第6話 脱走計画会議 in 魔物部屋(上)

 「ヴァルグレス・ウォーデルヒッテ……長いわね」


 「ヴァルグでいい。俺の名を呼ぶときは大抵そう呼ばれる」


 「ふーん、じゃあそう呼ぶ。それで、具体的にはどうするのよ。まさかここまで啖呵を切っておいて何も考えていないってことはないでしょうね」


 流石にそれはないだろうと思いつつも一応確認を取ると、ヴァルグはめんどくさそうに溜息をついた。

 

 「脱走だけなら計画なんて要らなかったがな。バレない方が面倒なくていいが、やるならこいつ抱えてそのまま出るだけの予定だったな」


 「強行突破すぎるでしょ…」


 「キューイ…」


 力技過ぎる計画にネズミちゃんと一緒に呆れた返事を返してしまう。

 流石自分のこと強者とか言うだけあるわ。周りのこと一切気にしてないあたり感服する。


 「だがクソガキがまさかの爆弾を抱えていたからな。流石に此処でバレたらいくら俺でも助けようがないから計画の練り直しだ。だからお前らも知ってること話せ。見張りの時間とか訓練の時間とか、その辺りのスケジュールが知れればかなり動きやすくなる」


 「それは協力するけど…、ねぇちょっと」


 「あ?」


 「あたしの名前、スランって言うの。あたしが名前聞いたんだからあんたもあたしの名前聞きなさいよ」


 「あ?」


 いや何で繰り返すのよ。どんだけ好きなのよ『あ』って言葉。言ってる意味わかるでしょうが。


 「いやだから、あたしの名前聞けって言ったのよ。仲間になったんだからまずは親睦を深めようって言ってるだけでしょ」


 「あ〜、んなもんで何がなる?別に変わらんだろ」


 「なっ!?」


 「つーか何で俺がお前の名を聞かなきゃならん。お前が勝手に名乗るのは自由だが呼び方も俺の勝手だろうがクソガキ」


 こいつ…、いきなり関係に亀裂が入る発言をこんな簡単に…。俺様主義にも程があるでしょ!協調性皆無じゃん!


 「あ、あんただって呼び方決めつけてきたじゃない!不公平でしょ!」


 「はっ、当然だろ。俺は強者でお前は弱者、立場を考えれば指図するのは当たり前だろうが、ク、ソ、ガ、キ」


 「な……なぁあ!?」

 

 あまりの言われように一気に腹が立ってくる。確かにあたしは弱いけど、いくら何でもこれはひど過ぎる。関係の溝しか広がらないじゃん!

 

 「あんた友達いないでしょ!?」


 「必要だと思ったことない。つーかお前もいないだろ。ずっと1人で過ごしていたくせによく言う」


 「あたしはそんな余裕がなかっただけよ!作れたなら幾らでも作れたわ!あんたと一緒にすんな!ほら、ネズミちゃんも何か言って!」


 「キュイ〜」

 

 あたしの振りで、ネズミちゃんが渋い顔をヴァルグに向ける。さっきから思ってたけど、すごい表情豊かなのよねあのネズミちゃん。


 「寂しくないわ。勝手に同情してんじゃねぇ。お前らみたいな群れなきゃ生きていけない連中と一緒に行動しても足手まといになるだけだろうが」


 「キュイイイイイイイイ」(めっちゃ身体を震えさせて言ってる)


 「……馬鹿にしてんなテメェ。上等だ。もう一度投げ飛ばしてやる!」

 

 よくわからないけど、多分ネズミちゃんがヴァルグを煽ってまた取っ組み合いが始まった。投げ飛ばそうとするヴァルグに抵抗して身体を大きく揺さぶるが、反動を利用されてまたネズミちゃんが投げ飛ばされた。

 お〜、さっきより飛んだな。あっ、そう言えば。

 そんなことよりも気になることを思い出した。

 

 「ねぇ、あんたってどうやってネズミちゃんの声を聞いてるのよ。あたし聞こえないんだけど」


 「あ?…あ〜、なるほど。ちょっとこっち来い……やっぱ待てクソガキ」


 「ん?何よ」


 「さっきから何で俺に対してタメ口使ってんだおい。初めに言ったよな、感謝の意を示せって。わかったら今までの無礼を詫びやがれ」

 

 は?何言ってんの今更?


 「嫌よ」


 「あ?」


 「何であたしだけあんたの命令を聞かなくちゃいけないのよ。そっちこそ仲間に対する心遣いがなっていないのよ。このアカトカゲ」


 「…………ほーう。どうやら今すぐ死にたいようだな。クソガキ」


 そう言って、もう一度さっきも味わった威圧感を放ってくる。

 いや待って、これ一回目よりキツイかもやばいやばいやばいこれマジでやばいいや耐えるのよあたし女は度胸!舐められっぱなしは性に合わないのよ!


