第15話 気づいたこと
神代の話を聞いて思ったことは、彼女が予想以上に僕のことを心配してくれていたことだ。
少し恥ずかしいけれど、それ以上にうれしくてありがたい。
僕はすぐに自分の気持ちや考えをまとめ、しっかりと声に出して自分の言葉で伝える。
「僕はそもそも騙されたなんて思っていません。だってそうでしょう。ジャックは騙していたのではなく、黙っていただけなんですから。それに僕は約束したんです。これからずっと彼女の手を絶対に離さないって。だから、これからもキサラギジャックとして活動しますよ」
急に周りから大きな笑い声が起こり、地震でも起きたのかと疑うほど建物が大きく揺れる。
「きゃはは! キサラギはおもしろいねぇ! あたしがこんなに笑ったのは数百年ぶりだよ!」
「ふふふ。やっぱりキサラギは騙り部に向いてるよ。私の弟子にしてあげようか。うふふ」
名無しさんと騙り部が大笑いする。
だが神代からの反応はない。肩を震わせながらうつむいたままだ。
不安は大きくなるばかりで心配にもなってくる。
「騙り部、名無しさん、キサラギ……ごめんなさい。それから……ありがとう……」
その声を聞いてすぐにわかった。
今の彼女には顔をあげたくてもあげられない理由があると。
「気にしてないよ。でも、これからはできるだけ話してほしい。僕は共犯者なんだから」
それは本当のことだ。だが同時に嘘でもあった。
僕はとても気になっていることがある。
神代の前の共犯者で、彼女のお父さんが、どうして亡くなってしまったのか。
神代がゆっくりと顔を上げる。目が真っ赤にはれているけれど、その目には熱意が宿っていた。そしてしっかりとした口調で話を再開する。
「あの日、お父さんは化物退治の仕事をするために外出したんじゃないと思う。名無しさんや騙り部のように嘘を見抜く力はないけど、私には黒いあざがある。あの日、街に日陰者が出た反応はなかった。だから私は家に残った。だけど、その夜にお父さんは殺されてしまった」
「黒いあざに反応がなかったのは、犯人が人間だったということは考えられないの?」
「私も最初はそう思った。でも、お父さんの遺体を見たら人間のやり方じゃないってすぐにわかったよ。あれは日が経って強くなった日陰者の仕業。騙り部もそう思ったでしょ?」
「私たち騙り部一門にも邪行とは違う形で化物の出現を知ることができる。だけどあの日は、私も父も反応を感じなかった。だから申し訳ないよ。もし私たちが気づいていたら……」
「やめな。人の死をなかったことにしたいなんて嘘や冗談でも言うんじゃないよ。死んだ奴はどんなに願っても生き返らない。残された奴らは、その事実を受け止めて生きるんだよ」
化物の名無しさんの言葉が人間の僕たちの胸に突き刺さる。
祖父は信号無視をした自動車にはねられて死んだ。
もし信号無視をしていなければ、もし別の道を歩いていたら、そんなことを何度も考えていた。
しかし、どんなに願っても死者は生き返らないのが現実なのだ。
「あの日、どうして出現に気づかなかったのかはわからない。だけど今日、秋葉山にいた人間の姿に化けた魔を見て思った。あいつはなにか知ってる。お父さんの事件に関係してると思う」
黒いマントを着た少女の姿をした化物である魔。僕にはただの女の子にしか見えなかった。それでも黒いあざが痛みだしたので化物と気づくことができた。
神代は事件の犯人を見つけ出したくて仕方ないという顔で話す。その顔には、怒りを通り越して殺意が出ているようだった。悪玉が邪行の力に作用しているのはそういうことなのか。
「あざに反応しない新種の日陰者をあいつが生み出してるんじゃないかなぁ」
騙り部が完全に起き上がって話に加わる。山から戻ってきてさほど経っていないのに、顔色は良くなり、声にも元気が戻ってきている。驚くほどの回復の早さである。
「あいつは猿の化物を失敗作と言った。それから実験をしているとも言ったよね。あいつはこの街を実験場にして、人間や動物を実験体にして、新たな日陰者を生み出してるんじゃない?」
「たしかに騙り部の言うとおりかも。それなら、あいつも新種の魔ってことかな?」
「僕は今日初めて魔を見たんだけど、普通の魔と新種の魔の違いは……?」
熱い議論をしていた神代と騙り部が話についていけない僕に説明してくれる。
「魔は虫みたいなものって言ったよね。魔は化ける力があるんだけど、ほとんどが小さな虫にしか化けられないからなの。一番多いのが蚊かな。でも知能が低くて生命力も弱いから勝手に死んじゃう。普通の人に叩かれて死んだり飛んだだけで力尽きて死んだりね」
化物なのにそんなに弱いのか。
それなら蚊取り線香でも殺せそうだ。
「でも、中には生命力が強くて厄介な奴もいる。そういうのは蚊よりも大きなものに化ける。そういう奴はすぐに見つけて倒すようにしてる。だけどあいつは……人間の姿に化けていた。しかも人間と会話ができるほど知能が高かった。あんなの今まで見たことがないよ」
「騙り部の三寸世界にも記録がないね。あいつは生命力と知能が高い新種の魔かもしれない」
「人間の姿に化けて人間の言葉を話す魔か。あたしも見たことがないねぇ」
数千年生き続けている化物の名無しさんも見たことがないということは、やはり珍しいのか。
神代と騙り部は深刻そうな表情と声を突き合わせて議論を再開する。だが疑問はまだ残る。
「そんなに弱い化物なら魔を根絶させることってできないんですか?」
「魔はゴキブリのようなもの。人間がこの世にいる限り、奴らも生まれ続けるだろうさ。まあ、人間がみんな悪の感情を持たずに悪いことを行わなくなったら話は別だけどねぇ。きゃはは」
名無しさんは楽しそうに大きな声をあげて笑ったが、僕は苦笑することしかできなかった。
魔を根絶するということは、この世界から犯罪をなくすということだ。そんなものは難しい。いや、不可能といっていいだろう。
「それよりキサラギ。あんた、ちゃんと鏡を拝んでいるのかい?」
名無しさんが急にまじめな表情で聞いてくるので面食らった。
「これからは毎日鏡を拝むんだ。これはあんたのために言ってるんだよ。そしてジャックのためでもある。いいかい? ちゃんと毎日鏡を拝むんだよ」
僕だけでなく共犯者のことまで引き合いに出されたら拝まないわけにはいかない。これからは以前のように朝と夜に必ず神棚の鏡を拝もう。
「それからもう一つ。その鏡には定期的に月の光を浴びせてやりな。いいかい?」
拝むことはわかるが、鏡に月光を浴びせる意味がわからない。
名無しさんはニタニタと笑うばかりで、それ以上なにも教えてくれなかった。
だが気づいたこともある。名無しさんの笑顔と騙り部の笑顔が少し似ているのだ。
それはまるで――本当の祖母と孫のようだと思った。
そのことを伝えようとした時、名無しさんは小さな人差し指を唇の前に立てていた。
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