第24話 計画
「影の盾! 退路をふさげ!」
騙り部が後退する瞬間を狙って能力を発動させ、僕も全速力で距離を詰める。彼女は一切動揺する表情を見せず、盾を避けてさらに逃げようとする。
だがもうすぐ追いつく。そこに、騙り部が能力で出した化け猿が行く手を阻む。僕は能力を解除して再び目の前に出す。
化け猿の攻撃を防ぐためではない。盾を水平にしてそれを足場にして跳び越すためだ。
跳び越えてくるとは思っていなかったのか、それとも満足したのか、騙り部は足を止める。そして僕は彼女の体に触れた。
特訓を始めて約二週間。ようやく一勝できた。
「ふふふ。初勝利おめでとう。すごいすごーい。なにかお祝いしようか。うふふ」
負けたはずの騙り部は、うれしそうに笑って話しかけてくる。
勝ったはずの僕は、ひどく疲れた表情を見せているのに。
「僕が化け猿を跳び越えてくること予測してたでしょう。正直勝ったとは思えないですよ」
「キサラギもこれまで勝てる機会があったのに見逃してたよね? なんでかなぁ?」
騙り部はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。そんな笑みを浮かべていても絶世の美女の顔が崩れないところもまた嫌らしい。そして心から彼女を嫌いになれないのが憎らしい。
僕は何十回と騙り部との模擬戦を続けていた。常識にとらわれないことを意識して戦うことで、何度か彼女を追いつめることもできた。
しかしこの人は、負けそうになると大きな胸を突き出してそこを触らせようとするのだ。卑怯とは言えないし、触るわけにもいかず負け続けた。
「ねぇねぇ? なんでかなぁ? どうしてかなぁ? 偽姉ちゃんに教えてくれる?」
「バカタリベ! 私のキサラギになにしてるの!」
「あ、ごめんごめん。新婚夫婦のキサラギジャックさん」
「し、新婚じゃないから!」
落ち着いて神代。
それでは新婚を否定しただけで夫婦を否定できていないから。
「あれあれ? 廃工場で抱き合っていたのは誰と誰だったかしらん?」
神代は赤面して僕の背中に隠れて子どものような罵倒を始める。
だがこれは僕も恥ずかしい。魔を追い払った直後、疲労とケガにより意識を失ってしまった。危うく顔面から倒れるところだった僕を神代が抱きしめる形で支えてくれたのだ。
おかげで助かった。しかし、そこにかけつけた騙り部にすべて目撃されてしまい、こうして何度もからかわれてしまっている。
すぐ近くで爆発音が轟く。僕は水の入ったバケツを持ってすぐに現場へ向かう。
「す、すみません! キサラギさん! 私は大丈夫です。それより早く火を……!」
爆発音の原因は赤羽麻衣である。
彼女の右手の能力【彼岸花】は火を発生させる能力。おかげで燃えにくいものに刻印しても火力調節を失敗すると火柱をあげることもある。これまでに何度も山火事を起こしかけている。
「嫉妬の炎? そういえば、彼岸花の花言葉に『想うはあなた一人』っていうのがあったね」
よく聞こえなかったが、騙り部はのんきに笑っている。
自分で言うのもなんだが、この特訓を通じてみんなの能力はどんどん成長している。僕は影の盾の可動範囲が広がり、見える範囲ならどこでも盾を出せるようになった。麻衣も火力調節はともかく、能力を使うことになんの抵抗も見せないでいる。
そして一番成長したのは神代朝日だ。ここ数日、黒いあざに反応する旧種の日陰者がたくさん現れた。だが彼女は、悪喰を発動させると同時に一瞬ですべて平らげてしまった。悪喰の体は以前より大きくなったが、飛ぶ速さはむしろ増したと思う。本当に頼りになる共犯者である。
「今日は少し早めに切り上げようか。明日は新種の魔と日陰者の一斉討伐だからね」
静かな山に騙り部の言葉が響く。それを聞いた僕たちの身も心も引き締まる。
最初のきっかけは秋葉山で化け猿を退治した時、黒いマントを着た少女の姿をした魔と遭遇した頃までさかのぼる。
奴は通常の魔と違って知能が高く、人間に擬態して言葉を交わせた。さらに人間の悪玉を刺してもただの日陰者は生み出さず、退治屋に見つからない新種の日陰者を生み出すことに成功している。奴はそれを実験と称していた。
しかし、いつ、どこで、どのようにして生み出しているのか、その実態はまったくつかめなかった。
だがあの時、魔は騙り部にだけは実験の協力を持ちかけてきた。彼女の一族は秋葉山にいたという化物と結婚した一族という噂があるからだろう。あの場では交渉決裂してしまったが、あの後再び魔は彼女に接触してきたらしい。
そこで騙り部は考えた。協力するふりをして新種の魔も日陰者も倒してしまおうと。
さすがの彼女もたった一人で倒すことはできないと判断し、僕たちキサラギジャックに協力を求めてきた。そして彼岸花の能力にも慣れてきた赤羽麻衣にも。一斉討伐計画を聞かされてから僕たちは日々の仕事をこなしつつ計画を成功させるために特訓を重ねて能力を磨いてきた。
