第377話 2015年8月 22

波の音は、永遠に繰り返し、遥か遠くの水平線の上に浮かぶ蒼い三日月は、周囲をほのかに照らし、輝き潤むリリィさんの綺麗な瞳に反射している。


遠くに聞こえる渋滞の車列のクラクションが大きく一瞬聞こえ、俺とリリィさんの間の静寂の空気を引き裂いた。


俺を見ていたリリィさんは、すっと防波堤の上に立ち、俺に向き直り、


「卒業生挨拶!

6年1組篠塚リリィ!


皆さん、ありがとう!

まずは、私の気持ちです。


この街に暮らして2年になりました。

驚く位、あっという間だったです。


それでも、とってもいろんな出来事があって……

私はこの街で暮らした事を。ここでの出来事を永遠に忘れないでしょう。


そして、その出来事の中心は、私の世界の中心は、この小学校でした。

皆さんの世界の中心は何処ですか?


私の、いいえ、小学生の世界の中心ってやっぱり、学校で、オウチなのかもしれませんね。


私はそのどちらでもありませんでした。

オウチにはそんな場所は無かったからです。


私は、2年間のうち、半分くらい学校に来ていません。

……不登校でした。


学校でもありませんでした。


それでも、ここの先生は私に学校に来るように熱心にアプローチしてくるのです。正直……迷惑だった。


私はそれを分かりやすく態度に表わしていたと思います。

どうせ、私の事なんか、私が学校に行かない理由なんか、分かるはずないよねって。

心に秘めて……

そのせいなのかは分かりませんが、それがぱたりとやみました。

6年生に進級したあたりから……


その代わり、現れたのが……

同級生です。


先生が諦めた……

いいえ、今にして思えば、校長先生の策略にまんまと嵌められたのだと、私は思うのですが、とにかく、先生がウチまで来て、学校に来いって言う事が無くなりました。


不登校の私は、その時は、ううん……ずっと、私は学校に行きたかった。


でも、ママの具合が悪くて、それを見ていて、行けなかった。

周りに知り合いもいない。


私は一人でやらなくちゃって、そればっかりで、私が見ていた大人は、そんな私に歩み寄る人なんかいなくて、近くでうっすら笑う人ばかりで……


私は、だれも、大人を信用できなくなって……

私は、多分、心を閉ざして、自分が思う正しい事だけをしていたのだと思います。


ママは私が、私だけが面倒を見る。

誰の助けもいらない、って。

そう思っていました。


そんな時、6年生になって、すぐに、変わった友人が出来ました。

その子は……

その人は、大人の小学生で同級生で、秘密のミッションを抱えた私の同級生でした。


ミッションは、私を学校に戻す事。


残念ながら、私は、あっけなく、そのスパイに落とされました。


うう~ん……

あっけなくは無かったかな、結構、その人を困らせたかも。


当時の私は、その人に、亡くなったパパの面影を見て、甘えて、もしかしたら、この人だったら、私の困っている事に気が付いてくれるかもって、少しずつ思ってきていた頃に、彼は、私を落としました。


見事にミッションを遂行して、私を学校に戻したのです。


一見、個々が勝手に動いていた様にも思われますが、まずは策士の満島先生、その意図を汲み取った佐藤君、他の先生方の調整に奔走した陽葵……先生、その他、私一人をどうにか、学校に戻したくて、動いてくださった先生方……


ありがとうございました。


私が、こうして卒業生の代表として挨拶をするなんて、1年前の私には想像に出来なくて、とっても、とっても嬉しい思いで、いっぱいです。


そして、今の私の世界の中心は学校です。

そう言えるようになりました。


先生方、同級生のみんな、ありがとう。


皆さんのお力添えが無かったら、学校に通う事すら、まして、ここに立つことすら出来なかったはずです。


私には、永遠の出来事がこの学校の皆さんのおかげで出来ました。


ここに、この学校に転校してきて良かった。

ありがとう。

これからも、よろしくお願いします」


リリィさんがニカッと笑った。


「どう?

幻の卒業生代表挨拶は?」


「リリィさんっぽい……

でも何で急に?」


「そうね……

私の原点だからかな。

あの小学校の日々が、今の私を作った始まりだから……

その始まりの集大成にこの話を、当時のみんなに、あなたに聞かせたかったの。

その当時の、私の心のうちを……


だから……

そのスタートした、私の第一章の終わりを迎えるにあたり、心残りを無くしたかった……から……今しかないって思ったから……それと、いつまでも覚えていられなさそうだから、えへへ」


可愛く笑って俺を見下ろしているリリィさんが、口元に指をあてて、大人っぽく微笑んだ。


「ふ~ん。でもね……

実は……


この続きがあるの……

これは、その場で言うか言うまいか、言いながら、考えようって思ってたの……


聞いて……」


薄っすら微笑むリリィさんが俺を見つめて、ニカッと笑顔を浮かべる。


「私を学校に戻した、親愛なる同級生、佐藤君!

あなたは一体、私の事をどう思っているのですか?

私はあなたを只の同級生としてみれません。

だって、私の恩人なんだから……


あなたがいなかったら、私は、こうして、ここで挨拶なんかしていなかったんだから……


きっと、あなたの事だから、この場で、聞いたところで、驚くような事を口にするとは思えません。


知ってるよ!


ただ、言わせてください!!


世界の中で、たった一人でも、あなたを本気で思う人はいるって事を、覚えておいてください。決して、あなたは望んではいけない人じゃない。もっと、自分が思う事、望むことを、前に出してください。


そうすれば、きっと、佐藤君は幸せになれます。


私はずっと佐藤君を見守って、ずっとそばに居たいです。


……気持ちを表す事だけが、これが今の、子供の私が出来る、精一杯の恩返しです。

ありがとうございました。佐藤君!」


リリィさんの潤む瞳から、涙がこぼれそうになっている。

そうか……


その時から、リリィさんは俺を理解してくれてたんだ……

やっぱり、間違いない。

俺は、この子を、リリィさんを失ったら後悔する。永遠に後悔する。


ずっと、ずっと待たせてたんだね。

ありがとう……

俺の事、そんなに思ってくれて……

かけがえのない……

俺の……

元、子供だった……

大切な人……

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