第10話 少年オンステージ(下)

 「龍だ……」


 自然と言葉が漏れるように出てしまった。

 目の前にいる存在を肯定するために、これが現実だと認識するために。

 キューイと一緒に見ることを約束した存在が間違いなくそこにいた。


 「あ、今はいいぞやらなくて。特別に心の中でやっておくだけに許す。とにかくここから直ぐに出るぞ。あまり余裕がねぇからな」


 未だ理解が追いつかない僕を無視するように龍は捲し立てるように言った。

 君は一体誰なの?何で僕を探していたの?何で急がなきゃいけないの?

 いろんな疑問が浮かび上がるだけで思考がまとまらない中、それでも僕は言わなきゃいけないことを言った。


 「………行けない」


 「あぁ?お前もか?めんどくさ過ぎだろ最近のガキ共。いいから来い」


 龍が近づいて腕を掴もうとしてくるので僕は後ろに下がって避ける。


 「…おい」


 その行動に龍がいぶかしむ顔をするけど、僕も構わずに言った。


 「ごめん!…行けないんだ、コルドさんに言われてるから」


 龍に会えたのに嬉しい気持ちは一切湧かなかった。

 本当だったらこんな風に龍からの誘いを断りたくなんかなかった。

 でも今はコルドさんにここに居て、ってお願いされている。

 ……それに、今の僕の隣には一緒に見るはずだったキューイがいない。

 もう、一緒に見ることが出来ない。

 とてもじゃないけど、龍と一緒に行動したくなる気持ちにはなれなかった。


 「いや誰だよ。…あ、生意気男のことか。だったら尚更来い。そいつお前の敵だから。はい解決さぁ行くぞ」


 「え?ちょ、ちょって待って!離して!」


 僕の様子を一切気にしない龍は勝手に自己完結して強引に腕を引っ張って部屋の外へ連れ出そうとしてくる。

 振り解こうと腕を目一杯揺らしてみたりするけど全く離れる気配がしない。


 「いいから大人しく来い。事情は行きながら話してやる。それともお前、相棒に会いたくないのか?」


 「何言ってんのさ!?いいから離してよ!!」


 「あーやかまし。何でわっかんねぇかな。名前でいやぁいいのか?キューイだ。キューイに会いたくねぇのかって言ってんだ」


 ……………え?

 言っている意味がわからなかった。

 理解できなくて頭が真っ白になって、その後直ぐに怒りが込み上げてきた。

 

 「ん?……何やってんだお前」


 気がつけば僕は無心で掴まれていない左手をギュッと握って、掴んでくる龍の腕を力の限り叩いていた。

 龍の腕はすごく硬くて、叩いている僕の手がどんどん痛くなっていくけど、そんなの構うことなく叩き続ける。


 「やめとけ。血ぃ出てんぞ」


 「うるさい!!だったら離してよ!!僕は行かない!!嘘をつく君なんか大っ嫌いだ!!」


 大粒の涙を流しながら感情のままに叫んでしまう。

 何でキューイのことを知っているのか分からない。もしかしたらキューイの知り合いなのかも知れない。

 けれど、僕だって今すぐキューイに会いたくて、でもそれがもう叶わないことだって知って、なのに会いたくないのかなんて言ってくることが本当に許せなかった。


 「あぁ?嘘じゃねぇよ。なんのことか知らんがお前が騙されてんだよ」


 「そんな訳ない!!だってコルドさんが言ったんだ!キューイは死んだって!僕が守れなかったから、キューイは……うっ、うあぁ、あああ…」


 「ああ?あの男んなこと言ったのかよめんどくせぇ」


 初めに聞かされた時のことを思い出して、僕は感情が制御できずに泣き崩れてしまった。

 そんな僕に対して龍は大きな溜息をついてから言った。


 「あのさぁ、お前、生きてるか死んでるかって話、どっちを信じてぇの?」


 「……え…」


 「お前があのクソ生意気な男を信用してるのがまっっったく持って理解し難いが、それは百歩譲ったとして、自分の目で見てもないことを信じたいならどっちだって聞いてんだ」


 どっちか。

 そんなの聞かれるまでもない。


 「そんなの生きてる方に決まってるじゃないか!!…でもコルドさんが」


 「だぁかぁらぁ!!自分で確認してもないことを『はいそうですか』って納得していい位お前にとってあいつはどうでもいい存在かって聞いてんだろが!!あいつは今死にかけの身体に鞭打ってお前のこと探してんだぞ!!お前は死んだって聞かされたらびーびー泣くだけしかできねぇのか!?こうやって探しにいくチャンスが出来たのにそれもしねぇのか!!」


 胸ぐらを掴まれて龍に怒鳴られた。

 言われたことに何も言い返す事ができない。

 だって、優しかったコルドさんが嘘をつくなんて思ってもいなかった。

 僕とキューイのことを助けてくれたあの人を信じていた。

 でも本当は違って、本当は……、本当に、龍の言っていることが真実なら…。


 「んだこのクソガキは。マジでこんな情けねぇ言いなりのガキがあいつの」


 「………とうに…」


 「あ?」


 「本当に……キューイは…生きてるの…?」


 ずっと不安だった言葉。

 ずっと聞きたかった言葉。

 ずっと待ち望んでいた言葉。

 きっとそのはずだって、でもどうしても信じきれなくて、身体を何度も震わせながら無事を祈って、誰かからはっきりと伝えて欲しかった言葉。

 僕が懇願するように言った言葉に対して、龍は呆れた表情をして言った。


 「さっきからそう言ってるだろ」


 言い終えてから僕の胸ぐらから手を離すと、今度は手を差し伸べて僕の顔を見ながら言ってくれた。

 

 「分かったらついて来い。俺が真実を見せてやる」


 生きてる。

 キューイが、生きてる。

 当たり前のように言われた。

 ボロボロの身体で僕のことを探してくれているって。

 心配性なのが変わっていない様子が目に浮かんでくる。

 都合が悪くなれば惚ける仕草をして、仲良くなった後も僕のことを何度もからかってきて、家族に会いたくなった寂しさを寄り添って寝てくれることで慰めてくれた。

  

 僕の親友が生きている。


 「……あっ、うぁ…」


 感情の制御が出来なくなる。

 僕はまた大粒の涙を流してしまった。

 でも今度のはさっきとは違う、希望が見えた嬉し涙だった。


 「あああ、あああああああ」


 「結局泣くのかよ、あーもうめんどくせぇ!ほら、腕引いてやるから足は動かせよ」


 「っぐず、…うん」


 龍が差し伸べてくれた手を今度は僕から握っていく。

 絶対に離さないように力の限り握った。


 「はぁ〜、何で俺がこんなお守りをする羽目になってんだ…」


 こうして僕は龍に連れられて走り出した。

 その足は此処に来てから初めて前向きな気持ちで走ることが出来ていた。

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