第13話 逃走少女と護衛鼠(上)
------さて、どうするか。
ヴァルグと別れ通路を走り続けるキューイは自分が一番すべき行動について考えていた。
作戦通りに動くのであれば誰にも見つかることなく出口を目指して脱出をするべきである。
魔物である自分が見つかれば捕えられるか殺されるか、どちらかの行動を人間はとるに違いない。
角を取り戻した今であれば、不意をつければ1人2人なら倒せるとは思うが、無理をすれば修復したばかりの角にどんな影響があるか分からない。戦うにしても最終手段にしておきたく、見つかれば極力逃げに徹するのが一番と分かっていた。
それでも脱出することを一番に考えれない理由、それはスランのことが気がかりになっていたからである。
スランと別れる前、お互いヴァルグから施設の構造について教えられていた。魔力で作られた現在地から出口までしっかりと描かれている地図を見せてもらい、携帯することは出来ないとのことだったのでその場で覚えなければいけなかったが、キューイにとっては少しの時間見れただけで大体は把握することが出来ていた。
問題はその時のスランの反応。
『えーっと、左行って右行って左行っての上で右に左でぇ〜………んん??』
とても不安だった。
念の為確認を取った時も焦りながら『大丈夫大丈夫』と言っていた。一番大丈夫じゃない反応だった。
地図をいろんな角度に回しながら見ていたのも凄く心配になった。
キューイの能力によって、魔力を繋げた相手となら一定の距離内であればどこにいるかを把握することが出来たため、今もスランの位置を気にしながら走っているがどうにも怪しい動きを見せている。
地図では、と言うか建物の構造上大抵は外側に出入り口があるわけだが、スランは何故か少し前までいた地下周辺に向かって移動している。
他の人間に怪しまれないための行動なのかもしれないが、出口からは逆走と言ってもいい走りっぷりだった。
------迷ってるよなぁ、絶対。
最悪、誰かに聞いて脱出する手も思いつくだろうが怪しまれる行動は当然避けた方がいいに決まっている。
それに此処はすでに戦場でもある。あの化け物同士が戦い合えばどうなるか想像もつかない。
そんなところにスラン1人放っておくのは心配が尽きない気持ちにもなる。
それに…。
------あいつが何も手を打っていないとは思えないしな……よし。
何もなければそれに越したことはない。
しかし何かあった時、取り返しのつかない事態を避ける手立ては打っておかなければいけない。
そこまで考え、キューイはスランの元に駆けつけることに決めた。
※※※
一方、スランはというと。
「……あれ…?」
地図を片手に景気良く走り出したところまでは良かったが、うろ覚えな記憶を頼りに移動して見れば何故か見覚えのある地下に繋がる階段の前にいた。
ヴァルグたちと一緒に出てきた場所とは違っていたが、地下に繋がる階段は複数存在し、スランは最初に降りた場所とも、上がってきた場所とも違う別の階段に辿り着いていた。
「おかしいな……ちゃんと通っていない場所を走ったつもりだったのに…」
実際その通り走ってはいたが、なるべく大人には会わないようにした結果、自然と人気の少ない道を選んだため魔物部屋に近づいていくルートを走ってしまっていた。
「どうしよう……迷ったよね確実に、っうわ!?ちょっ、なになに!?」
これからどう動くべきか、そう考える思考を打ち消すかのように突如として訪れる耳を
一瞬にして収まった出来事であったが、今のようなことが出来そうな存在に心当たりがあり気持ちに焦りが生まれる。
ヴァルグの作戦でスランは目的が達成次第、直ぐにこの施設を脱出しろと言われていた。
特に留まる理由もなく、何ならさっさと出て行きたいから指示に従うのに文句は無かったが一応理由を聞いてみたところ、
『死にたくねぇだろ?』
なんて物騒なことを言われたため先程の出来事も相まって身を守る術を持たないスランとしては直ぐにでもここから脱出しなければいけない気持ちが高まるばかりだが、闇雲に走っていいものか考えていた矢先だった。
『スラン!今から迎えに行くからそこにいろ!』
「え!?キューイ!?」
まるでスランの現状が分かっていたのではと言いたくなる最高のタイミングでの助け舟だった。
「ほんとに!?やったー!!あんた本当に最高のネズミちゃんね!!」
『
その時だった。
「おい16番、今のはどう言うことだ」
背後からかけられた声に喜びで緩み切っていた顔がピタッと硬直する。
