第11話 黒紅激闘

 「「はーはっはっはー!」」


 ルイとヴァルグ(3号)が走り出していた頃、ヴァルグ(本体・2号)の高らかな笑い声が通路内に響き渡っていた。

 それを近くで聞かされている黒ずくめの男性は激しく息を切らしながらヴァルグの二手からくる攻撃を凌ぎ切っていた。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 「貴様本当に面白いな!俺の攻めにここまで耐える人間とこんなに早く出くわすとは思ってもみなかったわ!」

 

 「最高だぞ!貴様は本当に俺を楽しませてくれるな!」


 2体の怪物から気に入られた当の本人は称賛に応じることなく黙して勝機を伺っている。

 だが現状では1体目が大振りをしたところに2体目がすかさずカバーに入るタイミングが完璧なため付け入る隙がなく、何より地力が違っていた。

 小柄な身体から繰り出される力とは到底思えない一撃を常に繰り出し、男性が避けて壁に拳が当たった箇所には高速で鉄球がぶつけられたのではと思うほど深く抉られた傷跡が何十箇所も刻まれていた。

 しかしこの惨状はヴァルグの攻撃が決して大雑把だったため起きたことではなく、男性が的確に攻撃を読み切って最低限の動きで受け流し避け続けたからこそなり得た結果であった。

 そして男性も何十回にも及ぶ攻撃を見続けたことで相手の動きの法則性を見極めつつあった。


 「そぅら行くぞおらぁ!!」


 「へばんなよ弱者ぁ!!」


 豪快に叫びながら左右に別れて突撃してくる2体のヴァルグ。

 中腰で待ち構えた男性に対して本体は斜め右から顔面に向けて左ストレートを繰り出すと、壁を背にしている男性は屈んでその攻撃を避けた。


 「はっ!」


 しかしヴァルグはその動きを見越して、左に振った身体の勢いを利用して身体を一回転させると回転の力が乗った尻尾で男性の頭部を砕きにいく。

 だが、動きから目を離していなかった男性は前方に飛び込むことでこの攻撃も回避した。

 

 「惜しいなぁ!」

 

 男性の動きについていくように2号が低空飛行で男性の身体と横並びになる。

 本体の動きを派手にしたことで2号を視線から外させたヴァルグは無防備となった男性の腹部目掛けてアッパーを繰り出す、が、


 「なっ!?」


 動きを予想していた男性は両腕を地面に叩きつけて身体を空中で180度前転させると、壁の反対側に向いた足の進路上に術式が描かれた札を出現させた。

 足が札に触れた瞬間、術式により施された魔術が発動し、男性の身体は壁側に向かって反射して手前にいる2号に突撃した。

 

 「ちぃ!?」


 避けれないと判断した2号は腕を前に構えて防御の体勢をとる。

 男性はその動きを見た上で前方に出した腕の中にステッキを出現させて両手で持ち、ヴァルグの両腕とステッキが激突した。


 「ぬうっ!?」


 金属同士のぶつかり合いを彷彿とさせる甲高い音と同時にヴァルグの身体が後方に吹っ飛ばされる。

 男性はその瞬間を見送ることなくステッキを地面に叩きつけると、反動を利用して身体を天井に向かって浮かせていく。

 カバーで今も尚近づいて来ている本体はそれを目で追いながら男性が自分に向けて術式が描かれた札を出現させる瞬間を見た。

 すると本体はその場で急停止しながら息を大きく吸い込むとすぐさま男性に向けて咆哮を放った。


 「あっ!!!!」


 ヴァルグの咆哮は音と魔力の塊となって触れるものに痛烈な打撃を与える巨大な弾丸と化した。それに対抗して男性は札の術式から轟音が鳴り響く強烈な竜巻の魔術を発動させた。

