第14話 隠しごと
秋葉山での仕事を終えた僕たちは歩いて帰る。気力体力をすべて使い果たした騙り部は、僕が背負っていくことになった。神代は、あれからずっとなにも言わない。
ようやく0番線商店街の裏通りにある駄菓子屋に着いて裏口から入る。
「いらっしゃい。待ってたよ。ずいぶん遅かったねぇ……って大丈夫かい⁉」
暗い店内からツインテールの幼女、名無しさんが出てきた。
見た目こそ幼いが、中身は数千年生き続けている嘘が得意な化物である。
僕は背負っていた騙り部を畳の上におろすと、眠っていたはずの彼女がゆっくり目を開けた。
「ただいま、おばあちゃん。化け猿退治の仕事終わったよ。ねぇ、ほめてほめて」
年齢的には間違ってはいないけれど、容姿的にはまったく合っていない呼び名だ。
「誰がおばあちゃんだ。こんなにお肌ピチピチピッチで幼くてかわいい女の子に向かって言うことかい。あたしのことはロリババアと呼べっていつも言ってるだろ」
「やーだよ。だって私にとっておばあちゃんはおばあちゃんだもの。絶対に変えないよーだ」
騙り部は畳の上で大の字になると幼子のように無邪気に笑った。
「ほらキサラギ。さっさと傷を見せな。応急処置くらいならしてやるよ」
僕はイスに座ってからすぐ上着を脱ぐ。
右肩は血だらけになり、周りの肉はズタズタにえぐられている。化け猿の大きくて鋭い牙が刺さっていたので大きな穴も開いている。そこから今も赤い血が出てきている。穴の中をのぞくと肉の赤身部分がはっきりと見えた。底の方にある白いものは骨だろうか。
「あ~あ~、こりゃひどくやられたねぇ。まあ、右肩の負傷だけで済んだならマシかねぇ」
名無しさんは顔を近づけて傷の状態をじっくりと確認している。
「ところで、あんたロリコンじゃないよねぇ?」
「は?」
「きゃはは。冗談だよ冗談。それじゃあ、治療してやるから少し我慢しなよ。ベロォッ」
「おほわぁっ!」
僕は傷口を舌でなめられて変な声をあげる。すぐにイスから立ち上がって距離をとる。
「な、なにすんですかー!?」
「なにって応急処置じゃないか。あたしの舌には傷を治す効果があるからねぇ。きゃはは」
あれ、そういえば右肩の痛みがなくなっている。
右腕を上げたり回したりしてもまったく痛くない。
「それから最後におまじない。いたいのいたいのとんでけー!」
ニタニタ笑う名無しさんは、患部に手をかざしてからどこか遠くへ放り投げる動作をとる。
その瞬間、足の震えや体のだるさ、吐き気や頭痛などすべてがふっ飛んだ。
「あの、名無しさんって何者なんですか? 本当の名前はなんなんですか?」
「あたしは嘘が得意なだけのしがない化物さ」
ただの嘘つきな化物がこんなにすごいことができるとは思えない。
「そんなことより、あんたの共犯者のことを心配しなよ」
神代は思いつめた表情のまま立ちつくしている。
「お疲れさま。早くこっちに来て座りなよ」
すぐにイスを持ってきて座るように促すが、彼女は一歩も動こうとしない。
座敷で横になっていたはずの騙り部が起き上がった。そして疲れた声で話す。
「キサラギ。もう一度能力を出してみてくれる?」
「あ、はい。影の盾」
いつもより小さな盾が出現する。しかし、狭い駄菓子屋の店内では都合が良いかもしれない。
それでも疑問が残る。
本来、邪行の影の力は共犯者と手をつないでいないと使えないはずだ。
秋葉山で神代と手が離れた瞬間、悪喰は一瞬で消えてしまった。僕の影の盾も少しずつ消えてしまいそうだった。しかし、騙り部を守ろうと技名を叫んだ瞬間、突然息を吹き返したかのようにまた姿を現したのだ。
「邪行の力は共犯者同士が手をつないでいないと使えないというのは本当だよ。でも、ずっと共犯者がいないと使えないわけじゃないんだ。能力者が成長すれば一人で使えるようになる。キサラギが初めて影の盾を出した時に違和感があったのは、このせいだったんだね」
騙り部が真実を告げる。
「どうして嘘をついていたの、ジャック?」
騙り部の問いかけに対して神代はなにも答えようとしない。
「まずは話を聞こうじゃないか。なにか理由があるかもしれないだろ」
神代の代わりに名無しさんが答える。
だが騙り部は不満そうな顔でまた口を開く。
「でも、その嘘のせいでキサラギを死なせることになったかもしれないんだよ?」
「騙り部。二度も言わせるんじゃあないよ?」
名無しさんの発言により空気が一変する。
「ジャック。あんたは隠していることがあるならすべて話しな。キサラギ。あんたはその話を聞いて、これからどうするのかよく考えて決めるんだねぇ」
神代は真剣な表情で真っすぐ見てくる。その視線をそらさずに僕も迷いなくうなずいた。
そして彼女は座敷に腰かけて話す。ゆっくりと淡々と、これまで隠していたことをすべて。
「私の家系、邪行が一族みんなで化物退治の仕事をしてきたことは言ったよね。私が悪に手を染めたのは五歳の時。初めての共犯者は……お父さんだった」
僕の前の共犯者が神代のお父さんだったとは思わなかった。
「その頃はおじいちゃんも邪行の人間として働いていたし、出稼ぎの退治屋もたくさんいて、日陰者もそんなに現れなくてわりと平和な時代だったと思う。だから親戚の人は悪に手を染めなかった。それに、お父さんは邪行を自分の代で終わらせようと思っていたみたい」
神代の話を聞きながら名無しさんも昔を懐かしむようにうなずく。
