第2話 どん底少年

 「この糞ガキがぁぁぁ!!」


 それはいつもと変わらない光景だった。


 「この、くそ、ボケがぁ!」


 地べたに這いつくばる少年を殴り蹴る大人の図。それを咎める者はここにはいない。ひたすらにされるがままになる少年が血を吐くだけ。少年も身を丸くして頭だけを守る体勢を取るばかりで一向に反撃をしない。

 

 「はあっ、はあっ、はあっ、っくそ!」


 やがて暴行することに疲れた大人が少年の首根っこを掴むと、近くにいる別の大人へ雑に放り投げる。


 「いつもの場所に放り込んどけ!」

 「了解っす」


 気の抜けた返事をする大人は少年の片腕を掴んで引きずって指定された場所へと運んで行く。道中別の大人たちとすれ違うが、またいつものか、そうっす、などと対して気に留めることなく会話をするだけで指定された場所、入り口を鉄格子で覆われた牢屋へとたどり着く。

 少年を放り込んで鍵を掛け口笛を吹きながら去っていく大人の姿はこの場で一種のルーティーンのように思える程日常的な光景となっていた。

 識別番号15番、少年ルイの昼はいつもここから始まっていた。

 


※※※



 「起きろ15番、さっさと飯を食え」


 気を失っていたルイの目の前に昼食を載せた器が置かれる。野菜を数種類入れた味の薄いスープにパン、灰色のボトルには水が入っている。大人たちに比べかなりの差がある内容のメニューを子供たちはいつも文句の一つも言わず(言えず)に食べていた。昼食を終えて軽い休憩の時間が過ぎるとルイも牢屋から出され訓練に参加した。内容は朝と殆ど変わらず身体能力向上のメニューから開始する。ルイはこの訓練に関しては真面目に取り組んでいる。問題はその後、魔物を使用した訓練からであった。

 

 「15番!!何をしている!?さっさとやれ!!」


 朝と変わらない大人の怒号がルイへと向けられる。ルイの手には長方形の機械が握られ先端からは導線が伸びている。先には全体を鉄格子で作られた檻があり、その中にはルイより二回り大きい鳥型の魔物が監禁されていた。

 

 「何故こんなことも出来ない!?そのボタンを押すだけだろうが!!」


 ルイの他に同じ機械を持たされた子供たちはボタンを押した先で電流が流れている鉄格子に感電し悲鳴をあげている魔物が苦しむ様子を泣いて目を伏せたり、歓喜で表情が歪んだ笑みを作りあげたりと、様々なリアクションをとっていた。

 

 『魔物を服従させることで契約紋章を発現させる』


 学術的な根拠はなく、しかし経験値を得た先で能力に目覚める事例が確かにあるこの世界においてテイマーを目指すのであれば魔物を従わせた経験は意味を持つと考えられ、非人道的だと国によって認められていない中、秘匿的に行われているこの訓練は始めてから一月経過した現在、未だに成功例を生み出せずにいた。

 だが、この訓練のもう一つの目的である、『魔物への恐怖心を無くす及び支配欲の向上』は1人の子供を除いて順調に進展していた。

 いつしか、怯えていた子は自らの快楽を満たすために率先して訓練に励み、魔物への涙を流していた子は脅されて魔物を罰する自らを哀れに思うことで涙を流すようになった。

 ルイは他の似たような訓練において、行動をしないことを徹底していた。他は何でもしたし、何をされても耐えてきた。餓死寸前まで放置された翌日もルイは魔物に関する訓練だけは一切行動を起こさなかった。それでも大人たちはルイを切り捨てることだけはなかった。

 

 『どれだけ傷物になろうが、国のために働く戦士を作り上げればそれでいい。決して殺すな。彼らはすでに王への献上品だ』


 大人たちを縛る楔が奇跡的にルイを生かしていた。

 


※※※



 そして、本当の地獄を見た。

 

 「今から貴様らにはこれを渡す」


 翌日、少年たちの目の前に立つ大人は手にクロスボウを持っていた。少年たちは事前にクロスボウで的を狙う訓練を行っていたためそのことに違和感を覚えなかった。しかし、察しの良い子供たちはこの訓練で何をするのかに気づき青ざめ、ルイも信じられないことをさせようとする大人たちに恐怖で身体を震えさせた。