 両者の技が触れた瞬間、巨大な重量物同士が激突しあった衝撃音が一瞬だけ鳴り、豪快な音と共に爆発した。


 「っ!?」


 空中にいた男性は支えになるものが無かった為、後方の通路奥へと飛ばされるが、着地を済ませた瞬間直ぐにステッキで吹っ飛ばした2号に向かって駆け出して行く。


 「それは欲張りじゃねぇかぁ!!」


 すでに体勢を立て直していた2号は向かってくる男性に対して自らも飛び出していく。

 男性はその動きに対してステッキを前に出すと、ステッキから閃光が発生し、辺り一体を光が包んでいく。

 

 「っ小細工を、がはっ!?」


 2号が目元を腕で隠した隙を見逃さず、ステッキの棒先部分で腹部に的確な一撃を与え、後方に吹き飛ばす。

 光が収まりヴァルグと男性の間に距離が開くと互いに睨み合いの状態に入った。

 男性は吹き飛ばした2号も視界から外さずに注視する。すると倒れた姿勢から直ぐに起き上がり本体と横並びに浮き上がるのを確認した。


 「…今のでも消えませんか。流石は王の血統なだけはありますね。タフさも怪物級ときましたか」

 

 「はっ!貴様がそれを言うか虫野郎。スタミナも随分人間離れしているではないか。まだこれほどの余力と技を残していたとは思わんだぞ」


 「こちらの油断を誘ったことは褒めてやる。並の者なら確実に仕留めることの出来た動きであったぞ」


 「でしたら『分身アバル』くらいは消えて欲しかったですね」


 『分身アバル』は発動者の分身体を作る魔術である。

 分身体は発動者の技量によって本体の身体能力の何割かを保有した状態で出現する。初めて『分身アバル』を試みた者が使ってみると喋ることも歩くことも行えない分身体しか作成出来ない程、発動難易度は難しいと言われている。

 しかしヴァルグが発動した『分身アバル』の実力は本体と全く一緒であった。

 それと対等に戦闘及びどちらが分身体か常に把握して行動していた男性も抜きん出た実力者に変わりないが、知識によってカバーした点も大きかった。


 『分身アバル』の身体は発動者の魔力によって構成されている。

 魔力を使用する行動は身体を構成する要素を取り除くことに繋がるため、分身体は安易に魔力を使用することは出来ない。

 また発動者本体の身体を構成する組織(血液や肉体)を作り上げたのではないため、体内に刻まれた躰刻術式が分身体には存在しないため魔術の発動も出来ない。外的要因(男性が使用した札など)を使用しての魔術の発動は出来るが、複数の術式を体内に保有する存在がわざわざ持ち歩くことなどあり得ないと考え、片方からの魔術並びに魔力を使用しての攻撃はないと読んでの行動が出来ていたこともここまで渡り合っていられたことに大きく関係していた。

 そして今、分身体に一撃を加えたことで身体の損傷による消滅を期待したが目論見は見事に外れてしまった。


 「にしてもだ。貴様、今の行動は逃げるのが正しい判断だったと思うが?宝物が盗まれて気にならんのか、ああん?」


 「気になりますよ。しかしもう一度あれを食らうわけにはいきませんので」


 本体からの挑発に男性は冷静に応じていく。背を向ければ最初にされた突進をしてきたに違いない。

 こうなった以上、一つのミスが命取りになると男性は理解していた。


 ------これならどう来る。


 男性は『空間ディメンジョン』を発動するための過程を構築していく。先程のような一時的に異空間に入れただけの札やステッキを呼び出すのではなく、自らの身体を別の場所へ移動させるための発動に伴い、男性から大きな魔力反応が感知される。

 

 ------させるかっ!


 この行動を一番警戒していたヴァルグは即座に本体が男性へ一直線に突撃していく。

 ルイの居場所がバレた時と男性本人の身体を移動させて攻撃を避けなかったことから、生物を移動させるために発動する『空間ディメンジョン』は直ぐに発動出来ないことを見抜いた上での行動だった。

 このまま『空間ディメンジョン』を発動しようとすれば先に本体の突進が男性に直撃する。

 しかしその直前に男性は『空間ディメンジョン』の発動を中断しステッキを前に斜めの両手持ちで構えて受けの体勢をとる。


 ------は?それは一番有りえねぇだろ!?


