第9話 少年オンステージ(上)

 「始まったな」


 本体からの感覚共有でヴァルグは作戦通り、黒ずくめ男へ奇襲を仕掛けることに成功したことを知る。

 『分身アバル』によって出現した3体目のヴァルグはルイを探索するため、本体と2体目からは離れた位置で行動していた。

 

 「俺も急がねぇとな」


 キューイへ単独行動を許しはしたが本来であればさっさと脱出させるか、保険としてスランの護衛を任せたいのが本音であった。

 魔物とは言っても『宝壊鼠グラヴ』はかなり弱い部類に位置する。黒づくめ男お気に入りの子供と一緒に行動すれば間違いなく追手が来るに違いない。武装した人間相手と正面から戦うのは病み上がりでなかったとしても避けたいところである。

 そのためどうしても今のうちに自分でルイを見つけて、キューイがルイと共に行動するパターンは回避したかった。


 ------それでも生意気男が小癪な手でルイガキを連れ出すよりかはマシだから許したがな。


 最優先すべきはルイの捜索に保護、一回目に発動した『索敵サーティクル』で子供たちの居場所は判明している。

 確認した記録映像にはスランが言っていた『魔物に危害を加えない行動』を行っている子供の姿は映っていなかったため、意図的に消されたと考えるなら映像に映っていなかった子供がルイだと判断もつく。

 しかし黒づくめ男が無防備なままルイを置いておくとも思えなかった。それを分かっていながらも他に手がかりがないことに苛立ちながら子供たちが集まっている訓練場へ急いで向かっている時だった。


 「ん?…何だぁ…」


 一瞬大きな魔力反応が突然出現したかと思えば、すぐにその反応が無くなった。

 立ち止まって反応があった方向を見ながら、丁度戦闘チームが黒づくめ男を投げ飛ばしたタイミングと重なったことに気づく。


 「このタイミング…、『空間ディメンジョン』か!」


 何かを察したヴァルグはすぐに進路を変え反応があった方向に全力で飛んでいく。


 「はっ!宝物をしまうにはもってこいの場所ってか!」


 感覚を共有している本体にもこちらの意図が伝わり時間稼ぎを行ってくれている。

 その甲斐もありヴァルグは反応があった、今は普通の通路の壁にしか見えない場所に問題が起きることなく到着した。


 「…間違いねぇな。さぁてと、どんな奴か楽しみだな」


 壁のすぐそばまで行くと微弱な魔力の揺らぎを感じることができた。

 ここまで近づいてようやく気づくことの出来るレベルの隠蔽工作を行っている黒ずくめ男に更なる称賛の言葉を送りたい気持ちを抑えてヴァルグは身体を左向きに捻り左腕を後ろに引いていく。

 そして、渾身の左ストレートを繰り出した。


 「おぅらぁ!!」


 壁にぶつかった左腕はサイズに合わない巨大な円状に広がる衝撃を与え、腕は止まることなく振り抜かれ壁をぶち抜いた。


 「あ」


 隠蔽機能が効果を失い姿を表した扉はへの字に曲がりながら出現した部屋の奥へと飛んで行き、壁に激突して大きな音を上げた。

 思いの他壁が脆く、中にいるであろう人間にぶつかってはいないか心配になりながら部屋へと侵入する。


 「ッチ、ああくそっ、加減間違えた…、生きてるよな……お、いた」


 見た目はスランと変わらない10歳前後といった少年。服はボロボロで血や土に汚れ黒茶色に変色した箇所が目立ち、服で隠れていない肌はアザだらけなのが誰の目が見ても明らかな有様だった。

