夢見るテイマー斯くあるべし

ウれパん

第1話 薄線結び

 バチン。


 大きな音が聞こえる。鞭で地面を叩く音だ。

 音は何度も続けて響いた。


 バチン、バチン、バチン、バチン。


 たくさんの人が鞭を持って叩いている。一心不乱に。泣きそうになりながら。


 バチン、バチン、バチン、バチン、バチン、バチン。


 誰かが叫んだ声が聞こえた。よく聞こえなかった。走れよ?動けよ?よく分からない。


 バチン、バチン、バチン、パァン。


 耳をつんざく地面ではない何かを叩いた音が聞こえた。すぐさま低く苦しい悲鳴を上げた獣の声が聞こえた。

 

 「そうだ!!それでいい!!言うことを聞かない魔物ばけものには直接当てて聞かせろ!お前は俺の所有物だと本能に叩き込ませろ!!」

 「グウゥ、グオオオオ!!」

 「しかぁし!!威力が足りん!!」


 パァァァン。

 

 「ぐうぅぅぅぅ」

 「逆らえば痛みを!戦意を折り、忠実に働かせ、生かし殺さず、何よりも立場を分からせろ!主人と!!奴隷と!!」


 パァン、パァン、パァン。


 地面を叩く音が聞こえなくなった。代わりに獣のうめき声がたくさん聞こえてくる。とても苦しんでいる。可哀想。だけど、どうすることもできない。

 

 「貴様ぁ!!いつまで固まっている!!さっさと鞭を振れぇぇぇ!!」

 「…………ごめんなさい」

 「はぁ!?」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 「っぐ、貴様ぁ!!謝る暇があるなら手を動かせぇ!!死にたいのかぁ!!」


 胸ぐらを掴まれて投げられた。だけど頭は真っ白だ。身体も思うように動かない。ひたすら恐怖で震えることしかできない。謝ることしかできない。

 ごめんなさい。助けることができなくて、ごめんなさい。

 

 「…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……」

 「ちっ、…いいか貴様らぁ!!何の能力にも目覚めていない貴様らにとって一番の近道は経験を積むことだ!経験は目覚めの糧となり、貴様らの財産になる!!甘えた夢は捨てろ!気を抜けば殺される立場になることを忘れるな!!支配しろ!!圧倒的恐怖を植え付けろ!!それが貴様たちが目指す『テイマー』だ!!」

 

 ------違います。そんなのテイマーじゃないです。あの絵本のような、たくさんの魔物ともだちに囲まれて笑顔で仲良く冒険するのがテイマーなんです。何で鞭で叩かないといけないのですか。何で支配しなくちゃいけないのですか。何で、魔物を苦しめないといけないのですか。

 わかりません。何でこんな残酷なことをやらせるのですか。

 ごめんなさい。助けてあげられなくて。見てるだけしかできなくて。こんなにも弱くて。

 ……会いたいよ。キューイ。


 

 ※※※



 『消灯時間になりました。各自速やかに就寝して下さい』


 灰色の壁に囲われ、人数分敷かれた布団のみが用意された大部屋の電灯が天井に設置されたスピーカーの音声と同時に消灯した。すでに布団の中に入っている子供たちは疲労困憊こんぱいの身体を少しでも休めるために就寝している者が殆どを占めている中、未だ寝ていない子は大抵が今日の訓練の光景がフラッシュバックして怯え、泣き、愉悦に浸っている。そのどれにも属さない少女、スランは自分の隣で後頭部を向けて寝ている少年をじっと見ていた。

 心配などではない。この場所では誰かを心配する暇があるなら明日の訓練をどう乗り切るかを考えた方が一番この地獄から抜け出す近道だとスランはここに来た初日で理解していた。

 別に誰かと競い合っているわけではない。寧ろ気持ちが折れそうになった時、相談に乗ってくれる誰かを見つけ共に助け合いながらやっていく方が無難とも分かっている。しかしそれは、スランと同じように一刻も早く自由を求めている者に限っての話である。

 全員に話しかけことはない。話すタイミングは精々最初にここに連れてこられた時のほんの数分と食事にシャワー、後は今この瞬間くらいのもので最初は少し話していた関係の子たちともここの訓練を日に日にこなしていくことで話す気力も無くなり、今では返事すらも返してもらえるか怪しいとさえ思っている。それならそれで、スランは自分が一番やるべきことに没頭するだけだと切り替えることができたので何の苦にもならず、寧ろ足手まといが減ったとさえ考えてもいる。

 今更味方を作ろうなどと考えていないが、それでも気になる存在がいた。自分と同じくらいの年齢で、背も低く、身体も細く、見るからに力がないくせに大人の言うことを聞かずひたすら謝罪を繰り返し呟く男の子。身体は大人に投げられ、蹴られ、殴られて傷だらけになってそれでも命令に背き続ける。かといってやり返すこともないらしく大人たちが不気味がっているのを見たこともあった。

