第26話 9-3 答え

 少女は指の持ち主が近くなるにつれてこれまでの旅路を思い出していた。

 歩いて空港までたどり着き、あまりにも騒がしい喧騒に戸惑い、そして間違えないように何度もがやに集中を掻き乱れながらも目的地を何度も確認する。

そして、飛行機に乗り込むと誰もが避暑地に向かうといった趣のようだった。

期待から落ち着きなくしているものはなく、装いからも裕福さを感じさせるものも多い。

ファーストクラスというやつに乗り込んだのかもしれないと少女は理解した。

そうなると飛行機に無料で乗るということも俄然楽しくなってくる自分に気づいた。

そもそも生前に乗った覚えは無いから気が逸るのだろうか。

少女が初めての思い出作りに飛行機中を歩き回っているとがたがたと強く震えている人が目に入った。

隣の人が大丈夫かと声をかけているが顎を震わせおぼつかない言葉で大丈夫だと繰り返している。

そして少女は視線が自らに向いていることに気付く。

飛行機に死神と乗り合わせているという体が凍てつくような体験を自分が提供していることに気付いた。

少女を見ることができると思しき人から見れば、いや誰であっても死神が乗った飛行機などごめん被るだろう。

乗客は死ぬ運命にはない。

むしろ旅の安全を保証できる立場だというのに伝えることも出来ない。

歯痒い思いをしながら少女は頭を下げると乗客席から去った。

 少女が目的地に降り立つとそこは雪国だった。

自分のいた場所では夏真っ盛りだったが目の前には銀世界が広がっている。

場所が変われば気候も変わるものだと驚きながらも納得していた。

 何から何まで違う世界を少女は歩き続けた。

確かに見るものすべてが違うものであれば感銘もひとしおであり、上司の言うことにも一理あるなどとぼんやりと考えながら歩を進め続ける。

おおよその位置は掴めていたもののそのおぼつかない標を頼りにしていくうちに自分の体がとても近くなっていることを感じ取った。

それからは引き寄せられるように足は前に前に前に。

そして。


 車井は死神を前にして息を吐いた。

それは恐怖からではなく感動からだった。

雪を融かしたような髪はふりしきる雪の中でよく映え、その中で光る赤い瞳は目を引く。

細い線もどうしようもない儚さを醸し出しており、情景も相まってユキウサギ、あるいは雪の妖精のようでもある。

そんな穢れを感じさせない存在が自分の幕を引くということは車井にとってこの上ない名誉だった。


「死神……か」


「ええ。分かっていたようだけれど」


「まあ、そうだな。分かっていたさ。今の生活が何百年と続いても嬉しいが今日終えても悔いはない。いつも気に留めていたからな……一つ心残りはあるが」


「それは?」


車井は分からないことを延々と聞かされるほうも迷惑だろうと考えながらも半ば懺悔をするような心持で自らの行いの底を告白した。

少女は話を全て聞いていたが車井が話終えるとただぽつりと漏らす。


「一つ聞いてもいい?」


「ああ」


「納得できた?」


「何かを成したわけでもないが」


車井は厳かに、たしかに頷いた。

少女はそれを受けてそっと目を瞑った。


「赦します」


「だけどそれは……それは」


言葉は続かなかった。

目を細めた少女を見て車井はようやくことを理解した。

あまりにも都合のよすぎる幻覚とも思ったが、少女は確かにそこにある。

車井は震えながら跪き、頭を垂れた。


「やってくれ」


そして鎌は振り下ろされた。


 今まで欠けていた大事なものが少女の体を通り過ぎていく。

その全てが終わったあとで少女は自らをかき抱いて崩れ落ちた。

胸元を抑え、積る雪に手をつき、取り戻したものを口にする。

「私、私の名前は――」

自らの名前を何度も呼ぶ声は雪に吸い込まれていった。

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