 この行動はヴァルグにとって予想外であり、しかし行動を変える必要もないと考え迷わず突進することを選ぶ。

 自らの身でその威力を体感したにも関わらず、真正面から受けるという誰の目から見ても愚策にしか思えない男性の選択。

 その結果は、


 「っマジかよ…!」


 男性が微動だにせず完璧に受け切った形となった。

 追撃を行う為に天井スレスレに飛んでいた2号もこの結果は想定しておらず、男性を追い抜いてしまった状態から急いで反転して後方から攻めにいく。

 本体の頭部とステッキが打ちつけ合う状態になっている中、完全に無防備となった背中への一撃。

 その攻撃は男性の背後に出現していた透明な弾力性のある魔力の塊によって威力を完全に殺された。


 「はぁ!?っやべ!!」


 攻撃を止められた2号が自らの腕が固定されたことに気づいた時には既に手遅れで、2号の身体は自分に向かって伸びてきた魔力の塊に飲み込まれ完全に固定された。


 「テメェ…」


 「良い魔術ですね。大変気に入りました」


 『索敵サーティクル』によって何が起きたのかを察した本体は打ちつけ合いの状態のまま男性を鋭い目つきで睨む。

 一方男性は先程の仕返しとばかりに相手を挑発する余裕のある表情を浮かべた。


 「調子に乗ってんじゃねぇぞ弱者ぁ!!」


 本体が怒りの叫びを発すると同時、男性の後方で魔力の塊がバラバラに弾け飛んでいく。

 中で閉じ込められた2号が魔力を全て外側に放出し衝撃波を放ったことで内側から強引に破壊した結果、2号はその身体を維持出来なくなり消滅し、衝撃でバランスを崩した男性は僅かに前のめりの姿勢になる。

 2号の動きに合わせて打ちつけ合う状態から身を引いた本体はその隙を見逃さず、魔力を込めて強化した左ストレートを男性の顔面に狙う。

 男性もすかさず2号を閉じ込めた魔術を顔の手前に発動させる。即座の発動を間に合わせる為ヴァルグの拳より少し大きくするだけに留め強度も最低限で発動した結果、


 「っっっ!?」


 ヴァルグの拳を防ぎ切ることは叶わず、顔面の横面にめり込み身体は後方に大きく飛ばされた。

 一転、二転と激しく跳ねながら転がり、三転目で身体のバランスを無理矢理にでも戻すため両手を地面につけてから両足もつけてブレーキをかける。

 耳障りな摩擦音を鳴らしながら顔をあげて正面を確認すると、ヴァルグの姿が見えないことを確認し、直ぐに顔の手前に発動した魔術を今度は頭上に発動する。

 先程よりも準備が早かった為、今度は強度を高めて発動することが出来た魔術は頭上から迫るヴァルグの拳を今度こそ防ぐことが、出来なかった。


 「っ!?がっ!?」


 ヴァルグの拳は男性が発動した魔術を砕きそのまま男性の脳天に一撃を入れた。

 うつ伏せの状態で地面に激しく叩きつけられ身体が一度大きく弾んだ男性は身動きをとることが出来ず、魔力で象った巨大な龍を彷彿とさせる足によるサッカーボールキックをモロに食らった。

 触れた瞬間バラバラに砕けてもおかしく無いほどの衝撃で吹き飛ばされた身体は勢いを止めることなく20メートル以上離れた突き当たりの壁に激突し、背後の壁にも大きな傷跡を残した。


 「あ……か…、ゔおぇぇ!」


 大量の吐血に加え身体を激しく痙攣させる男性。

 その様子を、蹴った直後に間を詰めるため追いかけたヴァルグは少し距離を空けた位置から観察していた。

 普通なら勝負がついている光景なのは誰の目から見ても明らかだった。

 しかしヴァルグの表情から一切油断している様子は伺えない。じっと横たわった男性から目を離さず、数秒後男性が徐々に起き上がってきたことにも顔色を一つも変えずに見続けていた。