 

 「ねぇ、15番」


 ここへ連れてこられた初日に付けられた識別番号、右から1番と並んでいるため16番のスランの右にいる彼の番号を呼んで返事を待った。

 

 ------あれま。

 意外にもすぐに反応して彼はスランの方へと顔を向けた。暗くておぼろげにしか表情が見えないが女の子に話しかけられて嬉しい、なんてことは微塵も思ってなさそうとは感じ取れた。

 何というか、目が死んでいた。

 ふむ、とスランは考える。ぶっちゃけ話しかけてからどうするか考えずに呼んでしまったが、適当にその傷は〜とか、何で命令無視〜とか振ればいいかなー程度に考えていた。そもそも反応がなければそれでもいいやと考えていたので振り返ってさらに生気が感じられないとなると話題にもしづらい。自分以外がどうなろうが知ったことではないが、自分が止めを刺すような追い込む発言は流石に後味が悪い。

 にしても怖い。目があってそこそこ時間経つけど向こうの表情が一向に変わった気がしない。人形かあれ。

 

 「……あんた、何でここに来たの?」


 ここまで口にして、今度は自分の発言を珍しく思う。こんな話題を振るならもっと早い段階でいつでも言えた。だって隣だし。

 それでも今まで聞かなかったのは単純に他人との交流を早々に切り捨てたのが一番だけど、相手の過去に踏み込むのは少なからず同情を感じてしまう。ここでのはいい。自分も同じことをして、同じ苦しみを味わっているから。それで泣き言を言われてもああそうね、で済ますことが平気でできる。でも過去はねぇ…。

 ここまできたら重い話が来ない事を祈るばかりとなったが果たして、スランは表情に出さず二度と墓穴は掘るまいと脳内で何度も唱えること数秒、

 

 「…………友達に、会いに……」


 ………は?友達?ここに??

 理解できなかった。ここに連れてこられた子供の中にいる?それならすでに再開してもうちょっとマシな顔つきをしているだろうし、何よりこんなに目立つ行動をしている子と話している子がいたらそれだけで周囲がざわつくはずだ。けどそれもない。大人は論外だし、……えぇぇ。

 あれだ。友達がいなさすぎて空気友達とやらを作っちゃった子なんだ。

 

 「……そう、頑張れ」

 

 ここに来て初めて、誰かを本気で心配する優しい目と口調で言った。会話のキャッチボールはこちら側がポケットに仕舞い込んで続行拒否で締め括るけど仕方なし。扱いきれません。

 

 「………ありがとう。……おやすみ」

 

 それだけ言って、少年は顔の向きをこちらに後頭部を向ける方へと戻して完全に会話は終了した。

 結果的にスランにとって気がかりになりえることはなく、今後の予定に支障が出ることはなさそうでひとまず安心した。これ以上余計なことをしないように就寝することに思考を切り替えるが、ふと、ありえない妄想が頭によぎった。ただ、ありえなさすぎてすぐにその考えは切り捨てて、頭から毛布を被る。

 

 ------ほんとにありえない。だって、魔物と友達だったとするならそもそもこんなところにいるわけない。それに、契約紋章コールも持たずにそんなのできるわけない。


 少しして、スランの意識は完全に眠りへとついた。就寝時間が一時間ほど経過する頃には殆どの子供は体力の限界で眠りにつく。ただ1人、識別番号15番を除いて。

 ルイはひたすらに不安に駆られていた。

 自分が今受けている訓練という名の地獄の中にあの子が含まれていないのかを。心配いらないと聞かされていた。でも今はそんなこと微塵も信用できない。

 今すぐにでも探し回りたい。なのにそれをする力がない。…………悔しい、悔しい……。

 ルイは自分の未熟さに憤りながらいつもと変わらない声を殺して泣く夜を過ごした。



※※※



 ルイとスランが初めて言葉を交わした夜、スランが大人たちと呼ぶ集団は子供たちは存在も知らない酒場に扮した部屋で酒やつまみに手を出していた。緩くなった酒には手を出さず半分以上残したまま新品を飲み出し、乱雑に広げられた食事は床に飛び散り軽く手をつけただけで残されている。ルイたちが普段食べている食事に比べ明らかに豪華に見える光景をここにいる者はそれがさも当たり前のようにぞんざいに過ごしていた。

 見てくれは決して裕福に見えはしない。ルイたちが普段身に纏う使い古されて生地はボロボロに、白色が土や血の汚れが落ちず所々黒茶色に変色した服よりは幾分もマシだがそれでも魔物の皮を利用して怪我防止処置程度は施された服は冒険者の鎧や工夫して作られた装備に比べ見窄みすぼらしく見える。それでも金銭にあまり余裕のない荒くれ者も多い冒険者でもやらないもったいない食事ができるのは彼らにそれだけの行為を許す程の備蓄を提供する存在がいるからであった。

