第12話 5-2 受容
宮平楼咲は苦しんでいた。
自分が死ぬことへの整理がついた結果、そうあれなかった少女への思いが再び体を起こしたから。
死を免れることに成功したが、その直後今まで自分が目を背けて想ってこなかった死がいつかはふりかかってくるということを突きつけられてしまった。
死が限りなく近づいて遠ざかったからこそ酷く取り乱して周囲に当たり散らしてしまった。
どうやっても死から逃れ続けてやると今にして思えば生を無為に垂れ流すこともしてしまった。
その結果として何にも手がつかなくなってしまったこともあった。
けれども喧嘩別れした相手をふと許してやりたい気分になった時のようにすっと受け入れる用意が自分にできていたことにある日気付く。
それからは少しでも善い生を送ろうと試みているものの、心のどこかでは常にある少女のことが気にかかっていた。
それなりに生きてきた自分であっても積み重ねが必要だったのだから唐突に命を奪われることになった名前も知らないあの少女はどれほど苦しんだことだろう。
そんな思いが心を占めていた。
どれほど嘆いたところで、どれほど善行を重ねたところで、あの少女には届きはしないのだ。
言ってしまえば自分の心がけも偽善で自己満足に過ぎない。
報いることは未来永劫できないのだ。
だからこれは救い、なのかもしれない。
月を背に窓の傍、一人の少女が立っていた。
宮平は鎌を携えた少女に微笑みかけた。
沈んだ表情をしていた少女は遠慮がちに宮平を見返した。
白い髪に赫の瞳を持った少女は尋常ではない存在だと一目で語っていたがそれを打ち消すほどに縮こまっていた。
「あなたは……死神さんでいいのかしら」
少女が力なく頷く。
宮平は自分と少女の分の椅子を引いて少女にも座るよう促した。
「そう、私死ぬのね」
宮平の言葉は独り言に近く、少女の返事を期待するものではなかったが少女は椅子に腰かけると律儀に宮平を見据えた。
先ほどまでの弱弱しさは感じられず、少女は行いに関して誇り、または覚悟があるのだろうと宮平は感じ取った。
「ええ。でも迷ってしまって」
「迷う?どうして?」
思わず聞いた宮平に対して少女は困惑し、言葉を探すためか部屋の中を思い思いに見ていた。
「……私、記憶がないの。けれども生前関わった人の魂を刈って触れると思い出す。でもそれはいいこととは限らなくて、あなたを見つけたのも随分と前なのだけど他の誰かに任せてしまおうかと悩んでいた」
「生前あなたが関わっていた?……私と」
宮平は確かめるように言葉にすると少女の顔を凝視した。
白磁のような肌、新雪を糸にしたような髪、爛々と輝く赫い瞳。
そこから生前を読み取ることは難しかったが、宮平の脳内では常に何かがひっかかっている。少女が月を見ようとしたその横顔で宮平の海馬に火花が散った。
それは惨たらしい行いがために脳が蓋をしたこと。
血だまりの中にうつ伏せになる少女。
横を向いた虚ろな眼は自分に向いていた。
だから宮平の贖おうとする意識に反して覆い隠されていた。
目の前の少女はあの少女。
やっぱりこれは救いなのだと宮平は確信した。
「私あなたが記憶を取り戻したいのなら手伝いたいわ」
「でもそれは」
「だからゆっくりと考えましょう。あなたはお茶飲めるのかしら?」
少女が首を振ると宮平は上げようとした腰を下ろした。
「それに私が死ななくても少しは教えられることもあるのよ」
少女はしばらく考え込んでいたがやがて意を決したように顔を上げた。
「……教えてほしい」
「理由を聞いてもいいかしら」
「理由は……敬意。私の上司は言っていた。死は恐ろしいものだから何もかもが抗おうとするけれど私たちの仕事はそれを越えて安らぎをもたらすことだと」
少女の言葉に宮平は目尻に浮かんだ涙を髪で隠した。
少女は自分に恐れではなく安らぎをもたらすために来てくれたことが嬉しくてたまらなかったから。
「私がされたことは分からないけれどそれはどうやっても死にたくないからしたこと。記憶を取り戻すのが怖いからと言ってそうまでして生きようとした人々の終わり方を見届けないで他者に委ねることは彼らを蔑ろにしていると思う」
宮平は目の前の少女に敬意を抱いた。
自分が向かい合うのに苦心したものに対して記憶でない身にもかかわらず、少女の身には降りかからないから考えなくていいのにもかかわらず少女は真摯に見つめているのだ。
宮平は少女に少し待つように言うと探し物をするべく部屋を出た。
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