第20話 彼岸花
0番線商店街の裏通りにある駄菓子屋にやってきた。
黒いあざに反応しない日陰者を警戒しながら歩いてきたのでかなり時間がかかった。
もうすぐ時計の針が夜の十時を指そうとしている。
家の人が心配しないかと聞いたが、麻衣は首を横に振るだけだった。
神代は回収した悪玉を名無しさんに渡している。
「これが新種の日陰者の悪玉かい? はぁー驚いた。見た目はまったく変わんないんねぇ」
「鑑定よろしくお願いします。お父さんは新種の日陰者に殺されたんです。黒いあざに反応しなかったせいです。そうじゃなきゃ負けるはずありません……」
「はいはい。こっちはあたしに任せて。千日紅のお嬢ちゃんをなんとかしてやりなよ」
名無しさんは麻衣のことを知らないはずなのに千日紅の赤羽家の人間だと言い当てる。
「秋葉の騙り部、五泉の千日紅。この業界では知らない奴がいない有名な家柄だからねぇ」
またこちらの考えを見透かすようなことを言ってから新種の日陰者の悪玉を鑑定し始める。
テーブルにはいつの間にか人数分のココアが置かれていた。僕たち三人は黙って頭を下げる。夜道で冷えた体を温めるにはちょうどよかった。
麻衣はココアを一口飲んでから自身のことをぽつりぽつりと語り始める。
「私の家、赤羽家の屋号は千日紅です。この家に生まれた人は、ある程度の年齢に達すると手の甲に赤い千日紅の紋様が現れるからです。そして千日紅の花言葉が不死や不滅という由来のせいか、手をかざしたところに紋様を刻むと傷を治すことができる治癒能力を持っています」
僕は黙ってうなずく。昨日、神代から教えてもらった通りの情報だ。
「紋様が現れる年齢は人によって違います。早いと赤ん坊の時から、遅くても十歳くらいで現れます。紋様が現れる手も人によって違い、片手だけの人もいれば両手に現れる人もいます。兄や姉たちは五歳の頃には両手に現れていたそうです。でも私は……私だけは違いました……」
いつもの小さな声がさらに細く小さくなる。
「十歳になっても現れなくてみんなにとても心配をかけてしまいました。汚れているから見えないのかもしれないと思い、真っ赤になるくらい手を洗ったこともあります。でもダメでした。もしかしたら……それがいけなかったのかもしれません。だからこんな紋様が……」
麻衣は手編みの赤い手袋を外す。彼女の右手の甲には、真っ赤な花が咲いている。
「この花、秋葉川の河川敷で見たことがあるかも。えーと、なんて名前だっけ?」
祖父が生きていた頃にいっしょに散歩した時に見かけた。たしか秋頃に咲く花だ。
「彼岸花……」
隣に座る神代が花の名前を教えてくれる。
「これが右手の甲に現れた日のことは忘れもしません。今年の一月一日。赤羽家の親族が本家に集まるおめでたい日に現れてしまったんです。そして私は、五泉の本家から分家へ行くよう命じられました。中学も転校することになり、今は秋葉市内の中学校の三年生です」
麻衣はひどく辛そうな表情をしている。それを聞いた神代も悲しげな顔になっている。
「なんで? どうして手の甲の紋様が千日紅じゃなかっただけで家を出されるの?」
「彼岸というのはあの世、つまり死後の世界のこと。千日紅は人を治癒して生かす能力を持つ家系だから。たぶん、縁起が悪いとか不吉とか思われたんじゃないかな」
花に詳しい神代がその理由を教えてくれる。
だが、それにしたっておかしくないか。
秋葉市と五泉市は隣同士とはいえ、まだこんな小さい女の子を家族と離すなんておかしくないか?