 

 「今からやるのは貴様らが今後、テイマーとして避けられないことを体験するための訓練である。魔物とは本来、契約紋章コールによって強制的に相手を服従させ支配下に置くことができる。それでも服従できない魔物はその精神力を弱らせることで契約を結ばせる。しかぁし!それでも油断した契約者とのパスが緩んだ隙を突いて契約者を殺して自由を得る賢い魔物も存在する。これは貴様らがそうならないようにするための訓練だ!想像しろ!!貴様らは今後、一回の油断もすることなく生涯を終えることができるのか!飯を食うとき!寝るとき!どんな時でも張り詰めた緊張感を持って生きていくことができるのか!?否だ!貴様らが生きていく限り必ずどこかで気が緩む!奴らはその隙を見逃さない!その爪で!その牙で!貴様らよりも優れた肉体を駆使して必ず貴様らに復讐を行う!!その時貴様らは何をする!?ただ呆然とその場に立ち尽くし死ぬ己を悟り諦めるのか!!否!!貴様らには武器がある!鍛え上げた身体と技術を駆使して己よりも強大な相手に戦える武器が貴様らの手にはある!!戦え!!死にたくなければ!生きたければ!その命を燃やし、己の命を勝ち取れ!!いいな!!」

 「「「はいっ!!」」」

 「ぁ…っ!!」

 

 待って。たったこれだけの言葉すらでない。

 嘔吐を繰り返した喉は言葉を発することに痛みを生じさせ、無理に声を出そうとしても喋る機会が無くなって久しい身体は思うように言葉を発音出来ない。

 狂気で支配された子供たちは慣れた手つきで矢を装填する。目標に対する優しさはとっくの前に無くし、子供たちの目に映る魔物は支配する対象から自らの命を狙う敵へと認識が変わる。

 クロスボウを構える。様になった姿勢は鎖で繋がれた的を外すイメージを無くすには十分で、ルイの目が絶望の色に染まる。

 

 「待って、……お願い、やめっうぐっ!?」


 か細い声で懇願すると後ろから頭を押さえつけられる。髪を引っ張り上げクロスボウを渡した大人はルイの顔の隣に自らの顔を近づける。

 

 「よく見てろ15番。お前がどれだけ優しい世界を望もうが、今から起こることは当たり前の出来事だ。何もおかしくはない。その目に焼き付けろ。人は魔物を殺す。魔物も人を殺す。現実を知れ。これはほんの一部だ」

 「グオオオオオオオ!!」


 魔物の声が合図となった。

 興奮して乱れた息を整え、一斉に引き金を引く。矢は乱れず直線を描き最短距離で対象を捉えた。

 

 「グウウウウウウ!?」


 悲鳴が何重にも重なり合った。貫かれた傷口からは見慣れた赤色が滝のように流れ出す。


 「止めるなぁ!!奴らはまだ生きてるぞ!!動きが止まるまで何度も打ち続けろぉ!!」


 矢の雨が降り注ぐ。その先では滝がいくつも作り出され、下に赤色の湖が出来上がる。


 「「「あはははははははははははははははは!!」」」


 誰かが笑い、釣られるように別の誰かが笑い出す。やがて矢を打つ全員の声が周囲を満たし、湖に魔物が水飛沫をあげて入り込んだ。


 バシャ、ビシャ、バシャ。


 数秒前まで動いていた対象は全て動きを停止させ身体を赤色に染めていく。

 矢を打ち終えた子供たちは興奮が冷め切らない様子で微かな笑い声をあげ肉塊となった魔物を眺める。その表情は達成感からか又は満足感からか、愉悦に浸っていた。

 

 「ぁあ……うあぁ……あああ………」


 時間が経つごとに理解していく。人の手によって目の前で命が消されたことを。目を背けたくても脳裏に刻まれてしまった。自分と同じ子供が嬉々として殺したことを。

 