 「…げほっ、…あぁあ、いやぁ…流石は、げほっ、…炎龍王と言ったところですね…、予想よりずっとお強い……ここまで痛めつけられたのは、生まれて初めてですよ…」


 「はっ!光栄に思うことだな。一生の思い出を相応しい相手に刻んでもらったんだ。誰にでも体験できる事ではないぞ」


 「御免ごめんこうむりたかったですけどね…それにしても、こちらとしては『分身アバル』を捕らえたところから形勢逆転だと思ったのですが…、なかなかどうして、上手くいかないですね」


 この言葉についてヴァルグは思うところがあり、真剣な表情をして尋ねる。


 「…貴様のあれは『転写コピー』か?いつ盗んだ?」


 「最初に捕らえられた時にですよ。触れたら発動出来るのはご存知ですよね?」


 「技量があればな。やはり生意気な奴だな貴様。『拘束バンロック』と言った時も『柔硬クライ』と分かっていた上で嘘をついたか。用心過ぎるだろ。ハゲるぞ」


 ------解せんな。俺の術式をあの一瞬で見抜けるとは思えんが…。


 男性の言葉に納得した振りをしてヴァルグは内心で疑い続ける。

 『転写コピー』は対象とした魔術の術式を写し撮る魔術である。

 そしてヴァルグの知る限り、相手の魔術に一瞬触れるだけで術式をまるまる写し撮る芸当など王を除いて出来るわけがないと思っていた。

 理由は王の中でも出来る存在が1体だけしか存在しないからであったが、元々魔術を遊び半分でしか考えていない方々なので本気を出せば案外人間でも出来るものかとも考えてしまう。


 「つーか貴様、そんなことが出来るなら『分身アバル』も『転写コピー』すればいいものを。制限付きか?」


 「ええまぁ、そんなところですかね」


 「…どうも煮え切らん言い方だが、まあ許す。久しぶりに楽しめたことだしな。それにこっちの準備も整った」


 ヴァルグの後方、そちらから二つの影が駆けてくるのを男性は見た。

 遠目から、一つは小さな身体に浮遊している存在で、もう一つは大きさから子供と判断が出来る存在だった。


 「詰みだ。諦めろ弱者」


 「…なるほど。詰み、ですか…」


 勝利宣言をするヴァルグに男性は向き合いながら言った。

 その表情は追い詰められた者とはかけ離れた涼しげな笑顔だった。


 「私もです。私の勝ちです。炎龍王」






※※※



おまけ《実は初めて》

 

ルイとヴァルグ3号が走っている途中。

ル「ねぇ龍さん。名前はなんて言うの?」


ヴァ「ああ?ほんと好きだなお前ら名前聞くの。…ヴァルグレス・ウォーデルヒッテだ。ヴァルグでいいぞ」


ル「ヴァルグレス・ウォーデルヒッテ!!うわぁ!凄い!凄くかっこいいね!!」


ヴァ「ん?そ、そうか…、ん、んん!いやその通りだ!何を当たり前なことを言っているだガキんちょ。俺がかっこいいのは当たり前だ。いちいち言わなくてもいい」


ル「そ、そっか。ごめんなさい。で、でもね、本当にかっこいいなって思ったから!だってヴァルグレス・ウォーデルヒッテだよ!すっっごくかっこいいんだもん!!」


ヴァ「ん、ふふ。そ、そうだな。確かに俺はかっこ良すぎるからな。まぁそれなら、それならまぁ口に出しても仕方ないかもなぁ〜。そうだな!よし、今回だけは特別にもっと俺を讃えることを許してやる!じゃんじゃん褒めるがいい!」


ル「うん!!あっ、そういえば『こうべをたれてへいふくしかんしゃしな』だったよね。えーと今は急いでいるから、頭を下げて両手を合わせて…ありがたや〜ありがたや〜」


ヴァ「そ、そんなに褒めるなよ〜。い、いやもっと褒めろ!もっと褒めるがいいぞ!はーはっはー!!」

 


※※※

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