第4話


 「…… うん冒険者ギルドって感じだね」

 宿屋のオッサンに教わった町の外に冒険者ギルドはあった。


 石造りの町の外壁を貫く形で建てられていて、ギルドの建物の上部にはギロチンのように分厚く大きい鉄板がギルドの間口と同じサイズで吊るしてある。

 魔物が攻めて来た時にギルド館の入り口ごと魔物を潰して防ぐんだろう。


 「うぇぇぇ…… 」

 近づくと血の匂いがエグいですごめんなさい。寝不足だと辛いなぁ。


 今もソバの町の外にある林から4人組の剣や杖を持ってる冒険者であろう男たちが討伐した魔物を引きずって冒険者ギルドに入って行く。

 通った道には魔物の血の線が残されている…… えぐい。



 町側から入られる冒険者ギルドは客(・)側の商用の入り口で依頼者や冒険者ギルドが売り出した物の『買い取り客』しか使えない。俺は冒険者登録でまずそちらに行ったら笑顔で追い出された。知らないって恥ずかしい。



 魔物の血や肉片などの遺骸からの感染症と衛生問題、匂い問題、物理攻撃により損壊した生物を見たくないという住人もいるだろう。でもねぇ、無駄が多くない?


 まぁ、街中でケーキ食べてる所にグッチャグチャの魔物の死体が血の匂いと共に通るとか勘弁して欲しいのは住人の気持ちになったら分かる、分かるけどねぇ……


 俺は吊るした鉄板にビクつきながら冒険者ギルドに入った。



 「…… おう、新人…… ? 」

 「はい、新人です」


 あれ?対話スキルとか皆無なの?という大男が簡素な机に座ってこちらを見ている。

 あまりのポツリ喋りの大男に鸚鵡返(おうむがえ)しのような答え方をして気まずくなる、えっと明日にしようかな?


 「えっと…… 」

 スイッ…… とメモを机ごしに滑らせる大男…… なになに…… 何を書いて……

 『ドッキン! 見たことない人だから新人さんカナ?♡

 新人サンだね左にあるブースで申し込み用紙に記入してね! 登録料は銅貨50枚だよ!ほとんどが紙代だよ ♡』



 ——————— おおふぅ…… 目の前でこれでもかと半袖から鉄のような筋肉の腕を見せている190センチは身長があろう男がこれか…… ファンタジーやなぁ。


 これは何かされたら怖いので大男から目を外さず申し込みブースに行く。 

 「引っ込み思案さんめ…… 」

 俺のつぶやきを耳でとらえたのか少しピクリと動いた大男から後退り距離をとってから目を離し申し込み用紙に記入していく。


 なるほど、冒険者ギルドに登録するといっても採取や調合といった生産職と魔物を狩ったりする体力職に大別されるようだ。申し込み用紙には、



どの職人になるか希望に◯をしてください。


生産職  戦闘職  その両方


 とある。下に注釈があり依頼を達成した時の実績の度合い、指名等の依頼の質に変化があります。後々に変更は出来ますが銅貨50枚を徴収します。


 「なるほど、一生に渡って魔物を殺す事なく内勤で仕事をしたい人と頭を使うのが苦手な人間とで分けてるのか」

 しかも魔法や技やらがあるファンタジーだからこの職業の出来る事の差はヤベェだろうな。


 まぁいいや俺はレベルを上げたいし、何かを冒険者ギルドに卸すならモノは既にあるに等しい。


 グリグリと"両方"の選択に◯をつけて名前と年齢、種族欄に人間と記入してペンを置く。生産も出来て戦闘も出来る俺…… 万能じゃないか。


 ササッと記入して受付に用紙を渡すと、大男はその場で受付に置いてあるビー玉みたいな水晶に用紙をかざす。

 水晶は淡く光り小さな鉄の飾り…… 認識票IDタグに変わるアメリカの軍で配布されている物に似ているな。雑貨でフェイクの認識票を扱った事があるけど似ている。


 無言で渡されたIDタグソレには、名前とソバの町のギルドで登録した事、年齢が書かれていた。ちなみに年齢は宿屋で最も勘違いされた数が多かった13歳で一応通しておいた。見た目に沿った年齢は大事。

 

