第1堀 怪しい美術部

「あー、結構深く刺さってる」


三角刀だし、とつぶやきながら人差し指をさするのは私・白藤小桃はくとうこもも。高校1年生。


私はフローライトの削りかすまみれの机から、バラの蔦柄の指輪を拾いあげた。

"No.052"。そう刻まれた文字を指でなぞる。

なぞった左手の親指にも、同じく指輪がついていた。

澄んだ群青色の、桜の模様が掘られた指輪。


私はそれを太陽にかざしながら、4ヶ月ほど前のことを思い出した。


(青春アオハルがしたかったのになあ…………)


今思い出せば、本当に苦笑いするような出来事だった。

あのとき私は、人生に関わる決断をしてしまったと思う―――――――――



✿❀✿



「……ええっ?!小桃ちゃん、美術部入るの?!」

「何かだめだった?」


目の前でくりくりとしたおめめを見開くのは、私の小学生のときからの友達・日夏心菜ひなつここな


「えー。小桃ちゃん、中学で運動部だったのに何で文化系?」

「何回も言ってるけど、私運動嫌いだしオンチだから!あれは忘れろーっ」


冗談交じりにわーっと飛びつく私に、心菜もわざとらしくきゃーと言ってこう言った。



「心菜も美術部入りたいと思ってたから、一緒に入部しよっ!ここに入学できたのも小桃ちゃんのおかげだし」


心菜は左手の人差し指につけたスクールリングを私に見せた。

ここ、弥琉玖みるく学園にはスクールリングがあり、年度によって色が違うのだ。

今年は1年生が群青色、2年生が緑青色、3年生が金糸雀色。


「心菜、人差し指につけたの?」

「うん!意味は“ポジティブになる”だよっ!」

「……心菜は十分ポジティブだと思うけど。右手の人差し指がいいんじゃない?」

「………えっ。えーとなになに……右手の人差し指は……」


集中力が増す。


「小桃ちゃんひどいーっ!」

「あのねえ…………そうじゃないというのならあんたの押入れを見てみな!作りかけのものがたっくさん出てくるわ!おーほっほっほ!」

「小桃ちゃんこわいよ……演劇部の方が向いてるんじゃ……」


心菜は小柄な体を引くような仕草をとり、さっきさらっと出てきた『両手10本の指、つける指輪それぞれの意味!』という紙をじいっと見る。



「小桃ちゃんは左手の薬指…………“愛や絆を深める”」


……………………………………………。


「きゃー!やだあ!小桃ちゃんったら……もしかしてカ・レ・ピ?」

「何故そうなるー!つけ間違えただけだーっ!」


私は左手の中指にスクールリングを付け替えた。

意味は“人間関係良好”。


「人間関係かあ〜。ベタだねえ」

「入学したてだしね。あんた、私にいい友達ができても知らないよ」

「きゃー、やめてよー」

「うそうそ。私の友達は心菜だけだあ〜〜!」

「わあ嬉しい!」



「おーい。みんな席に座れー」


私たちが話していると、教室のドアが開き、男の先生が入ってきた。


「げ。先生だ」

「えー。心菜、女の先生がよかったなー」


そう言って自分の席に座る心菜。


「えーっと……まず自己紹介からだな。田辺健一です。けんちゃんと呼んでください……あ、廊下とかでは田辺先生だぞ!わかったな!」



……へっ?!先生をあだ名って、いいんでしょうか………


「けんちゃんせんせー!」

「けんちゃん先生!」


……まあいいや。フレンドリーでいいのかもね。


















キーンコーンカーンコーン……




「えー!初日から部活体験なんだー!」

「そう!さっそく美術部に行こー!」


入学初日の授業を終えた私たちは、第2美術室でやっているという美術部に部活体験に行くことにした。




「――なんで美術部なの?」

「ん?」

「さっきも言ったけど、何で中学でバレー部だったのに美術部に入るの?」

「だーかーら!私運動オンチなんだって!」


中学生のとき、姉に誘われて入ったバレー部。

それは――――

もっのすごくきつかった!


