第13話 嘘つき

「影の盾ェェェ! 動けぇぇぇ!」

 無意識のうちに叫んでいた。

 手を離しているから能力は発動しないとわかっているのに。

 叫ばずにはいられなかった。



「バカか……」

 再び頭上から魔の言葉が聞こえてきた。

 冷静になって前を見ると、そこには見覚えのあるものが宙に浮かんでいた。真っ黒で大きな円盤。僕が神代と悪手した時に突然出てきたもの。

「影の盾……?」

 それはまぎれもなく僕の能力で出したものだ。

 しかし、共犯者と手を離してしまったのにどうして能力が発動したのかわからない。

 いつの間にか盾で防いだ黒い刃物は地面に落ちている。

「ふふふ。キサラギ。君は命の恩人だ」

 仰向けに寝転ぶ騙り部は、いつもの上品な笑顔を浮かべている。



 黒いマントをまとった少女は、つまらないものを見る目から忌々しいものを見る目に変わっていた。

 しかし、このままではいずれやられてしまう。

 なにかいい策はないものかと考え、思いついたことをすぐに伝える。

「騙り部。僕が守ります。その間に三寸世界を準備してください。さっきよりもすごいやつを。とびきり派手なのをあいつに魅せてやりましょう!」

 はったりだ。

 きっと騙り部は気力体力を使い果たして能力を一つも使えない。

 それでも能力が使えるふりをするだけで魔は動揺するはず。

 僕も気力も体力も残っていない。今こうして立っているのも不思議なくらいだ。

 それでも上手くいけば切り抜けられるはずだ。いや、絶対に切り抜けてみせる。

「ふふふ。キサラギ。君は騙り部に向いてるよ」

 騙り部は本を開いてなにやらつぶやき始める。僕はその姿が見えないように盾で隠す。

「バカか……。どいつもこいつもバカなのか……」

 木の上に立つ少女の姿をした魔は、また感情を感じさせない無機質な声を発する。

「おいお前。そこのバカ」

 魔の目は僕に向いている。

 バカと言われて少しイラっとしたが、返事をしてやる。

「なんだよ」

「お前はそいつの正体を知っているのか?」

「知ってるよ」

「バカか。知るわけがない。そいつの見た目は人間でもこちら側。化物の血を引いているのだぞ。お前は化物を殺すのだろう。なら、なぜそいつをかばう。今すぐ殺すか。こちらに引き渡せ」

 また魔の手がこちらに伸びてくる。僕はそれに見向きもせずに口を開く。

「さっきからバカバカうるさい! 知らないのか? バカと言った方がバカなんだぞ!」

 僕の怒りが頂点に達し、思わず子どものような反論をする。

「騙り部が化物の血を引いている? そんなこととっくに知ってるよ。僕だけじゃない。この街で生まれ育った人なら誰だって知ってる。そんなことを偉そうにしゃべるな!」

「嘘をつくな」

「嘘じゃない。この地には秋葉山化物退治という伝説が残っているんだ。その伝説の結末では、騙り部と化物が結婚して子どもを作っている。それはこの街のみんなが知っている事実だ」

 魔は口を固く閉じて疑いの目を向けてくる。

「僕は騙り部が人間でも化物でもどっちでもいい。なぜなら騙り部は、嘘か本当か、人間か化物か、白黒はっきりつけないあいまいな存在なんだ!」

 魔は、こちらをさげすむような視線を送ってくる。

「騙り部がお前と同じ? 笑えないね。騙り部は、誰かを傷つけるような嘘はつかない。人を楽しませる嘘をつくんだ。他人を実験体にしか考えていないお前なんかといっしょにするな。騙り部は僕の大切な仲間だ。彼女を傷つけるなら僕が相手になってやる。かかってこい!」

 感情と勢いに任せて言いたいことをすべて言い切った。

「バカか」

 魔が無感情に言葉をもらすと、黒いマントをひるがえしてどこかへ消えていく。



 僕はそこでようやくホッと息をつくことができた。

 その瞬間、緊張の糸が切れたようにひざから崩れ落ちて地面に腰を下ろす。

「なんとか……なった?」

 そこに背後から襲撃を受ける。あまりに突然のことで声も出せなかった。

 何者かの細長い腕が正面にまわされ、僕は羽交はがいめされてしまう。

「キサラギ。ありがとう。君は私の命の恩人だよ。本当にありがとう」

 その上品な声と長い黒髪でようやく襲撃者の正体がわかった。

 そして先ほどから背中に当たっている大きくて柔らかいものがなにかもよくわかった。

「ちょ、ちょっと騙り部! 離れてください!」

 身をよじってなんとか離れようとするが、彼女の腕の力はどんどん強まっていく。

 無理やり離そうとした時、ぐすっと鼻をすする音が聞こえてくる。

「……騙り部?」

「ごめんごめん。もう大丈夫。悲しいわけじゃないんだよ。むしろ逆。うれしかったから」

 騙り部の目は赤くなっていて、ほおに涙が流れたような痕もある。

「さっき言ったことは嘘じゃないです。騙り部が人間でも化物でもどっちでもいいです。騙り部は仲間です。だから、なにがあってもあなたを守りますから」

「キサラギ……。君って人は本当に悪い男だなぁ……。そんなこと言われたら私は……」

 悲しげな表情から一変してうれしそうな表情に変わる。

 いや違う。これはおもちゃを見つけた子どものような顔だ。

 そしてニタニタと笑みを浮かべながら背中にくっついてくる。

「なぁっ! 当たってます! 当たってますから! 離れてください!」

「あれあれ? だって私は大切な人なんでしょ? あの言葉は嘘だったの!? ひどいわ!」

「違います! 大切な仲間と言ったんです! 自分に都合のいい嘘をつかないでください!」

 その言葉を聞いて急に腕の力が弱まり、ゆっくりと騙り部の腕と胸が離れていく。

 すぐに立ち上がり、離れた場所でうずくまっている神代のもとへ歩いて行く。

「ジャック。悪喰を出してみて。ただし、共犯者と手はつながずに一人でやるんだ。それからキサラギ。君も能力を解除してからもう一度発動させてみてくれる?」

 騙り部の真剣な表情と声に圧倒された僕は黙ってうなずいた。

 神代はなんの反応も見せない。それでもよろよろと起き上がって能力を使おうとする。

 僕は宙に浮く影の盾に消えるよう念じる。すると静かに音もなく消えていった。

 そしてすぐに技名を告げて能力を発動させる。

 正直、無理だろうと思っていた。

 あの時は奇跡的に出現したのだから。

 しかし、僕の予想を簡単に裏切って影の盾は再び宙に浮いていた。

 一方、神代は何度も技名を叫んでいるのに悪喰が出る気配はない。

 それでも諦めずに叫び続けるが、黒い球体は一向に出てこなかった。

「影の盾の違和感の正体がようやくわかったよ。嘘つきは……ジャックだったんだね」

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