 他の子供にはない傷だらけの身体、それがスランの言っていたことの裏付けともなり、目的の少年を見つけたヴァルグはニヤッと笑みを浮かべる。


 「ようガキんちょ、同郷の願いを叶える為ヒーロー見参だ。頭を垂れて平伏し感謝しな」



※※※



 小さい頃から絵本の世界が大好きだった。

 僕にとって絵本の世界は夢いっぱいで、ずっとワクワクできる物語に溢れていた。

 例えば、

 1人の少年が世界を滅ぼす悪い魔王をやっつけるために仲間とともに冒険する物語。

 貧しい少女がある日、美しい王子様のお妃様に選ばれて幸せに暮らす物語。

 売れないピエロと売れない脚本家が協力して世界一のサーカス団を作る物語。

 中でも一番好きな、孤独な少女が一匹の龍と出会い、たくさんの魔物と仲良くなる物語。

 どれもこれも最後にはハッピーエンドになっていて、読んでいる僕も嬉しくなって不思議と何回読んでも飽きなかった。

 小さい頃はお父さんとお母さんに僕も絵本のようなことをやってやるんだ、って何度も言って友達や妹と一緒に絵本の人物になりきって遊んだりした。

 そんな楽しくて、でも変わり映えもしなかった日々だったある日、僕はあの子と出会った。


 「この魔物を君に渡そう」


 そう言って、コルドと名乗った真っ黒な格好をした男の人から角の生えたネズミの魔物を譲ってもらった。

 コルドさんは世界中を旅して僕みたいな子供に魔物を渡して冒険者を目指す手助けをしてくれている人だった。


 「ありがとうございます!!」


 「うん、君が立派なテイマーになれることを祈っているよ」


 コルドさんはとっても良い人だった。村を出ることに反対していた家族の説得にも付き合ってくれた。

 皆が心配してくれたことはとても嬉しかったけど、僕はどうしても絵本の主人公みたいなカッコよくて、幸せに満ち溢れた冒険を繰り広げたかった。コルドさんは僕のそんな気持ちを尊重してくれた。


 それからあの子と一緒に旅に出た。

 最初は全然仲良くなれなくていっぱい喧嘩した。

 とっても意地悪で、僕が嫌がることばっかやってきて、何度も泣かされた。

 でもいっぱい話して、いっぱい色んなところを見て回って、少しずつ僕たちの心の距離は近づいていった。

 あの子のことをキューイって呼ぶようになって、僕たちの関係は友達だって言えるほど仲良くなった頃、僕はキューイにこんなことを言った。


 「ねぇ、キューイは龍って見たことある?」


 「キュイイ?キュイキュイ」


 「見たことないかぁ。僕もなんだ。…僕ね、いつか龍を見ることが夢だったんだ。『白髪はくはつ少女と白き龍』って絵本があってね。髪の色のせいで皆から見捨てられた女の子がおっきな龍と出会って一緒に旅をする物語なんだ。旅の途中で女の子は魔物といっぱい仲良くなって、最後はたくさんの魔物と一緒に仲良く暮らして過ごすんだ。僕もいつかそうなりたいって思ってたんだ」


 「キュイ〜?キュキュキュイー」


 「…今はいいんだ。キューイと会う前まではね、僕はずっとあの村で暮らしていくのかなって思っていたんだ。家族も友達も皆優しくてとっても楽しかったけど、本当はどうしても絵本に出てくる人たちみたいな冒険をしたかったんだ。…でも僕には冒険者になれるような力も才能も無くって、もう諦めるしかないのかなって思っていた時にキューイと出会えたんだ。だからいいんだ!だって僕は今とっても幸せだから!龍に出会えなくたって絶対に後悔しない。こうしてキューイと友達になれたんだから!!」


 「キュイ……、キュキュキュキュイ、キュキュイ」


 「むっ、なんで顔を背けるのさ〜。…もしかして諦めるなってこと?」


 「キュイ」


 「…そっか、うん。そうだね、まだまだ旅を始めたばっかだし、満足するには早すぎるよね!そうじゃなきゃ機会をくれたコルドさんにも失礼だし」


 「キュウェ〜。キュイキュイ。キュキュイキュウェ〜」


 「え?その通りだって?」


 「キュキュイ!?キュキュキュイー!キュキュキュッイー!!」


 「あはははは!!冗談だよ。キューイは本当にコルドさんのこと嫌いだね。良い人なのに……ありがとね、キューイ」


 「キュキュキュイ、キュイ!」


 キューイの言葉を理解することは出来なかったけど、それでもキューイが何を言っているのか、何を思っているのかは自然と分かる気がした。

 それだけ僕たちはお互いのことを信頼しあって、人と魔物とか関係なく、本当の友情を築くことが出来ていた。


 それからも僕たちは旅を続けた。

 初めて見る光景、初めて見る生き物、初めて訪れる街、どれもこれもワクワクした出来事で、それをキューイと一緒に共有できた事が本当に楽しくて、嬉しかった。

 このままずっとキューイと一緒にいられれば良い。力もないから危ない事も絶対にしないって決めていた。

 幸せな日々を続けていられると思っていた。

 なのに……どうして……。


 「キューイ!キューイ!!」


 街で冒険者の依頼を受けた時だった。

 その日もいつものように簡単な依頼を受けてお金を稼ぐために街の外にある森に出掛けていた。定期的に討伐依頼を受けている冒険者のおかげで探索範囲に危険な魔物はいないはずだった。

