(単話)ブランコ
蓬葉 yomoginoha
ブランコに乗って
地元の田んぼ道、夕暮れの
ガードレールに腰を下ろして、
ここじゃ夢を叶えられないのか何なのか知らないけれど、とにかく東京に行くのだと、そんな話が伝わって来た。
気付くと、私は先輩に連絡を入れていた。
空を見上げる。
星が流れた、ように見えた。
なんで私、泣いてるんだろう。
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
遅れること10分強。宮科先輩はいつものように優しい笑顔を浮かべて言った。
「悪いなー。待たせちゃって」
「遅いです」
「だから謝ってるじゃんか。てか、ガードレール座んなよ。汚れんぞ」
「別にいいですし」
立ち上がり、跡とよごれのついたスカートのお
先輩の方に背を向け、私は歩き出す。彼はその後をついてきた。
「何で
「そんなことないです。別に」
「ほんとかよ。てか、どこいく?」
「……その前に言うことあるでしょ」
相談してほしかった、なんて言うつもりは毛頭ない。
私はただの後輩だから。たまたま小学校から大学まで一緒だっただけの、後輩だから。
けれど、この
「
「はい」
「子どもたちが
彼の言う子供たちというのは、いろいろな事情で家族と離れた子どもたちを指すらしい。
「立派な、夢ですね」
「サンキュ」
だれがそれを非難するだろう。先輩の
他のものの全てを見えなくしてしまうくらい、先輩の抱く理想は輝きをまとっている。
「俺らは母さんと父さんがいなくてもなんとかやってこれたよ。
希望にあふれている? それとも
わからない。
けれど、もはや彼の
「てか石川、俺らどこいくのー」
どこいくの、なんて私が教えてほしい。
「公園で、いいでしょ」
「公園? 神社の?」
「はい。先輩の家の、通り道ですし。散歩がてら」
「サンキューな」
「別に……いいです」
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
神社前の公園に着いた。
昔はここでよく先輩と遊んだ……なんてことはないけれど、
夜を
先輩と並んで、ブランコに座る。
「押してやろうか」
そんな先輩の申し出を断る。スカートを
先輩は、どこか子どもっぽい。
あれだけ色々なことがあったというのに、鼻歌交じりにブランコを揺らしている。
広い世界を見てみたいとか、そういう
「今だから言うけどさ、俺石川のこと結構苦手だったんだよ」
「……え?」
「いや、昔の話よ? おとなしかったからなに話していいかわかんなかったし」
「ああ……。まあ、よく言われますけど」
いつも本ばかり読んでる人。私にはどうやらそんな印象があるらしい。
「ま、結局その印象はそんなに変わってないんだけど」
「おい」
「いやでも、落ち着くんだよ。石川と話してるとさ」
「……」
「
「睨んでなんか、ないです」
こうやって目を細めないと、こぼれ出るものがあるから。
「口なんだそれ。ぎゅってして」
「うるさいです……」
こうやって口を細めないと、あふれ出るものがあるから。
先輩はしばらく
こちらの出方を探っているのか、それとも
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
「ブランコ乗ってっとさ、なんか
「しないです」
「
先輩はほんとうに子どものようにブランコを
「危ないですよ」
「大丈夫大丈夫、そんで、こうやって……あわっ」
片手を
先輩は地面に
「先輩!」
「痛って……」
「だから言ったじゃないですか。危ないって……ふ、ふふっ」
「あー笑うなよ」
「いや、だって……ふふっ……」
あまりに間抜けなその姿に、私は笑いを
「
先輩は土を払って立ち上がる。
「忘れませんよ絶対」
「おい」
「忘れません。絶対」
涙を
先輩は頭を
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
「さて、帰るかねー」
「……そうですね」
「帰ってくるときは、
「はい。待ってます」
「うん。じゃあ」
「はい」
先輩は山の
多分、最後の二日間は妹たちと過ごすのだろう。
わからない、わからないけれど、先輩と会えるのは、これが最後かもしれない。
(いえっ)
身体のどこかで、そんな声が聞こえた。
(なに?)
(いえ)
(……)
(言えっ!)
どこか幼い声。それだけ昔から、私は、あの人のことを。
「先輩っ!」
遠く
ゆらり、どこか気だるそうな様子で先輩が振り返った。
「どしたー」
ポケットに手を突っ込んだまま、彼は言った。
「私……私っ……!」
胸の奥がうるさい。いや、苦しい。病気になったときのように、
「石川ー」
首を
「おーい」
「……向こうでも、元気で!!」
意を決して
失望したような、声が頭の中に響く。
「サンキュー」
先輩はポケットから片手だけ出して私に手を振り返した。
それが、私と先輩の別れだった。
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
先輩がいなくなって、半年くらい。
私はたまにブランコに座って、空を見上げるようになった。
ひとりぼっちの夜。けれど、先輩だってそれはそうだ。
もしかしたら向こうでもブランコに乗って、盛大にこけているかもしれない。
私は、
空を、星が走って行った。
いや、多分また気のせい。
悲しみのせいか、失望のせいか、
2021.3
2021.8
(単話)ブランコ 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina
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