「彼岸花の別名は死人花、地獄花、幽霊花、これらも死を連想させてしまいますよね。だから、赤羽家ではずっと不吉な花とされてきたんです。それから捨子花なんて別名もあるんですよ。まさに今の私にピッタリだと思いませんか? えへへ……笑っちゃいますよね……」
笑えない。
笑えるわけがない。
そんな話を聞いて笑っていいわけがない。
もしも他人の不幸な話を聞いて心の底から笑うような奴がいたらそいつは人間ではない。人でなしだ。
「麻衣ちゃん……。笑えてないよ……。全然笑えてないよ……」
僕が指摘しようと思っていたことを神代が伝える。
「笑えない時は無理に笑わなくていい。悲しい時は悲しんでいい。怒りたい時は怒っていい。自分の感情に嘘をついたらダメだよ。だから泣きたい時は、思いきり泣いていいんだよ?」
「でも私は、兄や姉と違って才能がなくて、本家の人間なのにダメで、両親も私のことなんかいなくていいと思って、だから母は……この手袋だけ持たせて私を追い出したんです……」
「麻衣ちゃん! 他人の感情を勝手に決めたらダメ! 他人がどう思っているかを自分が勝手に決めたらダメ! お母さんは麻衣ちゃんが邪魔なんて思ってない! 絶対思ってないよ!」
「でも、でも……わ、私は……私は……」
「子どもが邪魔だと思う親が手袋を編むと思う? その手袋は、世界に一つだけしかない大切なものでしょ? お母さんが麻衣ちゃんのためだけに作った大切なものなんでしょ? そんなすてきなものを作ってくれるお母さんが麻衣ちゃんのことを悪く思うはずないでしょ!」
いつの間にか神代の目から涙がこぼれた。そして麻衣の目からもとめどなく涙が流れる。
「わ、私、この能力を使ってみたんです。そしたら……も、燃やす能力だったんです……。あ、赤羽の本家は、ずっと昔に大火事がありました。だから赤い彼岸花は、火事を連想させる不吉な花だって……そ、それでこんな能力の子は……い、い、いらないって……思われたんです」
「それは麻衣ちゃんのお母さんが言ったの? お母さんの気持ちを勝手に決めたらダメだよ」
麻衣は、首をぶんぶんと横に振って否定する。
「お、お母さん、別れる時……泣いてました……。す、すごく泣いてました……」
「ほら、お母さんは麻衣ちゃんのことが好きなんだよ。好きだから手袋を編んだし、好きだから別れるのが辛くて泣いたんだよ。だから麻衣ちゃんも自分の感情に正直になっていいんだよ」
その瞬間、麻衣は神代の胸に飛び込むように抱きついた。そして思いきり声をあげて泣く。
神代はそれ以上言葉をかけず、ただ黙って頭をなでてやっている。
ふと視線を外すと名無しさんがこちらに両手を広げて笑っている。
それがなにを意味しているのか察したが、年齢的には問題なくても絵面的に問題があるので丁重にお断りした。
「人間の女ってやつは成長が早いねぇ。昨日似たようなことを言われていた奴が、今日は別の奴にその言葉をかけてやれるほど強くなっている。少女は知らぬ間に女になるんだねぇ」
名無しさんが二人を見ながら優しい視線を送っている。
「新種の日陰者の悪玉はどうでしたか? なにかわかりましたか?」
忙しくて手を離せない神代に代わり、鑑定を終えたばかりの名無しさんに詳しい話を聞く。
「今まで見てきた悪玉とほとんど違いがないねぇ。でも一つだけ違うところが見つかったよ」
名無しさんは、手の平に載せたものを見せてくれる。それはとても小さくて真っ黒な玉のように見えた。悪玉が野球の球くらいの大きさなら、こちらは豆粒ほどの大きさしかない。
「これはなんですか? すごく小さな悪玉のように見えますけど」
「今までの魔は蚊に化けて人間の悪玉を刺していたから痕が残らない。でも新種の魔は、人間の姿をしているんだろう。そいつが銃でこの弾丸を悪玉に撃ち込んでいるじゃないかい?」
いや、それは違うと思う。
名無しさんは新種の魔、黒いマントを着た少女を見ていないから仕方ない。秋葉山で見たあいつは、銃のようなものを持っていなかった。黒い刃のナイフを投げて攻撃していた。おそらくあれを使って人間の悪玉を刺して日陰者を生み出しているはずだ。
そのことを名無しさんに伝えると神代が会話に参加してくる。
「ちょっと待って。たしかにあいつはナイフを使っていたけど、銃を隠し持っている可能性も捨てきれないよ。あいつは今までの魔とは違う。過去の常識にとらわれていたらダメだと思う」
「魔が刺すではなく魔が撃つになるけど、たしかに新種の魔がなにをするかわからないか。あいつは知能が発達している狡猾な化物だから、仲間と協力している可能性もあるかも」
その後も新種の魔や日陰者について話し合ったが、これだという答えは見つからなかった。
しかし、赤羽麻衣の今後に関することの答えは一つだけ見つかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます