第7話 脱走計画会議 in 魔物部屋(下)

 最初の。てことは、今の人は別ってことになる。

 そのことで、あたしは疑問に思ったことを尋ねることにした。


 「ねぇ、テイマーって入れ替わるものなの?」


 「普通はありえねぇな。なんせテイマー側にメリットがない。自分が契約した魔物との繋がりはどんな魔物弱者でも維持するだけで『契約紋章コール』の能力底上げになる。それでも必要が無くなったと判断するなら殺して素材にする」


 「血も涙もないわね…」


 「それが今のテイマーの在り方だ。お前もそれは重々理解しただろう?」


 「まぁ、ね」


 訓練の際に大人たちに嫌というほど聞かされた。

 魔物に油断するな、常に支配する気持ちを忘れるな、抵抗するなら迷わず殺せ、って。

 要らなくなったら契約を解除するのではなく、寝首を掻かれないように確実に仕留める。確かにここでの内容が実際のテイマーが行っていることそのものなら、魔物は間違いなくテイマーを憎んでいる。油断した結果、殺されても仕方ないって周りから思われるくらいには。

 だったら尚更意味がわからない。


 「じゃあなんでキューイは生きてんの?その理屈だとこいつに殺されてるよね」


 映像だからなのか、立った状態で固定されている不審者男を指差して言った。

 

 「そうだな。俺もそれには興味がある。何でだ『宝壊鼠グラヴ』?」


 『撒き餌として利用価値があったからだな。俺みたいな魔物をテイマーに憧れている子供に配って『契約紋章コール』が発現するかの実験をするためだったらしい。発現しなかったとしても魔力回路が開いた子供は適正があると判断してここへ連れてくる予定だったとも聞いている』


 「はっ、発現するわけねぇだろ。『契約紋章コール』は遺伝か人為的な術式移植でしか発現しない躰刻たいこく術式だ。あいつがそんなこと知らないとは思わねぇが…」

 

 ん!?また知らない言葉が出てきたけど、そんなことよりも今とんでもない事実を聞かされた気がする!


 「ちょっと待って!?それってあたしたちじゃどのみち発現しなかったってことじゃないの!?」


 「ん?ああ、そうだ」


 あっけらかんと肯定された。

 何それ!あんなに苦労してやってきたのに!凄い腹が立ってきたんだけど!


 「じゃあ何でこんなことやらされてたの!?無駄じゃん!?」

 

 「知らねぇからだろな。大方伝承を都合よく解釈しての行動だろ。弱者らしい浅はかな考えと無駄な努力で笑えてくるな。はっはっは」


 「笑えないわよ!こっちは必死な思いで乗り越えたっていうのに!」


 ふざけるな!ああもうほんとにこの施設作った責任者許せなくなってきた!

 見つけたら絶対ぶん殴ってやる!!

 そんなあたしの気持ちを気にすることなく、ヴァルグは話を戻すように言った。


 「話の流れからすると、お前はそのテイマー候補(笑)のガキと一緒に行動をしていて、才能が無いと判断されたから引き剥がされて今はここで監禁ってことか」


 『だと思うな』


 「だそうだぞスラン。こいつは興味深いな」


 「えぇ!?何がよ!」


 怒りが収まらないのでヴァルグに噛み付いた感じで言ってしまう。

 そんな様子にヴァルグはいつもの、はっ、と小馬鹿にした笑みを浮かべながら言った。


 「わからんか?こいつは『契約紋章コール』を持たないただのガキをテイマーと呼んだんだぞ。この異常性はお前ならわかるだろ?」


 「っ!?」


 確かに。魔物から相手のことをテイマーと呼ぶことも訓練内容を考えれば言いたくないことだと思うのに、それをただの子供相手言っている。

 そんなの、本当に魔物との絆があってこそ出来る芸当なんじゃ…。


 「で、でも!あたしたちだってほら!今こうして仲良くなれてるし、意外と世界的には当たり前だったり、とか」


 『ないな。俺みたいに考える奴は極めて稀のはずだ。『契約紋章コール』で完全に支配する関係性が普通なのは変わらない』


 「昔はそうでもなかったらしいがな。まぁその話はいいとして。こうして本人からも証言を得たんだ。それにこいつのテイマーは魔力回路も閉じているのならお前みたいに会話することもできなかったはずだ。意思疎通が困難な状態で魔物からテイマーと呼ばれるのは、化け物かただの馬鹿のどっちかだな」


 「化け物か、ただの馬鹿……」


 その言葉にあたしは引っかかるものを感じた。

 何でだろう。何か思い出せることがあった気がする…。


 「まぁ十中八九、馬鹿なんだろうな。そこが最高に面白いところだが。その馬鹿と『宝壊鼠グラヴ』を会わせるためにもまずは目先の問題だ。このクソ生意気な男を止めない限りは不安要素が拭えない。『空間ディメンジョン』は強力な魔術ではあるが人を長距離移動させるには相応の実力と時間がいる。そのような手段を持ち合わせてはいないだろうが、伝言用の紙程度なら余裕で飛ばせるだろうな」


 『そうだな。付け加えると、あいつ本人なら移動はできるが100メートルにも満たなかったはずだ。ここから離れた国への移動なんかはできないはずだ』


 「ほう!移動もこなせるか!これは見誤ったな!はっはっは!」


 『何が嬉しいんだ…。こっちにとって不利な情報なのに』


 「弱者たちが知らぬ間に力をつけていくことを讃えぬ王などおらんわ。いいぞ、面白くなってきた!これでこそ旅を始めた甲斐があるというもの!」


 「……ねぇ、一ついいかな」


 あたしは上機嫌になっているヴァルグに声をかける。

 思い出してしまった。もしかしたら、これは相当やばいことに気づいたのかも知れない。


 「ああ?どうした?」


 『スラン?何をそんなに焦っている?』


 キューイからも心配の声をかけられてしまう。

 気付かないうちにあたしの不安が伝わってしまったみたいだった。でもこのことがもし当たっていたら一番取り乱すのはキューイのはずだ。

 でも今更言わないわけにはいかない。当たっていてほしくないけど、取り返しがつかなくなるよりはずっといい。


 「キューイのテイマーなんだけど……。ここにいるかも知れない」


 「……ほう」


 ヴァルグはここにきて更に興味深いものを見る目をする。

 予想外ではあったのだろうけど、今は考えられる最悪の状況をヴァルグだけは瞬時に受け入れた。

 それよりも心配するべきはキューイの方だった。


 『………何を言ってる?』


 さっき見せたあたしへの気遣いの様子は一瞬にして消え去り、表情からは最悪の可能性を想定したのか物凄い緊迫感を感じ取れた。


 「あたし、昨日の夜に1人の男の子と話して、その子が此処に来た理由を友達に会いに来たからって言ってて」


 『なっ…』


 「さっき魔物と仲良くなる人間は珍しいって言ってたし、それに、もしその子が会話もできない状態で魔物と仲良くなれるような子なら今までのことも納得いったって言うか、その、その子って魔物を傷つけるような訓練全部何があってもやらなかったのよ。ずっと『ごめんなさい』って言って謝ってばかりで、っ痛、って、キューイ!?」


 あたしが言い終える前に、キューイはあたしの身体から勢いよく飛び出してそのまま階段に向かって走り出す。

 あたしも急いで追いかけようとすると、突然キューイの身体が急停止した。


 『っっ!?ヴァルグ!!離せ!!今すぐ解放しろ!!』


 「駄目だ。今動いても何も変わらん」


 『噛み殺すぞ貴様!!いいから離せ!!俺は今すぐルイを助けに行く!!』


 『契約紋章コール』もなく魔物であるキューイからテイマーと親しみを込めて呼ばれている男の子。

 その子がこの地獄でずっと自分を探し続けていた事実を聞かされたことで、今までのキューイからは考えられないほどの怒気を言葉から感じ取ることができた。


 「はっ!死に損ないが偉そうに。俺から離れたら貴様はすぐに動けなくなるのを忘れたか。少し落ち着け」


 『ぐっ…、わかった…』


 あたしには見えないヴァルグによる魔術?の力で身動き一つとれないことに観念してキューイは諦めたように返事をする。その瞬間、キューイは身体に突然自由が戻った反動で身体を一瞬よろめかせて、渋々とこっちに戻ってくる。


 「まず確認だが、今の話を聞いてそのガキがお前のテイマーで間違いはないか?」


 『ああ、スランの言った通りなら間違いなくな。…くそっ、あの馬鹿なんでこんなところに来たんだ!』


 苛立ちを隠せない様子のキューイとは対照的にヴァルグは冷静に現状を分析している様子を見せる。少し思案して、ヴァルグは映像の不審者男を見つつ現状を把握するための言葉を口にした。


