第368話 2015年8月 13

声を掛けようとした、その刹那、


「佐藤君……


私……

帰る……


サヨナラ……」


振り向いた彼女は目にいっぱい涙を流し、絞り出すようにそれだけ言って、手を振りほどこうと、もがいた。


佐藤君……


帰る……


寮に?……


じゃない位、ボケの俺にも理解が出来た。


「来て!!」


「いや!」


大声を上げ、俺から逃げようとする彼女の様子を見ていた、人が、人達が……


「大丈夫ですか?」


見知らぬ人達が、声を掛けてきた。


そりゃそうか……


必死の形相で嫌がる女性を無理やり連れ去ろうとしている構図だ。

むしろ、このシチュエーションで誰も心配の声を上げない方が社会として不健全だ。


「ごめんなさい……

ありがとうございます……

この人は……


……


友達で……


喧嘩してただけなんです……」


「そう? 本当なら……良いけど……」


人混みの中、リリィさんの細い手首を掴み俺は、リリィさんにきつい視線を向けられて、次の句を告げずにいた。


見知らぬ他人に腕を掴まれた女性が、必死の抵抗をする、取り付く島もない、ゆとりも無い、もう少し言えば、明らかに俺を拒絶した表情を向けて、視線すら合わせなくなった。


………………………………

こんな表情するんだ……


「サヨナラ」


俺がリリィさんの表情にたじろいだ一瞬に、腕を振りほどき、一気に人波の中に紛れ込んで……


俺は華奢な背中を見失った。

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