第17話 愚者と大馬鹿野郎
目の前にいる存在はヴァルグにとっても初めて目にする存在だった。
人間特有の魔力回路、その上に重なるように魔物特有の魔力回路が身体中に流れている。
特有と言うだけあって、本来であれば一つの身体に異なる魔力回路は存在しない。
人間には人間の、魔物には魔物の、これはヴァルグたち王の血統の者であっても変わらない真理である。
最初に違和感を抱いたのは身体中を包み込んだ魔力の膜。
あれは魔物が個体として形態変化を起こす際に発生する進化の過程と酷似していた。
急ぎ『
魔物だった。
正確には、膜の中にいる人間の肉体を魔物の肉体が飲み込んでいた。
そして気づいた。これまで一度も発動されていなかった『
ヴァルグの『
しかしそれで十分だった。
魔術を発動するためには術式に魔力を流し込む必要がある。
人間が初めて生み出した魔術という現象は、魔物に悪用されないように性質の異なる魔力ではどれだけ術式に魔力を流し込んでも発動出来ない構築がされている。
『
手を加えたのだ。躰刻術式は身体に直接刻まれる術式の為、誰もが行ってこなかった、自らの身体を切り刻むことで内側から術式を改造した。
札や衣類に刻まれた形のある術式を改造するのとは比べ物にならない。
躰刻術式は血液と肉体で構成された形の無い術式、故に法則性はなく、失敗すれば死が訪れる愚行を犯した。
その結果得てしまった。魔物を取り込む力を。
同時に捨ててしまった。人間を。
ヴァルグの怒りが湧き続ける。
興味深い存在だと思っていた。
思想、身体能力、センス。悪くない逸材だと。ここまで自分と渡り合い自我を貫き通す振る舞い。王に認められた一員であることにも納得がいっていた。
だがこれはない。認めるわけにはいかない。
誰よりも祖先から受け継いだ力を尊重する小龍が、己の生き様を冒涜する存在を許せる訳がなかった。
「ルイ君、こちらに来なさい。そちらは危ないから」
人間だった存在、クリードはルイに優しい笑みを向けて呼んだ。
その態度から、既にヴァルグなど眼中にないことを悠然と表していた。
「……最初から、ですか……」
「うん?」
ルイはクリードの返事には答えずに疑問を問いかける。
全身を震わし、両手を限界まで握りしめ、かつてない怒りをその身に宿していた。
「最初から!!僕に嘘をついていたんですか!?魔物と過ごす時間の楽しさを教えてくれたのも!!助け合った思い出話を聞かせてくれたのも!!全部嘘だったんですか!?」
「……嘘じゃないよ。あの話は全部本当だよ」
「じゃあなんで!?なんでそんな酷いことが出来るんですか!?喰ったってどう言うことですか!?その身体はなんなんですか!?魔物と仲良くなるのがテイマーじゃなかったんですか!?」
「仲良く、か…。素敵な言葉だね。皆そうあれば、本当に素晴らしい世界なんだろうね……。でもねルイ君、そんなの子供の夢でしかないんだよ」
優しい笑みを保っていた顔が真剣な表情に変化した。
「どれだけ一緒の時間を過ごそうが人間と魔物は決して相入れない存在同士だって必ず気づく時がくる。ここで教わった筈だよ?テイマーと魔物の本来の在り方を。あれが真実だ。それ以外にはない」
それは言うことを聞かない子供を叱る大人の図に見えた。
「あの時君に語ったのは夢を見させるためだよ。そうしないとテイマーになろうなんて思ってくれる子がいなくなるからね」
最初の一歩目を踏み込みやすくするための手助けだったと。憧れを体現する為に背中を軽く押しただけだと。
「君が特別なんかじゃない。此処にいる皆にしてきたことだ。そして君以外の子は皆気づいた。これがテイマーだと。君だけだよ。まだ夢を見ている子供は」
夢は十分に見ただろう。いい加減現実に向き合え。目を背け続ける無知な子に言い聞かせる。
「本当は君だって分かっているんじゃないかい?見ただろう?魔物が君たちに向ける敵意を。あれとどうやって仲良くなる?無理な筈だ。だから力がいるんだよ。対等ではなく、支配するために」
「……そんな訳ない。そんな訳ない!!」
そんなことこれまで散々言われてきた。
周りの子が次々と諦めていく姿も何回も見た。
それでも折れることのなかった少年は今更言葉だけでは屈しない。
「敵意があるのなんか当たり前じゃないですか!!あんな鎖を繋がれて!!逃げることもできずに何度も叩かれて!虐められて!そんなことをしているから誰も友達になれないだけじゃないですか!!」
「それが必要なことだからだよ。それに、そもそも前提が間違っている。彼らに君たちと仲良くなる意志なんて全く無いのだから」
「なんでそんな事言い切れるんですか!!僕たちは仲良くなれました!!コルドさんだってそれは知っている筈じゃないですか!!」
「そうだね。私がそう仕組んだ事だからそう思うのも無理はない」