「それでも神代は悪に手を染めたんだね。どうして?」
神代は首をかしげながらしばらく考え込む。
「わかんない。あ、覚えてないわけじゃないよ? だってお父さんにもお母さんにも絶対ダメだって怒られたから。もし私が悪に手を染めるきっかけがあったとしたら……おじいちゃんが亡くなって邪行がお父さん一人だけになった時かな」
それを聞いて自分の祖父を思い出してしまい目頭が熱くなる。
「おじいちゃんは病院のベッドの上で亡くなったんだけど、それって本当にすごいことなんだ。うちの家系で悪に手を染めて長生きした人はほとんどいないらしいから。家族に見守られて死ぬのは奇跡だって。縁起でもないけど、それを聞いたらお父さんが死ぬ時のことを考えたの。もしお父さんが化物に殺されたら家族の誰も気づかないうちに死んじゃうんだって……」
思いやりがあって優しい神代らしい選択だと思った。
「なんとか両親を説得して私は悪に手を染めた。手首の黒いあざは嫌だけど、能力が使えるのはうれしかった。邪行の影の力は、その人を象徴するようなものが出てくるって聞いてたから。私の場合は悪喰だった」
僕はうなずきながら話の続きを待つ。
「今までお父さんは一人で化物を退治していたけど、私という共犯者ができてからはいっしょに手をつないで仕事するようになった。それが邪行の力を使うための条件だから。成長すればそのうち一人でも使えるようになるって聞いてた」
それを聞いて思い当たる節がある。
騙り部が魔に襲われそうになった時、僕は消えかかっていた影の盾を維持させようと無意識のうちに叫んだ。あの追いつめられた瞬間、火事場の馬鹿力のようなものが働いたのかもしれない。
「キサラギはすぐに一人で能力を使えるようになってすごいよ。きっと才能があるんだよ。あなたが邪行の家に生まれていたら良かったのにね」
こういう時はどんな言葉をかけても聞く耳を持たないだろう。どんどん自分を責めて、どんどん気持ちが落ち込んでいく。
「ジャック。さっきはごめんね。だけど、才能なんてそんなものは……」
見かねた騙り部が優しい言葉をかける。
「それは騙り部に才能があるから言えるんだよ。なんでもできる天才だから言えるんだよ」
しかし神代には、その優しい言葉が届かなかった。
「私は自分を天才とも才能があるとも思ったことがない。才能なんてものは空想の産物だよ。天才というのも虚構の存在だ。すべては人間が創り出した虚像で意味なんてないんだ」
「それでも私はダメだよ。だからあの日、お父さんは私を置いて一人で化物退治に行ったの」
神代はこちらの話に耳を傾けず、どんどん自暴自棄になっていく。
そんな彼女の姿を見ているのが辛く、なんの言葉もかけられない自分が情けない。
「はぁ~。めんどくさい女だねぇあんたは」
場の空気がまた一変する。
ふと気づけば幼女の口が大きく裂けている。
「落ち込んだり
幼女が野太い声を発して女子高生を叱りつけている。
「あんたの父親はたしかに強かった。気力体力にあふれていて、使い勝手のいい能力でたくさん日陰者を倒してきた。だけどねぇジャック。あんたの悪喰もすごいよ。私が今まで見てきた邪行の力の中でも上位の強さだ。でもそれは才能のおかげじゃない。あんたが努力したからさ」
嘘つきな化物の名無しさんでも、その言葉に嘘は含まれていないだろう。
「あんたは共犯者がいなくても一人で能力が使えるようにがんばっていただろう。その努力をあんたの父親は認めていたし、たくさんほめていたじゃないか。そんな奴が今さら娘を見捨てると思うかい? あたしは思わないねぇ。あの日はきっと別の理由があったんだろう」
それを聞いた神代も騙り部も暗い過去を思い出すようにうつむいた。
「あの日って? なにがあったの? お父さんはどうしたの?」
真相を早く知りたくて話を続けるようにお願いする。
「三月の終わり頃、秋葉川の河川敷で警察官が殺された事件を知ってる?」
気持ちが落ち着いたのか、暗い表情を見せながらも神代が再び話し始める。
「秋葉駅前の交番に勤務する警察官が集団暴行を受けたって事件だよね」
「その警察官が私のお父さん。でも、その事件の犯人は人間じゃない。化物だよ」
神代は誰かが死ぬことや傷つくことをとても気にしていた。
単に思いやりのある優しい子だと思っていたけれど、今の話を聞いてこれまでの言動や行動に納得がいく。つい最近身近な人が、大切な人が亡くなっていたから。その辛さや悲しみを知っているから。
前の共犯者は化物に殺された。
それは、僕がたどるかもしれない人生の最期ということでもある。
全身から血の気が引いて背筋に寒気が走る。
「成長すれば一人で能力を使えるようになるとキサラギに伝えなかったのはこれが理由。私は怖い。共犯者が急にいなくなっちゃうのが怖い。もう誰かが死ぬのは見たくない。キサラギが私の目の届かないところで死ぬんじゃないかと思ったら……怖くて言えなかったの……」
神代が
「そういうことだったのかい。気持ちは痛いほどよくわかるよ。でもねぇ、だからって、あんたの都合でキサラギのことを縛り付けるのは違うんじゃないかい?」
「はい……その通りです……」
「キサラギ。あんたは今の話を聞いてどう思う?」
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