第17話 7-1 鎌
死神少女は不満を覚えていた。
定期報告のために上司の部屋を訪れているのだが久留島の一件で気持ちが荒ぶっている。
にもかかわらずその直後に上司の激しいスキンシップに晒されることになると思うと逐一細かに報告する必要はないのではないかと考えずにはいられなかった。
何せ死神の時間は永い。
職務に従事し続けていれば一年や二年が誤差の範囲に入るほどの時間だというのにあまりに細かい。
複雑な思いを抱えて少女が扉を叩くと「どうぞ」という声が返ってきた。
少女が扉を開けると上司は執務の真っ最中だったが放り出さんばかりの勢いで落としていた目線を上げた。
「やはりいつもの君は何にもまして美しいよ私の死神さ」
「その長い口上今だけでも抑えていただけないでしょうか。嫌なことを思い出すので」
上司は言葉を遮られたことに呆然とする。
次いでしばらくの間無言でごねてみたり、少女を盗み見たり、口をとがらせていたりしていたりしていた。
だが少女の有無を言わさない強い眼差しに渋々首を縦に振った。
「うん……まあ、努力してみる……よ」
上司は少女の申し出を受け入れたものの調子が崩れているようで訳もなく筆を意味もなく手の中で回し、室内を忙しなく見渡す。
上司は哀願するように少女の方を見るが少女が首を横に振ると力なく体を椅子に沈めた。
「ああ、辛い。君への思いはせめて口に出していかないと膨れ上がって私の体は破裂しそうに」
「止めてください」
「はい。……職務に関わることはその、長くなっても」
「それは構いません」
「良かった。まあこれからすることは職務に関係なくはない程度の限りなく世間話なのだが構わないね。……君は自分が持っている鎌について考えたことはあるかい?」
少女は自分が死神となってから常に一緒だった仕事仲間を見た。
一瞬たりとて離れたことはない相棒と言っても差し支えのない相手だったが確かに知っていることは少なく、淡々と用いていただけだった。
少女の沈黙を話の続きに対する許可と受け取った上司はようやく落ち着きなく動き続けるのをやめた。
上司が落ち着きを取り戻すのを見て気を引く話題を出したのは喋り続けるために差し出した餌だったことに少女は遅まきながら気付いた。
だが職務に関係するならいいという言質を取られているうえに、鎌について知るためには上司の長話に耳を傾けなければならない。
少女は心中で毒づいた。
「君は鎌の機能は魂と此岸の結びつきを断つくらいに受け取っているだろうがそれは魂を直接傷つけるために用いることもできる。……君も知っているはずだ」
少女は谷森を刈り取ったときのことを思い出して俯く。
自分の至らなさが招いた失態であり、償いようがないことだった。
「君を責めている訳ではない。嫌われたいのではないからね。ただまあ君は考えたことはないかい?死神はいつ死ぬのか、とか」
少女は顎に手を当てる。
考えていなかったわけではないが上司が死神は刑罰だと言っていたために深くは考えてこなかった。
刑罰を途中で降りる方法など用意されていないだろうと思っていたからだ。
話の続きを促すべく上司の目をじっと見つめると上司は機嫌よく頷いた。
「例えば、魂を直接傷つける鎌でなら死神を殺害できるのではないかと思いつくと溢れるロマンが止まらないだろう?」
目を細めながら尋ねる上司に少女はどう反応を返すべきか迷った。
確かに死神自体魂に手を加えて作られた存在だから魂を傷つけられる鎌でなら殺せるという仮説は無理筋ではないように思える。
だがそれなら自殺できてしまう。
死神という存在が成り立たなくなってしまうのではないか。
「君の考えていることは分かるよ。疑問に思うならどこか軽く切ってみるといい。私の後ろ髪みたいにすっきりする」
上司の後ろ髪はギロチンで頭を断たれたように一文字にばっさりと断たれている。
上司の言うことを鵜呑みにするならそれは鎌が死神自体に作用する何よりの答えだった。
少女は刃をおそるおそる指に近づけようとするが鎌を握る手は別の生き物のように強ばり指から距離をとった。
自らの手を呆然と眺める少女を見て上司は悪戯がうまくいったと口角を上げた。
「自害できないように、また刈るべきでないものを刈らないように枷がかかっているのさ。君は今まで自傷しようと思ったことさえないだろう。枷は鎌だけでなく思考にもかかっている。思い至ったところでできないようになっている」
上司は少女の試したことが無意味に終わると分かっていてけしかけたのだ。
少女は上司を誰が見ても咎めていると分かるように力強く睨みつけた。
「ごめんよ。そこまで気を害するとは思わなかった。もう一つ教えようか、死神にも終わりはあるのだよ。記憶を取り戻したりして職務を果たすことができなくなったら上役あたりが鎌で還すのさ。だから死神の実際の稼働年数は君が考えているほど永くはない。供給にも困らないしね」
「……」
「この前言った困るというのはそういうこと。ある程度上になれば鎌にかけられた枷を外せるけれど君を私の手で刈り取るのはあまりに辛い。だから私の都合ではあるが君には立ち直ってもらわないといけなかったのさ」
上司の話は一段落したようで部屋に静寂が戻った。
上司の語り口は少女に対して何かを求めているものではなくまた、それ以上世間話を続けるつもりはないようだった。
少女は退室すべく片足を一歩下げた。
「世間話もこれで終わりならこれにて失礼します」
「待った待った。世間話はあくまで仕事の話をするためのとっかかりにすぎないのだよ。ここからが本題」
上司は勿体ぶるようにして咳払いを繰り返し、少女の反応を窺っていたが、微動だにしないのを見て肩を竦めた。
「君の指の場所が分かるようになった……と言ったらどうするね?」
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