 ------現実?こんなのが当たり前?そんなわけない、あり得ない、だって、絵本はこんなの書いてない、違う、全然違う、こんなの誰も幸せじゃない。

 受け入れられない。受け入れたくない、違う絶対に違うこんなの絶対に------------------------ああ、そうか。

 だから僕は何も出来ないんだ。嫌なことから目を背け続けるから。辛いことは信じたくないから。だから守れないんだ。だからあの時も……。

 …………ああ、また、何も出来なかった。


 「立て、15番」


 項垂れて反応を示さないルイを大人が無理やり立たせる。背中を押して歩けと催促し、ルイは生気に抜けた目で大人を一瞥するとされるがままに前へ進んだ。

 歩き続けてもまだすぐそばで子供たちが発狂しているかのような錯覚が残り続ける。耳から離れない、気持ち悪い。

 そこまで思い自分自身に嫌悪感を抱く。自分の弱さに気づいたのに、すぐに逃げようとする。本当に嫌になる。


 ------でも、逃げたいよ、苦しいよ、助けて、キューイ。



※※※



 「やぁ、ルイ君。久しぶり」


 名前を呼ばれたことに身体が反射的に反応し顔を上げる。久しぶりだった。自分の名前を呼んでもらえたのは。

 嬉しかったのだろう、辛い思いをして、そんな時に自分のことを知っている人に会えて。

 それがたとえ、ルイをこの地獄に連れてきた張本人だったとしても。

 

 「あっ………コルド、さん」


 はぁい、と手を振りながら返事を返す男性。黒色のシルクハットを被り、上下黒色のスーツを着飾った、明らかに異彩を放つ格好をしているがこの場にそれを指摘する者はいなかった。ルイにとってはこの格好をしている時しか見たことはなく、ルイをこの場に連れてきた大人は見慣れた姿にいちいち反応することすら無くなった。それよりも、別のことが気になった大人はコルドと呼ばれた男性を呆れた表情で見ていたが、男性はその様子をチラ見して特に反応することなくすぐにルイへと視線を戻した。

 

 「元気がないねぇ、ま、色々あったようだから仕方ないかもね。少し話そうか、あっ、後ろの君はもういいよ、バイバーイ」

 「………失礼します」

 「バイバイバーイ、…さて、邪魔者はいなくなったし、行こうかルイ君」


 踵を軸に身体を反対側へ回すと、長身を見せつけるかのような大股で歩くコルドは鼻歌混じりに前へ進んでいく。戸惑いながらも後を追うルイはコルドに会えば真っ先に聞きたかったことを思いだした。


 「あの!キュー、んぐ」

 「ノンノン、ルイ君。質問はあとでいーっぱい聞くから、今はまだ、ダメ♡」


 どこから取り出したのか、気づけば手に持っていたステッキをルイの口に当て待ったを掛ける。ステッキを口から離すと聞かない意思表示か、さっきよりも早足で歩き距離を空けていく。慌てて走り出すが何故か距離が一向に縮まることがなく、全力で走るがそれでも変わることがないまま、コルドが立ち止まった扉の前でようやく追いついた。

 

 「ささ、どうぞ」


 扉を開けてもらい中に入ると見たことのない形をした椅子が2つ対面で置かれ、間を椅子の高さに合わせたテーブルで挟んでいた。壁はルイが就寝する時の大部屋と変わらない灰色の見慣れた壁そのものであったが、密着するように設置された高級な雰囲気を感じる茶色の戸棚や見たことのない景色が描かれた絵画が全く別の場所に移動したのではと感じさせた。

 

 「驚いたかな?ここの部屋はどこも質素でつまらない作りになっているからね。最低限の部屋作りを行わないと落ち着かないんだ。あっ、立ってないで座って座って。今紅茶入れるからちょっと待ってね〜」


 促されて手前にある椅子に近づくと、体感したことのない弾力に一瞬怯み、恐る恐る座ってみると身体が沈んでいき反射的に立ち上がった。

 

 「え!?……え?」

 「あっははははは!そっか初めてか、ソファと言ってね。街で暮らす人たちだったら誰でも愛用している椅子なんだよ。ま、それはそこらじゃお目にかかれないちょーぜつ高級ソファだけど、ね!」


