第15話  6-2 賓

 久留島長武は思い詰めていた。

大火事以降自らの興味というものは己の専門分野から所謂オカルトに向くようになっていた。

そのため、既存の人間に理解できるだけの法則に関心がなくなってしまった。

それなりの地位を築き上げていた博士の奇妙な変節に周りは距離を取る。

結果として世間からの爪はじきものとなり、家族には愛想を尽かされて周りに人はいなくなった。


 同様に久留島もそんな周りを理解できず見限るようにして自らの世界にずっと沈み続けている。

むしろ研究する環境を保持するためにくだらないことに時間を費やさなければならないことに怒りを覚えていた。

あの日体験したものは確かに全ての人間が夢見る不死への一端。

自分が消えるあの恐ろしい感覚を遠ざける術。

それを万人に届けようという己の志をどうして誰も理解できないし、しようとしないのかという思いだけを募らせていた。

事件以降冥道居士の行方は探せども分からず、霊的なものが現れることもない。

また理解者もいないために久留島は己の力のみで探究することを強いられており、夢見た水準にたどり着くには依然として遠い。


 久留島はふと思い至り自らに福音を授けた小さな骨を金庫から取り出し、自らの娘にもしたことがないほどに慈しみ撫でた。

その指の大きさは少女の指としてみてもなお小さく、小石ほどしかない。

そして、久留島は自らに思い至らせた気まぐれが何であるかを導き出すための推論に没頭し始めた。

今や彼は全ての行動には理由があり、気まぐれそれ自体にも未だ与り知らぬ何かが関与していると考えるようになっていた。

知りようがないものを前提にするとどこまでも落ちていくことにも気づかず久留島は誰も訪れない研究所で残りの時間を消費していった。


 少女は何もかもから切り離され、求めていた訪問者にも気づかない孤独な科学者を眺め続けていた。

生きている人間であれば積もった埃や部屋を満たすカビ臭さに思わず音を立てていただろう。

あまりに無防備で世界から離れた様であり、気づいていない間に速やかに刈り取るのが彼にとって最善なのか最期の前に整理をつける猶予を与えるべきか判別しがたい。

少女が結論を出しあぐねている間に久留島は自らの世界から戻った。

少女と久留島の視線が交錯する。

久留島は椅子を蹴とばしながら少女へ駆け出す。

その様が上司と重なった少女は思わず鎌を突きつけて牽制した。


「ついに私の元に舞い降りたのだな。世間が驚く様が目に浮かぶぞ。霊的なものは霊的な状況に吸い寄せられるから私の推論の無謬性が磁場となって引き寄せられたに違いない。今の状況こそ推測が妥当なものと知らしめている。だが再現性を取らないと眼を閉じている奴らは納得しない。君、他の霊的存在について知らないかね」


つばを飛ばしながら捲し立てる久留島に少女は己の優柔不断さを咎めた。

だが見届けると決めたのは自分。

ならば向き合うべきだと考えた少女は久留島の気が済むまで付き合うことを決心し、気を引き締めた。


「あなたは死ぬの。あと少しの時間で見果てぬ夢より遺すべきものについて考えなさい」


「遺すべきもの?それこそ形而上学的存在について考えることを放棄した人類の眼を開かせるための論文に決まっている。眼を閉じてしまった奴らは非常に頑固だぞ。なにせ我が亡き後に洪水よ来たれとばかりに享楽に耽る。ポンパドゥール侯爵夫人の言葉だぞ。何百年も前の言葉だ、そこから前に歩を進めてもいいだろうに見給えよ。前進どころか後退しているではないか。先人の積み重ねを貪るだけで浅ましいことこの上ない。これを解決するためには死後が魂が存在していることを証明しなければならないのだよ。証明できれば今生を快楽だけで満たそうとすることの無意味さというものを人類はやっと理解できるようになるのだ。人類にとって月に着陸したことに並ぶ大きな一歩だ、これ以上に遺すべきものなんてないと君も思うだろう?」


「……言い残すことはそれだけ?」


「いや語りつくすには全然足りんのだ。なにしろ、君は私の推論の証拠であり、久しく訪れなかった客人なのだからね。これを見給え」


久留島は鎌に厭うことなく少女の眼前に骨を突き出した。


「これこそ私に道を示した聖遺物だ。ある少女の尊い犠牲だ。冥道居士の術の結晶。君に思い描けるかね、これが人類に黎明をもたらす未来を。その暁には神殿を建てられるかもしれないな、ははは。まあこれは私の戯言だが。とにかくこれこそ私の研究対象、すべてを捧げてでも明らかにすべきものなのだ」


久留島は少女がいないかのように悠々と室内を歩き回る。

冥道居士の名前が出た瞬間少女は強く鎌を握りしめた。


「だが私にも言いたいことはある。冥道居士だよ。彼はあれほど素晴らしい力と知恵があるのにどうしてそれを人々のために役立てないのだろう。いや信じてもらえないから人々に対して諦めてしまったのかもしれないな、私と同じように。とはいえ彼が私の前に現れてくれないから私もたった一人手探りで先の見えない暗闇の中探すことになったのだ。手を取り合えば今よりずっと効率的なのに、文句の一つでも言いたくなる」


久留島は首を振った後申し訳無さそうに苦笑いを浮かべた。


「すまない。客人のことをすっかり忘れていた。そうだ、手探りだよ。冥道居士はしばらく持っているように言っていた。つまりは定着するのに時間がかかる、言い換えれば定着するまではこれ自体に魂が宿っていると考えた私はこれを少しずつ粉末状にしたのだよ。いやあ参ったよ。急に意識が途切れることが多発したのだからね。もっとも、だからこそ効力を確信できたのだが」


指を粉末にされていることを知り、少女は思わず顔をしかめた。

自分が犠牲の少女その人だと気づいていないからわざわざ糾弾するつもりもないが自分の体だったものの終わりが実験道具というのはあまりいいものではない。

だが自分の体の結末以上に一つ、少女は久留島の話の中で腑に落ちないことがあった。

魂が宿っていた指の骨をすり減らし、消費したのなら他の人間より早く気付いてもいいのではないか。


「粉末を死んだモルモットに与えるとしばしの間動いたのだよ。与えた粉末の量に比例して活動時間も増えると分かった。私は思いついた」

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