(単話)ブランコ

蓬葉 yomoginoha

ブランコに乗って

 地元の田んぼ道、夕暮れのすえあい色、葉桜はざくらが散る。

 ガードレールに腰を下ろして、桃也とうや先輩を待つ。間もなく東京に行く彼を。

 

 ここじゃ夢を叶えられないのか何なのか知らないけれど、とにかく東京に行くのだと、そんな話が伝わって来た。

 気付くと、私は先輩に連絡を入れていた。


 空を見上げる。

 星が流れた、ように見えた。


 なんで私、泣いてるんだろう。


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 遅れること10分強。宮科先輩はいつものように優しい笑顔を浮かべて言った。


「悪いなー。待たせちゃって」

「遅いです」

「だから謝ってるじゃんか。てか、ガードレール座んなよ。汚れんぞ」

「別にいいですし」


 立ち上がり、跡とよごれのついたスカートのおしりたたく。

 先輩の方に背を向け、私は歩き出す。彼はその後をついてきた。

「何で機嫌きげん悪いんだよ」

「そんなことないです。別に」

「ほんとかよ。てか、どこいく?」

「……その前に言うことあるでしょ」


 相談してほしかった、なんて言うつもりは毛頭ない。

 私はただの後輩だから。たまたま小学校から大学まで一緒だっただけの、後輩だから。

 一言ひとこと欲しかったなどというつもりも、ない。

 けれど、このおよんで何も言わないなんて、あまりに……あんまりじゃないか。


明々後日しあさって、東京行くんだ。ま、すぐ埼玉さいたまの方に行っちゃうけど」

「はい」

「子どもたちがさびしい思いをしないような、そんな家を作りたいんだ」


 彼の言う子供たちというのは、いろいろな事情で家族と離れた子どもたちを指すらしい。

 孤児院こじいん更正こうせい施設、保育所、いろいろなサービスをねた巨大施設。私にはよくわからないけれど、そんな巨大な施設を、まだ20代前半の若い身で作るのだという。


「立派な、夢ですね」

「サンキュ」 


 だれがそれを非難するだろう。先輩のいだく夢は、誰がどう見たって立派なものだ。

 他のものの全てを見えなくしてしまうくらい、先輩の抱く理想は輝きをまとっている。


「俺らは母さんと父さんがいなくてもなんとかやってこれたよ。兄弟姉妹きょうだいがいっぱいいたし、宮科みやしな叔父おじさんも助けてくれたしさ。少なくとも、一人で寂しいなんて気持ちにはならなかった。でも、今はその方がレアケースだろ? きっとこの空の下には、寂しくて震えている子どもたちがいっぱいいるはず。そういう子たちがのんびりできる場所が、今は必要だ」


 背後はいごの先輩は、今どんな表情だろう。

 希望にあふれている? それとも多難たなん前途ぜんとに緊張している? 