 「この男が『宝壊鼠グラヴ』の言った通りなら、才能のあるものだけを此処に連れてくる予定だった。しかし才能が見られなかった『宝壊鼠グラヴ』のテイマーが例外として連れてこられた…。此処の目的は変わっていない。ならわざわざ必要のない人間を入れたのはこの男の独断で、目的に関することで間違いない」


 「目的?それって此処でテイマーを量産することじゃないの」


 「バジエダはな。この男個人は違う。…いや、そこは重要ではないな。今はどうやって連れ出すかだ。俺は『空間ディメンジョン』対策で下手に動けん。『宝壊鼠グラヴ』、バジエダがある方角はわかるか?」


 『いや、行ったこともない場所だ』


 「チッ、ならスランは予定通り動かすしかないな」


 『だったら俺がルイを探してお前らと合流するしかないだろ』


 「それは絶対に駄目だ。お前は俺と行動させる。でなきゃお前に魔力を送れなくなる」


 『構わん。1人で行かせろ』


 「駄目だ。俺はお前が気に入っている。俺の手の届く範囲でみすみす死なせる真似は絶対に許さん」


 『どうせルイが死んでるなら俺も死ぬつもりだ。手遅れになる前に行かせろ』


 「駄目だっつってんだろ弱者が。黙って言うこと聞け」


 2人の間で剣呑な雰囲気が漂い始める。力関係で言えばヴァルグが圧倒的なのに、ルイという少年に対する思いの強さがキューイの心を後押ししている。

 あたしはこれ以上空気が重くなるのに耐えきれず口を挟んだ。


 「あの!あたしがキューイと一緒に行動して、魔力を送るための繋ぎ役とかにはなれないのかな?」


 「却下だ。俺の魔力を蓄えれるほどの技術があるなら別だが、魔力回路が開いたばっかのお前にそんなことしたら内側から破裂するぞ」


 「うぐっ」


 流石にそれは無理だ。


 「ごめんキューイ」


 『気持ちは十分伝わった。ありがとう』


 そう言いながらもキューイの表情からは常に緊迫した雰囲気が感じられる。あたしにお礼を言う余裕なんかないくせに…。

 あたしも何とか力になれるように知っている情報を捻り出していく。


 「あのね、ルイのことだけど、キューイが心配するほど命の危険はないと思うの。大人たちは暴力は振るってきたけど、子供が死なないように手加減もしていたみたいだから」


 『かも知れないな。それは此処の目的上理解できるが、それでも生きていればそれでいいんだろ。子供の心なんて簡単に壊れる。それが特にルイのことなら尚更だ。此処はあまりにもあの子にとって過酷すぎる。一刻も早く助け出してやらないと…』


 ……駄目だ。

 あたしが何を言ってもキューイの思いを和らげることは出来ないと確信してしまった。それほどまでにキューイの思いが強すぎる。最早肉親に対するものと言っても過言じゃないくらいだ。

 どうしてここまで…、人と魔物の友情だけでも信じられないことなのに…。


 「……そういえば『宝壊鼠グラヴ』、お前角は誰に折られたんだ?」


 「え?ああ、おでこのやつか。そう言えばそうだね」


 『そこに映ってる男にだが?』


 「よし、それならいける。お前ら作戦が決まった。黙って聞け」


 「「えっ」」


 唐突すぎてキューイと一緒に変な声を出してしまう。

 あたしたちの手の打ちようがなくて絶望しかけた空気なんかあの龍は全く気にしていない様子で言い切りやがった。

 いや頼りになるけどね!ムカつくけど!

 

 「予定通りスランは1人でバジエダの情報を集めろ。地図か方角は絶対、細かい情報でも拾えるだけ拾え。『宝壊鼠グラヴ』も予定通り俺と共に行動だ。だがあのクソ生意気男から角を奪ってからは単独行動を許す。あれがあれば魔力不足は解決するからな」


 『……わかった。それなら言うことに従う』


 「待って。角があればいいのはわかったけど、それを不審者男が持ってるとは限らないんじゃ?」


 「俺が事前に調べてるから絶対手元にある。理由も見当がついたしな」


 「それなら、うん、わかった」


 詳しく聞いてもどうせよく分からないからいちいち確認はしない。

 それにあの自信の塊が言うならあたしはそれを信じるだけだ。そう思えるくらいの凄さは十二分に見せられてきたのだから。


 「それじゃあさっさと行動開始だ。ヘマすんじゃねぇぞお前ら」


 『当たり前だ』


 「当然!」


 ヴァルグの号令にあたしたちは元気よく応える。

 この作戦が必ず成功することを祈りながら。

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