第21話 8-2 タナトフォビア
死体の胴から下は腐り落ち、不出来なネジ、あるいはコルク抜きのように脊椎が露出している。
冥道居士は死後の惨めさを何より厭う。
誰が何を積み上げようと同じく屍を晒す。
どれだけ栄華を極めようと、全人類から称賛を浴びようとも必ず死ぬ。
屍それ自体も汚らわしい。
だが、生まれながらに他者が持ち合わせていない才能を持ち合わせてしまったために屍以上に醜い死後と向き合わされることになり、その人生は死を避けるために費やす他なかった。
技術は日々発展していくが、不死を達成する日々にたどり着くには余りにも遠い。
技術で望めない以上他の手段をとるしかなかった。
才能という不幸によって死と直面せざるを得なかったが、才能という幸運によって死に対抗する手段を模索することができた。
だが、手段の模索は気休めにしかならず、自分が今どれだけ不死の達成に向けて歩めているのか不確かな中で確実に迫る老いが体を捉えた。
己の力もあって悟った死期につま先が触れると再び死を初めて知った時の恐怖が顔をもたげる。
恐れが頂点にまで降りかかり、三日三晩狂気に陥った際神がかりに身を委ねた。
正気に戻ると自らのようなものがいるにはそぐわないあの場所にいた。
死への恐怖でついに頭が呆けたかと客を呼び込むための明るい声に囲まれて自嘲していると視界の端で火が弾ける。
その刹那に、予感があった、啓示があった。
確実に命を永らえる術がひとつだけあった。
今の時代では難しく、最後の手段といってもいい術。
それを成すために必要なものと時機が揃ったことを確信した。
導かれ、屋上で少女を殺してその運命を分割した。
その少女には霊力があり、屋上にいた者の中で最も運命が長い。
僅かに言葉を交わしただけでも分かるほどに他者のためにその身を擲てる心があった。
まさしく、生贄を体現したかのような少女だったと言えよう。
少女と取り交わした約束の分と不祥事に対応するためにある程度は分割する腹積りだったものの予定以上に分ける羽目になった。
それ故にあまりにも早く運命に追いつかれた。
火に巻かれている中といえども人一人殺すのにさえ難義したため、再びそれを成すのも厳しい。
だが、それすらも出し抜くことができる。
何故なら死神の存在を知っているから。
死神に干渉し、祓う術があることを知っているから。
指を与えた人間が死に始めた時初めは術が切れたのかとも考えたが、その内の一人が死神に追われているから逃れる術を教えて欲しいと方々へ駆けずり周り宣っているというのを伝で知った。
指から通じてみればその通り死神が刈る瞬間を目にすることができた。
死神の姿はあの時の童。
それは彼に新たな啓示を与えた。
それからは死神を出迎える準備に没頭し、それも終わった。
彼の二度目の試みは叶う。
冥道居士は目を瞑り耳を澄ませた。
ただ木々の枝や葉が擦り合う音だけが聞こえる。
木々の時間は人のそれよりも遥かに永いが此度の試みでそれすらも超える。
瞑想を裂くように鬱蒼とした樹海に相応しくない澄んだ金属の音が響き渡る。
冥道居士に運命が追いついた。
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