「………どう言う事ですか?」
強気だったルイの心に揺らぎが生じる。
その様子にクリードは付け入る隙が生まれたと確信した。
「最初に会った時に言った筈だよ。僕がテイマーであることは。魔物の危険性を熟知している以上、君に手渡したからといって契約を破棄することはしないさ。当然君たちが一緒に行動していた間ずっとキューイは僕の支配下にあった。だからこそ君と仲良くなるように演じさせたし、いきなりは違和感があるから徐々に仲良くなっていくように命令も出していた。辛いかもしれないけどそれが現実だよ」
魔力回路が開いていないルイは当時のキューイがどのような状態であったのか調べる術を持っていない。
此処にきて『
「………………キューイの好きな食べ物を知っていますか?」
「…何を言っているんだい?」
「キューイの嫌いな食べ物は?キューイがよくやる仕草は?キューイの口癖は?キューイの好きな花は?キューイの好きな街は?キューイが眠くなる時間は?キューイの寝相は?キューイの起きる時間は?キューイの喜ぶことは?キューイが怒ることは?キューイの泣き方は?キューイの変顔は?キューイの優しさは?キューイの毛並みの良さは?キューイの温かさは?キューイの格好良さは?キューイのドジなところは?キューイの意地悪なところは?キューイの強いところは?キューイの弱いところは?…………答えれますか、コルドさん?」
場が完全に静まり返る。
クリードも、その横にいるヴァルグも、唖然とするしかなかった。
ルイの発言もそうだが、何よりも発している雰囲気からただならぬものを感じた。
特別な力を感じた訳ではない。ただ、これまでとは比べ物にならない静かな怒りが沸々と湧き上がっていることを直感した。
そして無表情だった顔が唐突に爆発的な変貌を遂げた。
「そんなことも分からずにキューイのことを語らないでください!!何が演じさせたですか!!そんなことずっと一緒にいれば演技か本当かわかるに決まってるじゃないですか!!馬鹿にしないで下さい!!そんなだから魔物にも嫌われるんですよ!!なーにが力で支配ですか!!上から目線してんじゃないですよバーカ!!バカバカバーカ!!」
怒髪天だった。
ルイにとって一番触れてはいけない
子供の戯言だ。言っていることに全く根拠なんかない感情論なのに、冷めない怒りの形相を前にして何も言い返せない。
––––––何故だ?何故あの子は此処にいてここまで強くいられる?
「勝手に僕の思い出を汚さないで下さい!!あなたの言っていることはデタラメばかりだってよく分かりました!!もう顔も見たくありません!!さっさとどっか行ってくださいこのバーーーーーーカ!!」
所詮は子供と侮っていた。
今から矯正していけばあの異常性もどうにかなると。少しの綻びでも生まれればそこから崩せる自信があった。
なのに強がりではなく、本当に信頼しての言葉だと分かってしまう。
手遅れだった?それにしては違和感を覚える。
『
何があった?……そんなこと明白だ。
「……何を吹き込みました?炎龍王」
ルイから目を離し、諸悪の根源だと判断したヴァルグを鋭く睨みつける。
当のヴァルグは何が面白いのか、腹を抱えてゲラゲラと大声で爆笑していた。
「はーっ、あー駄目だ、面白すぎるだろ。なんだよ此処、さいっこうに馬鹿しかいないなマジで!あー腹いて」
「炎龍王、質問に答えてくれませんかね」
「ああ?知らねぇよボケ。俺は嘘を言ってねぇだけだクズ。『
「十分過ぎますねぇ…」
ヴァルグの語尾には反応を示さず、もはや取り返しのつかない状態までルイの精神が成長したことを理解する。
合流してないところを見るに、まだどっちが本当か完全には分かっていないだろうが、生きている方を信じた以上今から懐柔するのも無理だと判断する。
「………見つけましたよ、王よ」
ヴァルグから放たれた呟きは誰の耳にも届くことなく霧散する。
怒りを露にしていた表情も、今では腫れ物が落ちたように翳りのない涼しげな表情へ変わったことにクリードは僅かな苛立ちを感じた。
「いつまでそんな顔をしているつもりですか?流石に気を抜きすぎでは?」
「……救いようのねぇ愚者が五月蝿えなぁ」
「……はい?」
「どーも調子こいてベラベラと
クリードと向き合いながら、隣で怒りが収まらないルイをあやすように、頭の上に手をポンっと置く。
わしゃわしゃと髪を掻き回すと、我を忘れていたルイがハッとした様子でヴァルグの方を向き、ヴァルグは一瞥しながら笑みを浮かべる。
「よくぞ言った大馬鹿野郎。お前こそ真のテイマーだ。この俺が認めてやる」
夢見るテイマー斯くあるべし ウれパん @f2277
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