 でも僕たちは出会ってしまった。

 巨大な身体をしている見た事もない熊の魔物に。


 「キューイ大丈夫だから!絶対に助けるから!!」


 僕が熊を見つけた時、すでに熊はキューイに向かって巨大な爪を持った腕を振り上げていて、僕がキューイに向かって叫び終える前に爪はキューイの身体を引き裂いていた。

 その後、熊はすぐに森の奥へ姿を消していき僕はキューイを抱えて街へ走り出した。


 「キュ………イ…」


 「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫…」


 祈るように何度も繰り返しながら呟いて、採取した薬草を傷口に当てながら街にある教会へ駆け込んだ。


 「お願いします!この子を!キューイを助けてください!!」

 

 あとは教会の中で手を組んでひたすら神様へ祈ることしか出来なかった。

 不安で眠ることも出来ずにずっと祈り続けた。


 「お願いします神様…、助けてください…、キューイを、助けてください…」 


 静かな教会で僕の神様に祈る言葉だけが聞こえる中、不意に扉の開く音がして顔を上げた。

 神父様がキューイを治療するために入っていった前方の端に設置された扉から出てきた人を見て僕は目を疑った。


 「…コルドさん、どうして…」


 「やぁ、ルイ君」


 初めて会った時と変わらない真っ黒な格好をしたコルドさんは少しだけ表情を暗くした様子で僕と向き合った。

 

 「君に渡した魔物に異変があったのを察知してね。急いで駆けつけたんだ。君は大丈夫だったかい?」


 「僕は大丈夫です!キューイは!?キューイは無事ですか!?」


 「かなり危ない状態だね。幸い今は容態が落ち着いたけどこのままだと回復する前に体力の限界が来てしまう。治療するなら今すぐ適切な施設に運ばないといけない」


 「ならお願いします!お金なら何年かかっても払います!だからキューイを、キューイを助けてください…」


 「分かった、…ただ一つだけ言っておかなければいけない事がある。君と彼はここでお別れになる」


 「え……、なんで…」


 「今から彼を連れていくのは国の重要な施設なんだ。そこに部外者である君を連れていく訳にはいかない」


 「じゃあ!治療が終わったら会えるってことですよね!?」


 「それも出来ない」


 「なっ、なんでですか!?どうして!?」


 この時僕は初めて人に本気で反論をした。

 それだけキューイと会えなくなるのが嫌だったから。

 キューイのいない時間を過ごす未来なんて耐えられなかったから。


 「君に力がないからだよ、ルイ君。今回のことで分かったと思うけど冒険者として生きる以上、どこにも安全な場所なんてないんだ。急に魔物は現れるし、意味も無く人を襲う。今回はたまたま運が良くて君に被害は無かったけど、次同じ事があれば君たちはもう一度今みたいに辛い体験をすることになる。私が安易に魔物を渡した結果こうなったんだ。同じ過ちを繰り返さない為にもこれ以上君たちを一緒にいさせる訳にはいかない」


 「だったら二度と冒険なんてしません!!絶対に危険な場所にも行きません!!だからキューイともう一度会わせてください!!お願いします!お願いします!!」


 「駄目だ」


 頭を下げて懇願してもコルドさんは許してくれなかった。

 それでも僕は諦めたくなかった。

 

 ------どうすればいい、どうしたらもう一度キューイに会える?


 必死に考えを巡らす中、コルドさんの言葉が聞こえた。


 「ただ、一つだけ手がある」


 「なっ、どっ、どうすれば!?僕は何をすればいいですか!教えてください!!」


 「彼を連れていく施設、君はそこでテイマーとして必要な訓練を受けるんだ。そうすれば君は部外者ではなくなる。そこでならきっと君たちはもう一度再会する事ができる」


 「行きます!!行かせてください!!」


 僕は直ぐに返事をした。

 迷う理由なんか一つもなかった。


 「本当にいいのかい?一度施設に入ったら簡単に出ることは出来ないよ。それに、そこでの訓練は君が思っている以上に過酷なものだ。もしかしたら君は直ぐに逃げ出したくなるかもしれない。それでもいいのかい?」


 「はい!!キューイと会えるなら!僕は行きます!!」


 この時の僕は知らなかった。

 施設でどんな地獄が待っているのかを。

 でも知っていたとしても僕はキューイと会えるなら絶対に施設に行っていたはずだ。

 たとえキューイが望まなくても、怒られても、絶交されても、二度とキューイに会えないことの方が嫌だったから。

 でも結局キューイと会えることは出来なかった。

 もう二度と、会えることはないって聞かされた。

 心が壊れそうになって、でもやっぱり信じれなくて、どうすればいいのか分からなくて。

 そんな時だった。

 僕の目の前に龍が現れた。

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