「みんな魔や日陰者が昼間に活動できないことは知ってるよね。日陰者は悪玉を刺された人間の影のまま。ただ、今まで魔がどうしているのかは知られていなかった。だけど、魔に接近してようやくわかった。あいつは日の当たらない暗がりで息をひそめてじっとしているんだ」
「それがあの廃工場なんですか?」
今はもう使われていない工場。新種の日陰者に襲われたり麻衣がさらわれたりとなにかと因縁のある場所だ。
麻衣はその時のことを思い出して怖くなったのか、僕の上着の裾をつかむ。彼女の小さな手が震えている。その手を包み込むように自分の手を重ねて大丈夫だと伝える。
「魔も日陰者も太陽の光が当たっても死ぬわけではない。でも動きは遅いし力も使えないのも事実。だから明日の討伐は太陽が出ている間にやる。潜入するのは私と麻衣ちゃんの二人だよ」
「騙り部。やっぱり昼間に実行するつもりなの?」
神代が異議を申し立てる。魔や日陰者は太陽が出ている昼間は悪事を働くことができない。お天道様が悪事を働こうとする者に目を光らせてくれているからだ。
しかしその視線は、悪に手を染めているキサラギジャックにも向けられている。そのせいで僕たちは能力を使うことができないのだ。
「ふふふ。ジャックは優しいよね。そういうとこ昔から好きだよ」
「ごまかさないで! 私は本気で心配してるんだから! もし二人になにかあったら……」
「わかってる。だから昼と夕方の間、日が暮れる前の一時間に突入って決めたでしょ?」
四月頃の日が暮れる時間帯は午後六時半頃だ。だから決行は午後五時から六時まで。この時間帯ならまだ日が出ているし、魔も日陰者も力を発揮できない。
騙り部と麻衣が廃工場に潜入して一時間以内に魔を見つけ出して殺す。その後に僕と神代も合流して工場内や街中に発生した新種の日陰者を一掃する。
「私は騙り部。嘘しか言わない騙り部。でも誰かを悲しませる嘘は言わない。そうでしょ?」
騙り部は笑って神代の頭をなでてやる。その姿は仲の良い姉妹のようだった。
秋葉山を下りて僕は神代と共に帰路につく。いつもは麻衣を家に送り届けているが、明日は本番ということで騙り部といっしょに計画を確認してから帰るという。
「ねぇキサラギ。明日は大丈夫だよね?」
神代がひどく不安そうな表情を見せる。
彼女の父を殺した敵である魔を殺すのが明日だ。不安になるのも無理はないし、直接自分の手で殺せない悔しさもあるのかもしれない。
これまでにもまったく同じ質問をされている。それに対して僕はいつも同じ回答をしている。
「大丈夫だよジャック。騙り部と麻衣なら絶対に倒せる。なにかあっても僕たちがいる」
「そうだよね。ありがとう、キサラギ……」
神代がさびしそうに微笑んだ。不安な子どもが親に何度も問いかけるのに似ていると思った。
今日もまた消防車と救急車のサイレンが鳴り響く。働く車が好きな子どもの心はときめくだろうが、僕の心はざわついた。今日はパトカーのサイレンが鳴らないだけマシか。だが後ろから自転車のベルが鳴り響いて車輪の回る音が聞こえる。誰かが走ってくるのがわかった。
「よう真木野。まーた彼女と夜遊びかよ。ちゃんと勉強しないとバカになるぞ~?」
「よっさんか。そういうのはセクハラになるからやめた方がいいよ。ってか彼女じゃないし」
「なんだよ。ノリが悪いなぁ。大丈夫か? なにかあったのか? 話なら聞いてやるぞ?」
以前、神代は横田が気にかかると言っていたことを思い出す。邪行の能力が成長しても僕には悪玉の変化がまだわからない。ここは遠まわしに聞いてみよう。
「よっさんこそ大丈夫? ここ最近、秋葉市内で事件とか事故が多くて大変じゃない?」
「バカか。わかってるなら聞くなよ」
その発言に衝撃を受けた。たしかにいつも口は悪いが、それは本気で怒っていないとわかっているから笑っていた。だが先ほどのそれは、本気で怒っているように聞こえた。それに、どこかで聞いたような言いまわしだ。言葉を失う僕をよそに横田はあわてて笑ってごまかす。
「あ、わりぃわりぃ。ごめんな! 疲れていてつい……ごめんな! お前ら早く帰れよ!」
そしてペダルをこいで全速力で走っていく。その時、なぜかその後ろ姿に違和感を覚えた。
僕は一年前に彼と知り合い、それから何度もいっしょに話をしている。だから警察官の装備がどんなものかは知っているつもりだ。腰のベルトに装着されているのは無線機や警棒、手錠や拳銃が一般的だ。けれど彼の腰には、もう一つ黒いなにか収められている気がしたのだ。
「ねぇキサラギ。本当に……大丈夫だよね?」
神代からのいつもの問いかけに、僕はいつもの答えを返してやることができなかった。
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