第27話 10-1 縁
死神少女は祈りを捧げて目を閉じた。
死神少女は用もなく扉を叩いた。
強いて理由を付け加えるとすれば最後の指の件に関していくらか考えを聞いておきたかったということになる。
少女が扉を叩くと「どうぞ」という声が返ってきた。
ゆっくりと入室すると上司は珍しく背筋を伸ばして腰かけていた。
鋭い雰囲気を纏い、書類を捌いていく所作には無駄はなく、えらく様になっている。
風邪でもひいていなければお目にかかれないような有様ではあるが死神が風邪をひくことはない。
「慣れないことをするものではないですよ」
少女が声をかけると上司は恥ずかしいといわんばかりに頭を掻いた。
いつもの穴の開いたような調子では少しも悪びれない。
にもかかわらずしっかりしていること自体を恥ずかしがる上司の行動指針を少女はまるで理解できなかった。
「やっぱりそうかな?君はいつもの私の方がいいと。なんだかんだ言って自分の心は偽れないものだね。つれない物言いをしていたのに自分の中に芽生えていた私への愛をついに誤魔化せずにはいられなくなったと。いやあ、長きにわたるアプローチがついに実を結んだのだね。私はあまりの感激に咽びなきそうだ」
「新しいことには挑戦すべきだと思います」
少女の言葉に上司は顎に手を添えて、深く考え込み始める。
「ふむ。新しいものか。確かに北風と太陽に倣うべきかな。君には前にそう説いたのに自分で実践できていなかったとは全くもってのお笑い草だね。ただ君も押して駄目なら引いてみろだけではつまらないだろうから新しく、この例で言うならばスライドに相当する道を開拓しないといけないな」
「考えるのは一人でもできますから仕事の話を」
上司は首を大きく右に傾けると次いで左に傾けた。
机の書類を手当たり次第に確認しては額を小突き、引き出しを開けてまさぐっては違う引き出しを開け始める。
それを終えると上司はぐるりと視線を宙に彷徨わせた。
「すまない君を呼びつけた理由がどうしても思い出せない。どうしたのかな、ついに耄碌してしまったかな。他ならない君のことだというのに」
「いえ、今回は私の方から伺いました」
思い悩み曇っていたのとはうって変わって瞬時に上司は顔を輝かせて身を乗り出した。
「やっぱり君は私に惹かれているとしか思えない。わざわざ建前を作らなくても私を慕っていると一言言ってくれれば君を幸せで満たしてあげると日頃から言っているじゃないか。全く君は遠慮がちというかもう少し自分の望みを口にしてもいいのだよ」
「では言わせていただきます。これから最後の縁を刈りに行くのですが何か考えていることはありますか?この前は帰省するような心持でとおっしゃっていましたよね。あまりしっくりこない物言いだと思っていましたので改めて説明していただければと」
上司は乗り出していた体を勢いよく椅子に沈める。
「それか。死神の稼働時間は永いから一区切りついたくらいに思うのが一番だよ。燃え尽き症候群は死神すら捕らえるからね。だからあまり重く考えない方がいい。帰省するといったのもそういうこと。帰省先にいつまでもいるわけじゃないだろう?いつかはもといた場所に戻ってこないといけないのだから。他に質問は?」
「……いえ。これで終わりです」
「そうか」
上司は手招きをする。
少女が近寄ると手を伸ばし少女の髪を梳き始めた。
少女の体は一瞬強張り、振り解きそうになった。
だがいつも少女を抱きすくめたり、抱え上げるような手つきとは違う、優しい労わるようなそれに対する戸惑いからただ身を縮めて従うしかなかった。
何分か続けられたのち、上司は少女の髪を梳くのをやめると後ろへ手を伸ばす。
上司は目線を少女に合わせ、その手に先ほど取り出したのだろう真っ赤な彼岸花をそっと握らせた。
「さ、行きたまえ」
少女は一度礼をすると体を翻して歩く。
ドアノブに手をかけようとしたところで後ろから声を投げられる。
「ああ。君」
少女が振り返る。
「良い旅を」
少女は真顔で自分を見据える上司の意図を計りかねた。
やはりこの人は分かりにくいと思った少女は困ったようにはにかむとその場を後にした。
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