 わからない。

 けれど、もはや彼の眼中がんちゅうに、私は、この町はない。そんな気がする。


「てか石川、俺らどこいくのー」

 どこいくの、なんて私が教えてほしい。

「公園で、いいでしょ」

「公園? 神社の?」

「はい。先輩の家の、通り道ですし。散歩がてら」

「サンキューな」

「別に……いいです」



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 神社前の公園に着いた。

 昔はここでよく先輩と遊んだ……なんてことはないけれど、天根あまね町の子どもたちは放課後になるとほぼ必ずここに集まっていた。

 夜を目前もくぜんにした今は、誰もいないけれど。


 先輩と並んで、ブランコに座る。

「押してやろうか」

 そんな先輩の申し出を断る。スカートを穿いてくるんじゃなかったなと、心の中、ひそかに後悔こうかいする。


 先輩は、どこか子どもっぽい。

 あれだけ色々なことがあったというのに、鼻歌交じりにブランコを揺らしている。


 広い世界を見てみたいとか、そういう漠然ばくぜんとした理由だったなら、引きめられたのに。止められるわけがないじゃないか。こんな、まぶしい夢を持つ先輩を。


「今だから言うけどさ、俺石川のこと結構苦手だったんだよ」

「……え?」

「いや、昔の話よ? おとなしかったからなに話していいかわかんなかったし」

「ああ……。まあ、よく言われますけど」

 いつも本ばかり読んでる人。私にはどうやらそんな印象があるらしい。

「ま、結局その印象はそんなに変わってないんだけど」

「おい」

「いやでも、落ち着くんだよ。石川と話してるとさ」

「……」

にらむなって。結局ほめてんだから」

「睨んでなんか、ないです」


 こうやって目を細めないと、こぼれ出るものがあるから。


「口なんだそれ。ぎゅってして」

「うるさいです……」


 こうやって口を細めないと、あふれ出るものがあるから。

 

 先輩はしばらくしゃべらなかった。

 こちらの出方を探っているのか、それともおもんぱかってくれているのか、見当もつかない。


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「ブランコ乗ってっとさ、なんかそらつかめそうな感じしない?」

「しないです」

風情ふぜいがねーなあ。ほらこうやってさ」

 先輩はほんとうに子どものようにブランコをらしている。

「危ないですよ」

「大丈夫大丈夫、そんで、こうやって……あわっ」


 片手をくさりから離して空に伸ばした、次の瞬間。

 先輩は地面に盛大せいだいに転び落ちた。


「先輩!」

「痛って……」

「だから言ったじゃないですか。危ないって……ふ、ふふっ」

「あー笑うなよ」

「いや、だって……ふふっ……」


 あまりに間抜けなその姿に、私は笑いをおさえられなかった。涙まであふれ出てくる。もう、こらえられなかった。

梓月しづきに怒られる……、てか、すぐ忘れろよ。カッコ悪いから」

 先輩は土を払って立ち上がる。

「忘れませんよ絶対」

「おい」

「忘れません。絶対」

 涙をぬぐって、私は言った。

 先輩は頭をいて、恥ずかしそうに私から目をらしていた。



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「さて、帰るかねー」

「……そうですね」

「帰ってくるときは、極力きょくりょく連絡するからさ」

「はい。待ってます」

「うん。じゃあ」

「はい」

 

 先輩は山のふもとのお家の方に歩いていく。

 多分、最後の二日間は妹たちと過ごすのだろう。

 わからない、わからないけれど、先輩と会えるのは、これが最後かもしれない。 

 

(いえっ)


 身体のどこかで、そんな声が聞こえた。

(なに?)

(いえ)

(……)

(言えっ!)

 どこか幼い声。それだけ昔から、私は、あの人のことを。


「先輩っ!」

 遠く街灯がいとうした、浮かぶ先輩の背に、私は叫ぶ。

 ゆらり、どこか気だるそうな様子で先輩が振り返った。


「どしたー」


 ポケットに手を突っ込んだまま、彼は言った。

「私……私っ……!」

 胸の奥がうるさい。いや、苦しい。病気になったときのように、全力ぜんりょく疾走しっそうした後のように、痛い。

「石川ー」

 首をかしげる先輩。こけたときについた土の残るカーディガンが揺れた。

「おーい」

 

「……向こうでも、元気で!!」

 

 意を決してさけんだその言葉は、本当に伝えたかったこととは違うものだった。

 失望したような、声が頭の中に響く。自己じこ嫌悪けんおに襲われる。

 

「サンキュー」

 先輩はポケットから片手だけ出して私に手を振り返した。


 それが、私と先輩の別れだった。


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 先輩がいなくなって、半年くらい。

 私はたまにブランコに座って、空を見上げるようになった。


 ひとりぼっちの夜。けれど、先輩だってそれはそうだ。

 もしかしたら向こうでもブランコに乗って、盛大にこけているかもしれない。


 私は、微笑びしょうした。

 


 空を、星が走って行った。


 いや、多分また気のせい。


 悲しみのせいか、失望のせいか、しきりにあふれる涙のせい。


 

                           2021.3

2021.8

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(単話)ブランコ 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina

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