第3話

 時は遡り一か月ほど前。


「店長、研修の子、一通り終わったわよ」


「どうでした?」


「そうね。スジは悪くないと思うわよ。でも、どうかな……」


“でも、どうかな。”みやびさんが呟いた。雅さんのそれは、“続くかな”という意味が後に続くのだが、俺と雅さんの間ではそこまでの会話は要らない。


「それじゃ、ちょっとお話ししてきますね」


そう言って俺は事務所から出て幅1.5mも無い狭い廊下を抜けて、階段を上がり二階の一番手前の部屋のドアをノックした。


「ことりちゃん。店長です。入りますよ」


「は~い」


明るい返事が聞こえてきたので、ドアを開けて入ると、バスタオルを身体に巻いて、髪の毛を頭の上でまとめた、ことりちゃんが少し俯いてベッドに座っていた。


「どうでした?」


「すっごく、きもちよがった」


そうだろうな。雅さんのテクニックに掛かったら、そりゃぁそうなるよな。ことりちゃんは少し頬を赤らめて、未だ、呼吸が整わないようで……羨ましいぞ。ことりちゃん。


「雅さんからの評価もすごくよかったですよ。どうしますか? このまま、シフトに入ってくれますか?」


せっかくなので俺はことりちゃんに働いて帰ってもらおうと思っていた。金曜の夜だ。それなりの売り上げが見込まれるのと、新人は客が付きやすい。その効果で、目標越えを狙う。勝負だ!


「いいですよ」


よっし!気の変わらないうちに、フリーを付けてやろう。


「それじゃぁ、ドレスに着替えて待機していてください。お部屋で待機しますか? 他の子達と一緒が良いですか?」


「ここで良いです」


「はい、承知いたしました。それでは、お部屋を少し片づけて、お風呂のお湯も取り換えてくださいね」


俺は、ことりちゃんにお辞儀をして事務所へと戻り窓を開けて、店の前で呼び込みをしている充希みつきに声を掛けた。


「お~い、充希」


声に気付き、歩きながら、戻ってきた充希に


「ホームページ更新しておいて、“シークレット女神降臨。期待の大型新人、期間限定、ことりちゃん緊急入店” よろしく」


「シークレットってナンスか?」


「なんだよ、シークレットの意味か?」


「いやそうじゃなくて、文意です」


「文意? ねぇよ、そんなもん。地元の子だろ、ことりちゃん、だから、シークレット。レアモンスターでもいいけど。モンスターじゃ客こねえだろ、そんな意味だ」


俺はボーイの充希に指示を出して、待機部屋へと見回りに出かける。


8畳ほどの部屋の中央にこたつが置いてある待機部屋。ここで、ウチのキャスト達は客が付くまで待機しているのだが……まあ、あれだな。もろに人間性が出るよな。


こたつに座って女の子の会話を回して聞き役に徹する雅さん。雅さんと毒にも薬にもならない会話を垂れ流すユズちゃん。こたつの横でうつ伏せになって、時々会話に参戦し、スマホを弄って緑のパンツ丸出しのミナミちゃん。会話の輪に入らずに奥の壁に向かってスマホを見てひとり呟く千絵ちゃん。


「は~い、姫様方、ブログの更新は済んでますか? まだの方は……さっさとやれよ!」


軽く吠えてやった。

仏の顔も一度っきりだ。どうせ何回言ったてやりゃしないんだから。


ここの店にいる子は一癖どころか、癖しかない。連中が辿り着くリアルワールドの終着駅、場末の風俗店。


ブルーオーシャンへ ようこそ!

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