。『イージスドラゴン』である。
全身を超希少かつ超強度の金属『ヒヒイロカネ』で作られたドラゴンだ。その討伐難易度はSランクのクエストの中でも特上である。『SS』ランクなんて括りがあるならば間違いなくそっちに分類される。あるいは『S+』といったところか。
まずその希少金属『ヒヒイロカネ』は硬い。アダマンタイトよりも硬いのだ。本体の攻撃力も高いが、特筆すべきはその防御力であろう。
圧倒的な物理防御力の上に魔法防御力も高い。それがこのドラゴンが『イージス』の名を称している理由である。難攻不落の要塞である。
Sランクの冒険者パーティーが相手だとしてもこのドラゴンを打倒するのは至難と言えた。
「本当にいいの? シド」
「う、うるせぇ! やられたらやり返してやる! この前のクエストはたまたまなんだ! 俺はたまたま失敗しただけなんだ!」
勇者シドは完全に頭に血が昇っていた。躍起になっていたのだ。ミスを挽回しようと。
「け、けど、レベルも下がったんだし。もっと慎重にいった方が」
聖女エミリアは心配していた。
「大丈夫だっての! レベルは下がったけど、俺様にはこの魔剣グラムがあるんだ!」
勇者シドは剣を掲げた。伝説の魔剣グラムである。全てを粉砕すると言われた魔剣グラムは勇者シドの切り札でもあった。
「……そう。でもなんだか嫌な予感がするわ」
「同感だ……」
剣聖レイアも嘆いた。
「うるせぇ! 黙って俺様についてこい!」
イージスドラゴンは砂漠を渡った先、その荒野に出現するらしい。しかし、この際、勇者パーティーを苦難が襲い掛かる。
突如雨が降ってきた。
「う、うわっ! なんだこれは! 雨か……へっ。驚かせやがって」
勇者シドは気づいていなかった。この雨がただの雨ではなく、酸雨であるという事に。酸雨は金属を腐食させる。無論、伝説級の武器であるならば少し痛む程度である。だが、その僅かの狂いが接戦ともなると後々大きく響いてくるのだ。
こういった時でも精霊が勝手に武器を修繕しておいてくれたから勇者シドは気づいていなかっただけなのである。
こうして暗雲が立ち込める中、勇者シド率いるパーティーはイージスドラゴンへと立ち向かっていくのである。
◇
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
全身が硬質な金属『ヒヒイロカネ』で出来たドラゴンが目の前に現れた。その名も『イージスドラゴン』。強敵ではあるが、倒せば膨大な経験値及び貴重な金属であるヒヒイロカネが大量に手に入る。ヒヒイロカネは換金性の高い金属なので、売れば大金になる事であろう。
腕の立つ鍛冶師に依頼して武具を作れば超一級品の武具を作ってくれる。良い事づくめのモンスターではあるが。
あくまで倒せればの話である。倒せなければ絵に描いた餅でしかない。倒せなければ何の意味もないのだ。
「ルルカ……なんか魔法を撃ってくれ。強めの奴でな」
「うん。サンダーノヴァ!」
魔術師ルルカは最上位の魔術師だ。特に攻撃系魔法を好む。暗雲から激しい雷がイージスドラゴン相手に降り注いだ。
一瞬で消し炭になりそうなその轟雷を受けて、イージスドラゴンはビクともしなかった。
「へっ……やっぱりな。レイア、攻撃してみてくれ」
「わかった。てやぁ!」
レイアはイージスドラゴンに斬りかかる。レイアの剣は氷属性の伝説的な武器『アイシクルブレイド』ではあるが、それを以ってしても、なかなか有効なダメージを与えられない様子だ。
ピキィ!
甲高い音を奏で、レイアの剣が弾かれた。
「くっ。やはり、硬いな」
剣聖であるレイアを以てしてもやはりイージスドラゴンの硬質な皮膚を貫くのは容易ではなかった。
「へっ……思った通りだぜ! ここは俺様の魔剣グラムの出番だな!」
勇者シドは魔剣グラムを構えた。そもそもの話としてその魔剣を手に入れたのも、アレクの精霊による導きがあったからだという事を彼は気づいてなかったのである。
自らの幸運の末に手に入れたと本気で思っていたのだ。しかし彼はその時、魔剣グラムが酸雨によって僅かに痛んでいた事に気づいていなかったのである。
「だ、大丈夫!? なんか不安なんだけど」
「大丈夫だ! 俺様に任せておけ!」
シドは習得しているスキルを発動する。≪攻撃力UP大≫≪守備力UP大≫≪敏捷性UP大≫≪魔力UP大≫。自己強化系スキルをふんだんに発動する。
「やってやるぜ!」
シドは魔剣グラムを振り下ろす。
(とった!)
シドは確信した。そして想像した、打ち砕かれるイージスドラゴンの姿を。
しかしそれは幻想に過ぎなかった。
パリン!
「ば、馬鹿なっ!」
反対に砕け散ったのはシドが持っていた魔剣グラムの方であった。
「ば、馬鹿な! こんな! こんな事あるはずがねぇ! 何かの間違いだ! 俺は幻を見ているんだ!」
「現実を認めろ。勇者シド」
「げ、現実だと?」
「気づいていなかったのか? その魔剣が酸雨で痛んでいた事」
レイアに冷酷に告げられる。
「な、何を言っているんだ! そんな事! そんな事今まで一度たりともなかったじゃねぇか!」
「気づいていなかったの? シド。今まではアレクの精霊が放っておいても勝手に直しておいてくれたのよ」
「そんな事も気づかなかったの……鈍感すぎ」
エミリアもルルカも呆れていた。
「う、うるせぇ! あんな奴必要ねぇ! あんな無能野郎いらないんだ! 何かの間違いだ! こんな事! こんな事現実なはずがねぇ!」
「現実だと認めないで、どうするんだ? ……まだ闘うのか? エミリアがいたら蘇る事ができるが、死んだらまた経験値の大半を失う事になるんだぞ!」
「うっ……」
勇者シドのレベルは70程度まで落ちている。今回死んだら蘇ったとしてレベルが50程度まで落ちる事であろう。
頼りにしてた魔剣グラムを失った上に、経験値まで失うわけにもいかない。普通の考えならばこうなるだろう。
しかし、勇者シドは完全に頭に血が昇っていた。このくらいの計算も立たなかったのである。
「うるせぇ! やってやらぁ! フロスノヴァ!」
空手になったシドはそれでも魔法攻撃ならできた。魔法スキルを発動する。強力な氷魔法がイージスドラゴンを襲う。
「へっ。どうだ!」
「ば、馬鹿! 私の魔法攻撃でも大して効かなかったのよ! あんたの魔法攻撃で効くわけないじゃない!」
ルルカが叫ぶ。
イージスドラゴンは健在であった。
「なっ!? 効いてないだと」
イージスドラゴンのテイルアタックがシドを襲う。シドは粉砕された。
「ぐ、ぐわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
こうして勇者シドは死亡した。そして、二度目のデスペナルティを支払いレベルが50程度まで低下したのだ。
シドは頼りにしていた魔剣グラムに加え、またもや大量の経験値を失う結果となった。
取り戻そうと焦った結果、より多くのものを失ってしまったのである。
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