 「そ、そうやって脅してきても怖くないわよ!それにあんた言ったわよね、命懸けるって!ならどうせ殺す気なんかないんでしょ!あたしの願いは必ず叶えるんでしょ!だったらこっちだって言いたいことくらい何回でも言うわよバーカバーカ!!」


 「こっ、の、クソガキ…ッ」


 「嫌ならあたしの言うことも受け入れなさいよ!仲間なら対等な関係でいるべきよ!ネズミちゃんだってそう言ってるに決まってるわよ!」


 言い終えて、あたしは一目散に投げられたネズミちゃんの元まで駆け寄ると、身体を持ち上げてヴァルグに向ける。


 「ねっ!ネズミちゃん」


 「キュイイイイイイイイ」(めっちゃ身体を震えさせて言ってる)


 懲りないわねあんた。


 「……チッ!あーわかった。いいだろう。確かに一理ある。お前ら弱者に合わせてやる。だから二度と俺のことをトカゲ呼ばわりするんじゃねぇぞ、なぁ?スラン」


 「あんたがガキって言わなかったらね、えぇ?ヴァルグ」


 「はっはっはっはっは」


 「あっはっはっはっは」


 「キュッイッイッイッイ」


 ノリ良いわねあんた。


 「んじゃさっさと来い。魔力回路を開いてやる」


 「何それ?聞いたことないんだけど」


 「そこの『宝壊鼠グラヴ』と話すことができる力って覚えておけばいい。頭前にだせ」

 

 言われた通り、頭を軽く突き出すとヴァルグの手があたしの髪に触れて、心地よい温かさのある熱が伝わってきた。それも数秒ほどで終了してヴァルグの手が離れる。


 「いつでもいいぞ」


 『聞こえるかスラン』


 「おっ、おお!」


 ヴァルグの合図の後直ぐに頭の中で声が響いた。

 未知の体験に思わず興奮が抑えなれない声を上げてしまった。


 「えっ!? 何これすごっ!てかこの声がネズミちゃん!?きゃー!!凄い!もしかしてこれが『念話テレパス』って魔術!?」


 『違うよー』


 「違うんだ!きゃー!!」


 「何がそんなに嬉しいんだお前は…。いいから戻って来い。作戦会議をするぞ」

 

 「「はーい」」


 あたしはネズミちゃんを抱えたままヴァルグの近くまで移動する。その様子を特に気にすることなくヴァルグは話を始める。


 「まずは目的の確認だ。一つは『宝壊鼠グラヴ』をテイマーの元まで無傷で輸送すること。もう一つはスランの家族を救出すること。これに異論はないな」


 あたしたちは頷いて肯定する。

 ていうかネズミちゃん、テイマーがいたのにこんなところに連れてこられたんだ。相当訳ありだな。


 「一つ目の目的だが、これに関しては後回しにしてもいい問題だからな。今回はスランの問題を解決することのみ意識していく。『宝壊鼠グラヴ』もそれでいいな」

 

 『ああ、いいぞ』

 

 「あっ、ちょっと待った」


 「どうした?」


 興奮しすぎて忘れていたことをヴァルグの言葉で思い出す。あれだけ言ったのにほんと気にしない奴だと文句を言いたくなるが、その言葉は我慢して飲み込む。


 「あたし、ネズミちゃんの名前を聞いてない。どうせあんたも聞いてないんでしょ?だったら今教えてよ」


 「またそれか…」


 ヴァルグが呆れた態度を見せるが勿論無視する。抱えているネズミちゃんに視線を向けると、ネズミちゃんもああそういえば、と言いたげな顔を向けていた。


 『キューイだ。よろしく』


 「キューイ?」


 それって鳴き声じゃなくて?えっ、マジか?


 「……それって親から?それともテイマーの人?」

 

 『テイマーからだな。センスの欠片も無い名前だろ。面白いよな。俺の鳴き声からそのまま付けたんだぜ。馬鹿だよな〜』


 ケラケラと笑うキューイにつられて愛想笑いをしてしまう。凄いメンタルだと感心する。あたしだったら絶対殴って別案を要求してる。

 

 「もういいか?話を進めるぞ。スランの問題で解決しなければいけない問題は二つある。バジエダの場所と『空間ディメンジョン』の対策だ。バジエダに関してはスランが大人クソどもから情報を得るなり地図を見つけるなりして自分で方法を見つけろ。俺は『空間ディメンジョン』の対策に全神経を注がないといけないからな」


 「『空間ディメンジョン』ってそんなにやばいの?」


 『簡単に説明すると、遠く離れた場所に一瞬で移動できる魔術だな』


 「えっ!?そんなのあるの!…あっ、だから此処でバレたら駄目って言ったんだ」


 バレた瞬間、あたしのことを直ぐにバジエダに報告される。そうなれば最悪、家族の皆は裏切ったあたしの所為で殺される。

 それだけは絶対に阻止しないといけない。


 「詳しいな『宝壊鼠グラヴ』。テイマーの入れ知恵か?」


 『……ああ』


 ……うん?

 今まで明るく話していたのに急に歯切れの悪い返事をしたことに違和感を覚える。テイマーとは仲が良さそうな感じに見えたのに、何でだろう。


 「『空間ディメンジョン』を使える人間は1人だけだ。すでに此処にいる人間全員の実力を把握したからそれは間違いない。スランは今から見せる男にだけは近づかないようにしろ。こいつが『空間ディメンジョン』を使える人間だ」


 見せる?どうやって?

 その疑問を言葉にするよりも早く、ヴァルグの前に人間が出現した。


 「うわぁ!?」


 「焦んな。これは俺の記憶の映像を見せているだけだ。本物は別の場所にいる」

 

 「うえぇ、なにそれ意味わかんない、って、あれ?この人、不審者男じゃん」


 縦長の黒色帽子に上下黒色の服という印象強い格好をした男、ついさっき話していたこともあってその姿から一瞬で気づく事ができた。


 「知ってんのか」


 「うん、ここに来る前に話もしたし、って、どうしたのキューイ?」


 抱えている腕から微かな動きを感じて下を見ると、キューイの身体が震えていることに気づいた。じっと映像の男から目を離さず、表情は少しだけど強張っているように見える。

 明らかにあの男を知っている反応を見せていた。


 『……やっぱりそうか』


 「知り合い?」


 『元主人あるじだ。最初のテイマーって言った方が分かり易いか』

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