小乃おねえちゃんめ…………一生恨んでやる……

と、地獄の外周で何度思ったことか…………。


「えーうそ!小桃ちゃんかっこよかったよ!小夏、何回か見に行ったもん。ボールがネットにこうドーン!って!」


………………この人バレーのルール知らないっぽいです。

練習試合で1セット出してもらったときのミニ黒歴史ブラックメモリーをアツく語るなっ。


「……ところで、お姉ちゃんには言ったの?美術部に入るってこと」

「………あーうん。なんとかね」


うちは運動家族だから、(特にお姉ちゃんに)止められはしたんだけどね……


「……それに、私は青春がしたいんだ!」

「……青春?」

「うん!高校生だよ!高校生!青春の一ページ、めくりたいじゃん?!」

「じゃあなんでまた美術部に……」

「それは、占いに書いてあったからだ!」


「ふーん……小桃ちゃんってそういうの信じるタイプだよねー…………あ、あそこじゃない?第2美術室」

「ほんとだ。ドアが開いてる」


やけに静かな気がするけど……と思いながら、私たちは部屋に入っていった。











美術室に入ると、窓辺に一人の女子生徒が机に顔をうつ伏せにして寝ていた。


「部長さんかな……スクールリングが見えないね……起こす?」

「そうだね……あのう…………」


小夏が声をかけると、「ぶぎゃっ」と色気のない声をだして女子生徒が目を覚ました。



「…………んー……さとやまくん?もーちょっと寝かせてよぉー…………」


女子生徒がそう言いながら寝返りをしたので、今度は左手の親指にスクールリングがよく見えた。


(金糸雀色。3年生の先輩か……)


「おーい。起きて下さーい」

「んぶきょっ!」


「「うわああっ!」」


いきなり奇声をあげながら先輩が飛び起きたので、私と小夏は大声で飛び跳ねる。

先輩の胸元には、『平佐箭』と札が付いていた。

平佐箭……先輩は、目をこすりながら言った。


「ご……ごめんなさーい……1年生よね?もしかして入部希望者?」

「あ、体験入部です」


私は室内を見渡してから、


「部員の人、まだ来てないんですか?先輩しかいないですよね?」

「あー。まあその……実をいうと人数ヤバくて……部員8人しかいないし、ほぼ幽霊部員だし……」


ぶ、部員が8人…………

困ってるなら、私は入ろうかな……………ってだめだめ!私の目的は青春を思いっきり楽しむこと!そんな理由で軽く入っちゃだめ!


「あのー……ここ、カラーペンとかあるんですかあ?」


おお!ナイス、心菜!

活動内容とかを聞かなきゃ分からないもんね!


「えっ………カラーペン……えっと、確かあそこの棚の引き出しに……」

……」


実はあんまし活動してないんじゃ…………


「えーっと……じゃあ活動内容とか……」

「えぇ……うーん……」


あ、怪しい…………




ガラッ。




すると、ドアが開いて髪がぼさぼさの男子生徒が入ってきた。

スクールリングは緑青色。2年生だ。


「ひら先輩。100届きました。サインお願いします」


「あ、里山君お疲れ様!」


…………100?うーん、なんのことだろう……

里山……先輩はこちらに気づくと丁寧にお辞儀をした。なんだか平佐箭先輩と話しているときより目が冷たいような…………


「……あ、そういえば自己紹介してなかったわね。私は美術部部長の3年生、平佐箭ひらさやげんでーす」

「2年副部長の里山長武さとやまおさむです。“スクールリング部”にようこそ」


「「…………スクールリング部?」」


「ちょっ、里山君?!」

「え、ひら先輩言ってなかったんですか?そういうのボッタクリって言うんですよ」





平佐箭先輩は、里山先輩に促されしぶしぶ美術部のことについて話し始めた。



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