壊れかけの機械のようにぎこちなく後ろを振り返るとそこには見慣れた顔をした大人の姿があった。
「あ、あはは…どうも…」
声で察し、見たことで確定してしまった正体に歯切れの悪い返事を返す。
今までなら大人を前にして強気の態度をとれていたが、事目の前の存在に関しては本能的にどうしても怯んでしまっていた。
「どうもじゃない。俺は今の言葉はどう言う意味だって聞いたんだ」
他の大人たちに比べ一際鍛え抜かれた肉体を持ち、子供を威圧するには十分な迫力がある長身から見下ろしてくるスキンヘッドの巨体。
黒ずくめ男を除く大人たちのリーダー的存在、アンバーは再度スランに圧をかけながらにじり寄って行く。
子供たちは皆、目の前のアンバーから少なくとも一度は言葉と暴力によって逆らう気持ちが折れてしまう程の恐怖を刻まれていた。
スランも例外ではなく、どうしても今のように脅されると当時の記憶が蘇ってしまい身体が勝手に震え、縮こまってしまっていた。
「…ち、近づくんじゃないわよ!」
しかし、今のスランには逆らえる手段が存在した。
勇気を振り絞り、震える身体を手でぎゅっと押さえつけ、鋭い眼差しを相手に向けながら自分の胸についている憲兵の証を指差す。
「あたしは憲兵になったのよ!だからあんたに従うわけないじゃない!あんたこそその態度は何なの!?バジエダに行ったらあんたのこと報告してやるわよ!それが嫌だったら------」
「構わんぞ」
「え?」
これまで大人の様子から予想して、アンバーにも絶対に有効だと思っていた言葉をあっけらかんとした態度で返され上擦った声をあげてしまう。
「構わんと言っている。よく分からんがするなら勝手にしろ。そんなことよりさっさと俺の質問に答えろ」
「え、えと、その、……ふぇ」
最大の武器が意味を成さず、これから待ち受けるであろう折檻を想像して泣く寸前まで追い詰められる。
アンバーが手を伸ばし捕まえようと身体を詰め寄らせ、逃げたくても恐怖で身体が思うように動かないスランは徐々に近づいてくる巨大な手に捕まる、直前だった。
「キュイーーー!!」
「「!?」」
遠くスランの後ろから聞こえてきた魔物の声。
アンバーはその声の主に対して警戒し、伸ばしていた手を止めて声がした方をその場から睨みつける。
対してスランは恐怖から我に返り、すぐさまアンバーに背を向けて全力で後ろに走っていく。
両者のこの反応の違いがスランの窮地を救った。
「キューイー!!」
泣きながら声の主、キューイの元へと駆け寄ると合流してすぐその場から立ち去っていく。
「ちっ!」
少し遅れて後を追うアンバーは巨体に似合わない速度で一気に距離を詰めていく。
「うわぁ!!キューイ来たよ!」
『前向いて走れ!!』
残り数メートルの差、その位置まで距離を詰めてきたアンバーの腕がスラン目掛けて伸ばされた瞬間、
『ギイィィィィィ!!』
「ぐぅっ!?」
アンバーの脳内に頭の中をかき乱すが如く歪な音が流れ込む。
咄嗟のことに対応が追いつかず、身体を揺らしそのまま壁にもたれかかり足を止めてしまう。
視界にはスランとキューイの姿を捉えながらも身体が思うように動かずそのまま取り逃す形となってしまった。
「あれ!?
『超音波を食らわせた!多少の時間稼ぎにしかならんから気を抜かずに走れよ!』
「そんなこと出来たの!?キューイカッコよすぎじゃん!!大好き!!」
『俺もだぞ〜』
調子を取り戻したスランと共にアンバーからどんどん距離を離していく。
スランを安心させるために軽い返事で返すがキューイは決して油断せずに後方への警戒を緩めずに走り続けた。
「っくそ!…大将、あんなのできるなんて聞いてないですよ…ったく」
視界から完全に見えなくなったところでようやく身体を起こせるようになったアンバーは愚痴を言いながらも任された任務を全うするための行動を移していく。
体内に刻まれた躰刻術式『
そうすることで異界に存在する縁を結んだ者を呼び寄せる『サモナー』としての能力を発動させた。
アンバーの正面に幾何学的な魔法陣が展開される。
淡い輝きを放つ魔法陣から一瞬強烈な輝きが放たれ光が収まった時、魔法陣は消滅し代わりに黒い毛皮に覆われ2本の巻き角を頭部から生やし屈強な肉体をした馬が出現していた。
「ハルアーク、半殺しまでだ。それ以外は好きにやることを許す」
「ブルオォォォ!」
テイマーからの指示に召喚獣は高らかな遠吠えで応える。
次の瞬間、召喚獣は豪快に地面を蹴りつけ目標に向けて力強く駆け出した。
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