 決めポーズをしながら紅茶を入れる姿は意外と様になっており、コルドの雰囲気やここの空間も相まってなのか、すっかり緊張が緩んでいた。

 不思議だった。すごく辛いことがあった気がしたけど、今では全然そんな気がしない。

 

 「お待たせ〜。ささ、いつまでも驚いてないで座ってくつろいで。せっかくの紅茶も冷めてしまう」


 促されるまま再度椅子に座り直し、沈んでいく身体をどうにか落ち着ける体勢へ整えて紅茶を飲む。久しぶりに違う味のするものを口に入れた所為か一瞬で飲み干し結果的に三杯お代わりした。


 「いや〜嬉しいね〜。私の紅茶をこんなにも喜んでくれたのは君が初めてだよ!」

 「す、すみません……こんなにも飲んじゃって…」

 「ノン!ルイ君、こういう時は感謝の言葉を口にするべきだよ。その方が言われた私はとっても嬉しい!さぁ!」


 手を広げてさぁこい、とポーズをとるコルドに少し照れを感じた。

 

 「…あ、ありがとうございます」

 「ウイ!」


 上機嫌な鼻歌を聞きながら静かに待機する。椅子の感触にも慣れ完全にリラックスした心には余裕も生まれ頭の中が整理されていく。


 ------あれ、なんでここにいるんだっけ……。

 ふとした疑問、目的があってここにきたと思うがそれが思い出せない………………何を言っているんだ?

 感じたのは音からだった。怒号、鳴き声、射出音、笑い声。

 次に光景が。恐怖、怒り、苦痛、横転、飛沫、笑み。

 脳に焼きついた現実が鮮明に思い出されていく。間違いない、さっきまで確かにあの場にいた。なのにどうしてこんなところにいる?どうして忘れていた?どうして------。

 

 「本題に入ろうか、ルイ君」


 気がつけば、コルドは目の前に座っていた。カップも置かれ、湯気が上り入れたばかりだと感じ取れる。お礼を言ってからまだ数秒しか経っていないはず、しかし落ち着いた気持ちは出会った頃に逆戻りしていた。

 汗が止まらない。震えが止まらない。訳がわからない。何故、あんな出来事を忘れることができた?

 

 「まずは結論から言おうか。君はこの瞬間、訓練過程を終了してバジエダの憲兵として正式にテイマーとして活動してもらう。お疲れ様、よく耐えたね」


 ………………は?

 

 「悪いが急遽決まったことだから急ぎのことでね。仲の良かった子がいたなら残念だけど挨拶を交わす余裕もない。彼らの時間を削る訳にもいかないし準備ができたら」

 「あの!!」

 潰れかけた喉に追い討ちをかけて大声を上げた。そんなことを気にする余裕はルイにはなく、聞かずにいられない衝動に駆られている。

 なんであんなことをしているのですか?なんであんなことをさせているのですか?なんで平気でいられるのですか?

 聞きたいことは山ほどあった。初めて出会った時、あんなに魔物のことを想っていた人がどうしてこんなことに加担しているのか。とても信じられない。理由を聞いても信じられないけど、でも今はそれよりも真っ先に聞かなきゃいけないことがあった。

 

 「……キューイは、どこですか…」

 「死んだよ」


 死んだ。………死んだ?

 

 「…は……なんで、え……だって、あの時、大丈夫って……」


 わからない。何を言われているのかわからない。

 

 「魔力を蓄える角に修復不可能な傷を負っていたようでね。本来ならそれでも生きてはいけるのだけど、まだ幼体だったから必要なエネルギーが不足したようでね」

 「嘘、だ………だって、治ったって、心配いらない、って……言った………あぁ」


 溢れ出る涙が止まらない。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。何も考えられない。何も考えたくない。

 

 「ごめん、もっと早く言うべきだったけど、あの訓練を受けている君に伝えたらどうなるか予想がつかなかった、本当にごめん、力になれなくて」

 「……会わせてください」

 「できない、ごめんね」

 「会わせてくださいお願いしますなんでもします会わせてください会わせてください会わせてください会わせてください会わせてください、っああ、あああぁぁぁぁ」


 痛いのは我慢した。苦しいのも耐えてきた。寂しいのも乗り越えてきた。だけど、二度と会えないのだけは、無理だ。

 崩壊する。唯一の精神的支えが無くなったことでルイの心は限界に達した。


 「魔物は死ぬよ、ルイ君」


 泣きじゃくるルイに、コルドは表情を変えずに言った。

 

