第28話 10-2 二人

 手塚翼は日課である幼馴染の家に足を運んだ。

あの日以来全てが変わってしまったからそれを少しでも取り戻さなければと通いつめて何年も経ったが、状況は少しも好転していない。

悪い方へと転がり続けている。

それどころか最近妙なことが起きており、胸の中を不安が占めている。

骨が警察を通して返還されたこと。

何故何年も前のことが今になって関係してくるのだろうと戸惑っていた。

警察が言うには指の骨だと言うが、その持ち主の死体は瓦礫で手を潰されていた。

死因は後頭部に瓦礫がぶつかったことによる脳挫傷であり、死後に起きたこととはいえ小さい子にはあまりにもひどい仕打ちだと周囲は囁いていたのだがどうして指の骨が残っているのか。

翼は扉を叩く。

当然返事はないが、入る前のマナーのようなものでしかない。

翼は合鍵を使って家の中に入る。

 その室内は昼間にもかかわらずカーテンは閉め切られ、窓も塞がっており真っ暗だ。

毎日入っても慣れない臭い、それも夏だからだろうかいつもより酷い臭いに翼は顔ををしかめる。


「岬、起きてるか?最近忙しくてまともに片付けられなくてごめん。やっと休みに入れたから今日は用事があってできないけど明日から掃除するよ」


これもまた当然返事はない。

起きていようが寝ていようが声をかけた相手は死んだような様子である。

何しろ仲の良かった人を亡くしたのだから。

物心ついたころから見てきた身からでも仲が良すぎるとしか言いようがない。

二人が恋とか愛といった機微を知るような年齢になったら恋仲になるのだろうと自分でも思っていたくらいだ。

それが永遠に引き裂かれてしまったのだから当人にとってはいかほどか理解することはできないだろう。


「一応書置きも残していくけど冷蔵庫に買ってきた弁当昼と夜の分入れておいたから。あとたまったゴミ袋手当たり次第に持っていくから捨てられたくないものがあったら家を出る前に言って」


返事はない。

翼は思わずため息をつき、慌てて口を押えた。

岬はもはや生きようという欲求がない。

自殺や自傷をすることはないが放っておけば餓死しかねない、というよりも十中八九する。

自殺や自傷をしないのもそうするだけの気力がないというだけ。

買ってきた弁当も後で自分が岬の口に運び、押し込むことになるのだろうが一抹の期待を寄せて冷蔵庫に入れておいている。

それが実ったことはないが。

岬は死人同然、というよりは死んでいないだけでもう生きてはいない。

亡くしたものはあまりに大きい。

それでも前を向かないといけないとも思うのだが何を言っても言葉は虚しく通り過ぎていくだけ。

彼女を亡くした悲しみを癒すことは自分でできなかったことを歯痒く思う。

その悲しみを癒すことができるのは彼女の他にはありえない。

そして、あり得ないことだった。

翼はあらぬ期待をしてしまった自分に肩を落とし、自分の用事にとりかかるべく時間を確認した。

時間の横には日にちが表示されている。

その日は奇しくもお盆の日。


「死者が帰ってくる日……か」


そうなればいいと翼は切実に願い、岬にまた後で行く旨を伝えると持てるだけのゴミ袋を抱えると家を後にした。


 翼が立ち去った家の中は何も動きがなくなる。

死にかけたとしか思えない呼吸で僅かに服と布団が擦れるくらいでしかない。

昼になっても夜になっても日が昇っても日が落ちても雨の日も雪の日も変わることのない繰り返し。

けれどもこの日はお盆。

繰り返しの中には含まれないことが一つ。

真っ暗な闇の中で何かが動く。

この世ならざるものが音もなく半死人の前に立つ。

鈴を転がすような声が半死人を呼ぶ。

「兄さん」

その声に誘われて長らくまともに使われていなかった喉が息を吹き返し、掠れた声が少女を呼ぶ。

「皐月」

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