 それを文字の版画か何かで印刷された木の板と一緒に受け取ると大男と頷(うなず)き合う、なんか意思疎通できたような気がする。

 うん、木の板に書かれているのは冒険者ギルドの説明みたいだ。



 「今日はこれで? 」

 「はい。帰ります。あの、余計な事かもしれませんが受付業務ニガテなら他の人に…… 」

 「…… ちがう…… 足を、な…… 」


 質問の答えになってないな…… ああ、なるほど机の死角になっていたが脚が両方無いのか……

 「魔物にな…… 食われた。だが他に仕事がない。文字も分からん…… 受付が休憩の時は用意されたメモでなんとか」

 働いているというワケか…… 強そうな人なんだけどなー可哀想になー。



 とりあえずのストレージ————— 検索したらありました【身体欠損回復薬(弱エリクシール剤) 1629400個】あー、だいたい百六十三万個あるのか…… 魔法の世界だからねーあんまりレアじゃない・・・・・・のか。値段が高いから買えないのかな? それなら…… exエリクシール剤もストレージにあるしいいよね?


 コトリ……


 受付の大男の前に身体欠損回復薬を置く。

 こんな数あるなら栄養ドリンクをおごる程度の話だろう。

 「まぁ、これでも飲んで元気出せって」


 俺は唖然とする大男を背に冒険者ギルドを後にした。


 このプレゼントは最初のメモがキモかったと勝手に思ったのが悪かったと思ったからだ。だってキン肉さんが ♡とかごめんなさいだよ。




□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 新人冒険者のヒロキが冒険者ギルドを去ってしばらくオラはボケっとヒロキが置いて行った薬を見ていた。


 これ、オラがずっと探していた太古に錬金術師のジーベルが量産したというエリクシール剤ではないか?

 古代遺跡の地下深くに沈んだ都市の宝物庫に劣化を防ぐ魔法により備蓄されたという伝説がある。


 いや、伝説ではないなダンジョンでもだいたい100〜200年に一度のペースで発見され細かに記録され書物にも記されている。


 「あぁ…… この瓶のデザインは本の挿絵と同じだ…… 」

 オラが夢にまで見た薬だ。図書館からエリクシール剤のページを破りいつも持ち歩いている。見れば見るほど同じだ柄も文字も、記されている薬の色も……


 震える手で瓶を開ける。


 初めて会った人間から貰った薬など飲んだらダメだ。

 分かっているんだけどオラ…… ここで死んでしまっても……


 自分の脚を見る。太腿の半分から無くなった脚を……


 もう、飲む以外は……


 オラは意を決してエリクシール剤をのんだ。


 「ぐぅぅぅぅ!!!!! 」


 オラは無くなった脚に痛みを感じ、やっぱり騙されたと思った。

 薄れる意識の中、見たのはオラの異変を知り駆けつける他に作業をしていた同僚、そして肉が盛り上がりズルリと生えるオラの脚……


 無くなった脚に痛み…… ?


 あぁ、ホントにエリクシールだっ…… た……?




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 「やべえ…… 」

 冒険者ギルドで魔物の討伐依頼を見るのを忘れていたと思って宿屋から蜻蛉返(とんぼがえ)りすると冒険者ギルドに人だかりが出来ていた。


 「大楯のシルバの脚が生えたってよ」

 「なんでも伝説の薬をポーンと渡されたらしい」

 「騎士も事情を聴取するとさ」

 「マジかよ」

 「シルバってアレだろ? 毒持ちの魔物に下半身喰われて絶対に回復魔法やポーションでも治らないって言われてた? 」

 「おお、あのAランク冒険者のシルバだぜ」




 野次馬に混じり噂話を聞いていたんだけど、かなりやべぇ薬を渡してしまったらしい。

 Aランクとはどの程度のものか分からないが、かなり大ごとになりそうだ…… えっと、どうしようか……

 

 「隣町リンドーンへの馬車が出まーす! お乗りの方はこちらへ! 冒険者5人警護についてます銀貨一枚! 」

 「はい! 乗ります!」


 こんな時なら逃げの手段に飛びつくでしょう普通?どうやらタイミング良く商店と乗り合い馬車の2台が町を出る所だったみたいで俺が挙手をして走り寄ると嬉しそうな顔をされた。


 客が増えると儲けも増える、そんな所だろう。


 俺は荷物やらなんやらは全てストレージ万歳とばかりに入れているから身軽だ。宿屋のオッサンに別れを言えないのは辛いが先払いの宿賃を迷惑料としてくれと頭の中で詫びながら馬車に乗り込んだ。


 「いやー、全く知らない政治体系や法体系の中でワチャワチャされたらしんどい、もっとこの異世界を知ってからにして欲しいよもう」


 ブツブツと自己弁護しながら馬車に乗り込み呆然(ぼうぜん)とした間に町から街道に風景は流れる。女神様が用意してくれた拠点になるだろう町から、俺はこうしてすぐに逃げるように移動したのだった。

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