 「いつか必ず別れは来る。どれだけ仲が良くても、どれだけ長い時を過ごしても、寿命で言えば人の方が遥かに短い。けれど命の長さはいつだって魔物の方が短い。彼らは戦うからだ。君たちの代わりに、君たちを守るために。彼もそうやって君を守った。だから死んだんだ」


 そうだ。自分を庇って、自分を守って、短い間だったけど、それでも確かにキューイとの間には友情が芽生えていて、だからキューイは、犠牲になった。自らを盾にして。重傷を負って。直すことのできない傷で、命を落として。


 「君たちはただ早かっただけだ。あの日が来なくても、君を守るために彼は傷を増やしていった、そして死んだはずだ。それがテイマーとして冒険者の道を歩いた者が避けては通れない未来だ。そこからテイマーは強くなるんだ。二度とこんなことが起きないようにって。努力するんだ。仲間を守れる力を身につけるために」


 そうだ。弱いから。いつまでも前に進まないから、あんなことがあって、それでもキューイが帰って来ればって。だけど、そんなことは許されない、力がないと、敵からは逃げられない。

 だから皆殺すんだ。逃げられないなら、戦うしかない。殺すしか、ない、…………でも、…でも……。

 

 「うあああああぁぁぁぁ、あああああぁぁぁぁ、ああ、あああああああ」


 それしかないの、本当にそんなことしかできないの、わからない、わからないよ。

  

 「憲兵になれば君は間違いなく守る力を手に入れることができるよ。私が保証する。君の傷が君を強くするよ」


 もう遅い、手遅れだ。今更強くなったって、あの子はもう、戻ってこない。

 

 「いずれ分かるよ、必ずね。…すまないが私は君を輸送する準備をしなければいけない。ここで待っていてくれ。また後で、今後のことについて話していこう」


 それだけ言い残して、コルドは部屋から退室していく。ルイはただ項垂れて時間が過ぎていくのを待つことしかできなかった。

 憲兵になれば、ここで行っていたことが日常的に行われているのだろうか。それとも、ルイが出来たように魔物と仲良く過ごせるのだろうか。でも、ルイはこれから本気で笑うことは出来ないのだろう。新しい友達を作って仲良く暮らしても、ルイの心にはずっと、キューイを守れなかった過去が蝕み続ける。やがて守るための力を得るために、今日見た光景を自分の手で行っていくのだろうか。

 じわり、とルイの中で黒い感情が蠢き出す。知ってしまった。死を。殺意を。

 当たり前だと言われた。おかしいのは自分だと、甘えた願望を打ち砕かれた。だったら手に取るしかないのか。武器を。力を。

 

 ------嫌だ。

 それでも尚、ルイは拒む感情を捨て切れずにいる。

 夢を叶えるために村を出て、友達と約束して、目標を作った。

 どれだけ現実を見せられても、どれだけ悪意を押し付けられても、純粋すぎる少年の心は変わらずにいた。

 しかし、彼の心は近いうちに壊れるのだろう。自らの在り方を変えれず、周りに感化されない幼い精神はいずれ許容量を超え、破裂する。

 今の彼には出来ない。自らを変えるのを。

 周囲の誰にも出来ない。彼を変えるのを。

 救うために出来るのは一つ、彼の助けになること。それだけだ。


 ドゴォォン!!


 ルイの後ろ側から聞いたことのない爆発音が鳴り響いた。直後、勢いよく扉が横を過ぎ去り奥の壁に激突する。

 唖然とする中、小さな影が堂々と部屋へ入ってくる。

 

 「ッチ、ああくそっ、加減間違えた…、生きてるよな……お、いた」


 小さな身体に独特の顎に牙、大きさ相応の手足に尻尾と翼を生やし、紅色の鱗に覆われた小龍はルイを見つけてニヤッと笑みを浮かべる。


 「ようガキんちょ、同郷の願いを叶える為ヒーロー見参だ。頭を垂れて平伏し感謝しな」

 

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