第359話 2015年8月 4

観覧席の椅子に座り、花火が始まるのを待っていたら、


『リリィちゃんに内緒で、ホテル前集合、今すぐ』


雅さんからだ……何のつもりだ?

めんどくせえなあ。


『なによ』


『いいから来い!』


「なんですか?」


近くのホテルまで人混みをかき分け、やっとたどり着くと、その数段上がったエントランスの階段の上で腕を組んで仁王立ちで俺を見下ろし睨む雅さんが既にそこにいて、


「なんですかじゃないよ! このボケが!!」


「ボケって何ですか! ボケって!」


「ボケにボケって言って何が悪いんだ! ここは自由の国だぞ! 表現の自由だ!」


何を!

一番知ってる難しい単語並べただけのくせに!


「けんちゃん、あんた、さっきのあれなんだい?」


「なんのことよ」


「リリィちゃんの顔見たか?」


「だから何?」


「『つきあってね~よ』ってなんだよ! お前、バカなのか? そんなに人の心がわかんね~のかって言ってんだよ! 照れ隠しか? 本気で言ってんのか? 本気なら、あたしが許さないよ! 薄らボケが! そこの港に沈めてやろうか? 生きててごめんなさいって言わすぞ!」


「なんで、そんなに喧嘩腰なんだよ!」


「じゃあな! 鈍いお前に分かるように教えてやるよ! 


まだ17歳だぞ。


本当ならママと一緒に生活して、何不自由なく過ごしているはずなのに、それをこんな縁もゆかりも無いところに、わざわざ、お前だけを、ケンちゃん会いたさに、それだけでここに来ている子に、お前、さっきのあれは、なんだよ! 


無さすぎだろ!


付き合ってないってんなら、あの子は何なんだ!


ちょっと仲のいい友達がモスクワから来たんで、暇だから花火大会にでも誘ったらホイホイ来たんで、連れてきました!ってのか!!


お前ふざけんなよ!!


多少、人の気持ちが分からないとこは有ったけど、本物なのかよ!


お前だけを頼りに来たあの子に言っていい事と悪い事が有るだろ!


健太郎!

お前!

あん時のあの子の寂しそうな顔見たか?


見たのかよ!


見ても気が付かなかったのか?

見て気が付かないフリしたのか?


どっちにしても最悪だよ!


健太郎!

あの子には健太郎! 

あんたしか無いんだよ!


中途半端にすんじゃないよ!

とことん愛してやれよ!


子供だからって?


きっと健太郎の事だからそんなスカした理由なんだろ?


でもな、あの子は本気なんだ!

本気の奴に、中途半端に絡むな!

歳なんて、いずれおっきくなんだよ!

永遠に子供じゃねえんだ!


なら、全部を掛けて、愛してやれよ!

お前の全てを使って、これ以上ないってくらいに愛してやれよ!!


それが出来ねえんなら……


その覚悟も、その気もねえってんなら……


今すぐ言って来いよ……


お前とは、この先付き合う気ねえから、俺に永遠に絡むなって……


俺にまとわりつくな……

今すぐ、モスクワに返れって……


言ってやれよ……


それがお互いの幸せだよ……


あの子の本気を、いいとこだけつまみ食いする様な真似!


あたしが許さないよ!!!!


ふざけんな!


なんだよ!

4年待ってて、期待通り、ここに来たから、僕の気持ちは、もう、十分ですってのか!


そりゃな、ゴールじゃねえんだよ!

スタートだろ!

そんな事もわかんねぇで、全部知ってます。って、そんなスカシタ顔してんじゃないよ!


腹立つな、ボケ!

何様なんだ!


あの子を大切に……

本気で愛さなかったら、あんたなんか誰も愛してくれないよ!


分かってんだろ!


お前の母ちゃんも父ちゃんも、みんなお前を置いていなくなっちまったんだから!

そんなお前を、見捨てずに!

お前の為に、お前だけの為に来てくれたんだ!


世界中であの子だけなんだぞ!!


あ前の人生、最後のチャンスなんだぞ!


もう少し、命張れよ!

ふざけた事、口走んなよ!

お前の本心なんて、誰も分かんねえんだよ!

お前の口から出た、その言葉が、相手にとっては、真実なんだ!


もう少し、優しい言葉を吐けよ!

無駄に歳だけ食ったのか?


あの子の願いは、たった一つなんだ!


お前だよ!


健太郎!


失うだけの人生を送ったお前に、哀れんだわけでもなく、純粋に、お前を大切に思って、ただ……ただ、ずっと一緒に居たいって、与えたいって、それだけで、ここまで来た……


分かってんのか!!


あの子の幸せは、健太郎の幸せなんだよ!!!


それがわかったら、とっとと詫び入れてこい!!

次におんなじ事したら、あたしが、ブッスリ、刺し違えてやるからな!!


ふざけんな!


詫び入れるまで、あたしの前に現れんなよ!

本気だぞ!!

絶対にヤッテやるからな!!

忘れんなよ!!」


雅さんが、ホテルのエントランスの前の階段の上で、吠えて……

大泣きして……


俺に……

俺のダメなところを……

本当に心配してくれて……


人の目も憚らず……

泣きながら、教えてくれていた……

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