 大人たちの多くはその存在についてほぼ無知である。元々は野盗や冒険者として失敗した者たちが国に拾われ言われるがままに行動しているだけであった。しかし、彼らにとってそのことに一切の不満はなかった。すでに夢など捨てた身。明日生きるために贅沢できストレスも発散できる場を提供してくれた国には感謝の気持ちしか今の彼らにはないからであった。

 そんな連中にとって不満となる話題はさらなる贅沢を求める愚痴と子供たちにあった。子供たちに対する内容はこの内容が大半を占めている。

 

 『どうすればあのガキに言うことを聞かせられるのか』


 殺し禁止。後に国への献上品となる子供たちを訓練の一環と言って乱暴に扱うのを上は黙認している、それどころか言うことを聞かせるための一番楽な方法として暗黙の了解を示している。しかし、殺害又は身体の欠損は高位の能力者やアイテムを使用しなければどうする事も出来ない。それを行った時の制裁がどのようなものか、彼らは直に目撃している。今でも夢に出る程の恐怖を植え付けられた手段は、彼らへ知らないうちに国を裏切れない楔とも化していた。

 加えて、『言うことが聞かせられないから献上できません』などと報告するものならどうなるか、彼らにとって危惧すべき内容だが、期日に余裕がある今はまだ二の次にできる程度の悩みとなっていた。


 「んだこいつら、脳味噌沸いてんのか?」

 「平常ですよ。平常で常時馬鹿なだけです」


 大人たちが騒ぐ部屋の天井角、『サモナー』によって召喚された一つ目蝙蝠こうもりの視界に映る光景を別の部屋からモニター越しに見ている存在がいた。

 部屋には1人と1体だけしかおらず、外には見張りとして1人立っているのみで、部屋へと繋がる扉の内側には防音の札が貼られている。

 現状でできる最善の機密漏れ対策を施した黒のシルクハットに上下黒のスーツを着飾った長身の男性は向かい合う存在の側に用意したティーカップに目を向ける。


 「……飲まないのですか?」

 「あ?こんなクソ溜めみたいなとこで飲めるかボケ」

 「それは残念。アンバーの入れた茶は中々の物でしたが、…それでは本題に移りましょうか。本日は何用でお越しになりましたか?炎龍王えんりゅうおう様」

 

 紅色の鱗に覆われた小さな身体は龍型の魔物が持つ独特な顎と牙を備え、大きさ相応の手足に尻尾と翼を生やし、右腕に鉱石で出来た腕輪を三つ付けて宙に浮いていた。

 

 「視察だ」

 「それは以前行ったばかりでは…」

 「問題があるか?」


 小龍こりゅうの視線が男性を射抜くように睨みつける。気にする素振りを見せない男性は内心でおお怖い怖い、と思いながら表情を取り繕う。


 「いえ全く。あなた様が見たいのであればいつでも。ただ職員と子供たちとの直接の接触は控えた方がいいかと助言は致しますが」

 「…何様のつもりだテメェ」

 

 ------あっ、やば------。

 男性の脳裏に過った瞬間、部屋に張り巡らされた何枚もの対衝撃用札が一瞬にして燃え尽きその役目を全うする。

 ただの威圧。それだけで使用すれば大型の魔物の咆哮さえもものともしなくなるアイテムを紙屑同然に扱う目の前の怪物に隠しきれない冷や汗を流す。

 

 「滅相もありません。礼を知らない無法者ばかりですのであなた様に失礼な対応をとることを危惧しただけです」


 男性は本心を伝えた。その裏に小物と間違えて手を出した人員が殺されないかを心配していることは決して伝えずに。

 こちらがそんな心配を少しでも考えたという事実が目の前の怪物には地雷になり得る。

 生物の頂点、王を冠する魔物たち。彼らへの行き過ぎた気遣いは侮辱と見なされ死に直結する。そんなこと最初から分かりきっていても何かあれば国から制裁を受けるのは自分なのだから言うことは言わないといけない立場の男性は外面笑顔で生死の境を歩いている心境だった。

 

 「……はっ!その根性に免じて今回は不問にしてやる。二回目で緩んだ気も戻ったろうしな」


 まさにその通り。一回目に出会った時は何するか全く読めず、最悪施設が壊されても仕方ないとさえ思ったほどである。ただチラッと一瞥して帰ったため今回は多少欲張った発言を意図的にした。死ぬかと思ったがこれはこれで力量差を身にしみて実感できたので良しと男性は判断する。

 

 「…何かこちらで手伝えることは?」

 「ない。俺が判断する。俺の言うことに『はい』と答えればそれでいい」

 「畏まりました」


 龍王の行動は読めない。しかし、一度は見捨てた存在に気をかけるような優しい心など持ち合わせてもいない。理由を見つけなければならない。怪物よりも先に。


 ------手はあることですし、ね。

 男性は今後の方針に再調整が必要だと考える。場合によっては、龍王との敵対も視野に入れて。

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