第9話 4-2 空回り

 春濱遼は震えていた。

将来有望な長距離選手の心臓麻痺による突然死というニュース。

それに付け加えられた周辺から小さな骨が出たという文言に。

事件性の調査を進めているとニュースは締めくくっていたがすぐに骨の持ち主を悟った。


 思い返して新聞を掘り返すと誌面には林河原が速度の出し過ぎの果てに事故死したという大きな見出しが踊っていた。

いくら死をも恐れず挑戦することを売りにしているからと言って実際に危険を冒すだろうか。

何より直感が正しければ林河原は死そのものに繋がる行為を忌避するに違いない。

そのようなことをしたのなら理由があるはずだが見つけ出すことは他人には厳しい。

警察やマスコミなら近いうちに死んだ二人の共通点までなら見つけられるかもしれない。

だがその結びつきが今になって関係してくる理由までは見当もつかないに違いない。

若くして心臓麻痺の谷森はまだしも林河原に至っては事故死だ。


 悪意が介在しているとは普通なら思わないが春濱は知っている。

知っているがために恐怖は一層かき立てられた。

他人に起こったことならば怨みによる連続殺人事件だの呪いだの小説の読みすぎだのと笑い飛ばすことができただろうが他ならぬ我が身に起きたことなのだ。

ことの始まりが普通では考えられないものである以上付随するものも普通ではない。

ならば自分にはどのように降りかかるのかといくら思い巡らそうとも普通に位置する者が理解することは叶わず、導き出せたことはあまりに乏しかった。

形も分からない恐怖が春濱の中で膨れ上がっていく。

その中で近いうちに訪れる予感だけがあった。


 春濱が安心を覚えることができたのは家の中に迫り来るだろう呪いに対する防壁を築き上げてからだった。

床には何やら記されているお札や十字架、数珠、聖水、聖別されたという銀が散乱している。

真偽の確認をする余裕も術もなく、数日かけて様々な場所を巡ることで埋め合わせた。

 全くもって苦労させられたと眠気に耐えながら春濱は毒づく。

ここのところ彼の生活リズムは逆転していた。

夜眠っている間に呪いは忍び寄り、知らぬ間に命を奪われるのではないかという妄念に取り憑かれ、夜の間眠れず、朝か昼に倒れるように眠りに落ちる生活を繰り返していた。

そんな体で己を護る手段をかき集めるために昼間車を乗り回していたのだから当然負担になる。

集めた所で不安を拭い切れるものでもなく、変わらず寝られない日々を過ごしていた。

眠気を抑えるためにカフェイン錠剤を目安量を大きく超えて体に投入する。


 盗み見るように時計を窺うと一時をとうに過ぎていた。

丑三つ時は近い。

不吉と言われる時間。

人間の活気が存在しない時間。

不安が掻き立てられ、春濱の心臓は否応なく握り締められた。

こちこちと時計の針が休まず鳴く。

今日も春濱の長い戦いが始まった。

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