第8話 4-1 悩み
死神少女は考え込んでいた。
自分の生前のきな臭さに。
通常の職務をこなす傍らに答えを模索したが考えがまとまることはなかった。
谷森を刈った時に出た骨が全てに結びついているとしか考えられない。
骨は恐らく生前の自分のものなのだろう。
確認することは叶わなかったが林河原と雨出も持っていたのではないか。
何より自分が他者に骨を切り分けられる理由についての疑問が消えない。
何らかの儀式だろうかという発想が浮かんだが少女の知識ではそこ止まりだった。
自分の持っている情報だけで答えが出ない以上外に求めるのは当然なのだが、それは上司の元に訪れるしかないということを意味していた。
少女が扉を叩くと「どうぞ」という声が返ってきた。
ため息をつきながら入室すると上司は心配そうに駆け寄ってきたが、少女としては不穏の前触れとしか受けとれなかった。
「やあ今日もかわいい私の死神さん。沈んだ顔を私の全てで鎮めたいところだが今回の手際は良いとは言えないね。苦しめてはいけない。魂を直接裂かれるのは形容し難い痛みだ。死はどうしようもなく恐ろしいことだからせめて苦痛を減らすのが私達の務めというものだ」
上司の言葉にはいつもとは違い確固たるものがあり、芯が覗いていた。
少女はアプローチをかけてくるのではないかと上司を軽く見積もっていた己を恥じ、神妙に頷くしかなかった。
「そこで謝らないのが君の素晴らしいところだ。謝るべき相手は私ではないのだから。死は恐ろしいから何もかもが最期まで足掻くがそれを超えて安らぎをもたらすのが私達だ。分かるね?」
少女は最期まで距離を取ろうとした谷森の指の動きを思い出し、自らの過ちを悟った。
「私達の在り方に違わないように誓います」
「よろしい」
上司はにっこりと笑うと少女が瞬く間もなくだらしがないいつもの笑みに戻った。
今までの対応に戻っていいものか少女が悩んでいる間にも上司はいつも通りに変わっていった。
「ああ、鞭ばかりではいけないな。如何に君であっても心に楔が突き刺さったままになってしまうしそれがいずれ膿んで毒になるかもしれないから飴をあげないと。気になるだろう?それはね」
「いりません」
続きを予期していた少女に話の途中で遮られたにもかかわらず、上司は心底意外そうに目を丸くした。
「おや、いらないのかい?君にとって有益たり得ることだったのだが。まあ無理強いは良くないね。私の前で努めて振る舞っているだけで何も考えられないのだとしたら確かにお節介だ。さらに言えば良かれと思ってしたことが必ずしも相手にとって良いとは限らないのだから。それでも尚押し付けるのなら独善と謗られても仕方がない。引き下がるとしよう」
「……今更ですがよろしいでしょうか」
生前についての情報だったかもしれないと期待しながら申し出た少女に上司は顔を輝かせた。
今度こそ少女が感じた通りの不穏な前触れだった。
「それは勿論私。君の心を私で埋め尽くして不安という不安を消しとばし、遂には私と離れた瞬間に私と触れ合えないことで不安を募らせるようになるまで可愛がってあげようというものさ」
「……私だけを受け持っている訳ではないでしょうし他の子に愛を囁いてみるのはいかがですか」
「虫が蜜を求め、獅子が血肉を求めるように、私もまた君を求めるのだ。これなるは自然の摂理であって抗おうとするだけ苦痛が広まるばかり。縋り続ける弱い私を許してはくれまいか地母神に等しき君」
一を語るのに十の言葉を使う上司に少女は押し黙った。
少女の沈黙を肯定と受け取ったのか上司は上機嫌で少女の顎をさすり始め、続けて上司は手を伸ばして彼岸花を一本手に取った。
「彼岸花の花言葉の一つに『思うのはあなた一人』というものがある。まさしく私から君に贈るのに相応しいと思わないか」
少女は上司を訝しげに見つめる。
一言喋りだすと途端に巻きすぎたゼンマイのように必要以上の勢いで舌がまわるが知識を語らせると最低限にとどめているのだ。
「君の考えていることは分かるよ。君の純粋な好奇心の発露を蔑ろにしては嫌われよう。君の探究心に報いるために私は君の有力な味方であり、先達であり、伴侶であり続けるのだ」
「その味方で先達の貴女に聞きますが生前のこと何か分かりそうですか?」
「いや、まだだね。ただ伝え聞く大きさだと指の骨じゃないか」
上司は「これくらいだろう」と手で示すと少女の親指の先に合うよう重ね合わせると先端、末節骨にぴたりとあった。
「指ということは10人程いるのでしょうか」
「その睨みで合っていると思うが先入観は良くない。前の二人は確認できていないのだからたまたま今回の甲が持っていたのが指だったということも考えられるから。もしそうなら君は最大で二百人程刈らなければいけないし、流石の私も君を労うのも忘れて笑い話にしたい欲求に逆らえなくなっているだろうよ」
そうなった場合のことを考えて少女は眉根を寄せた。
今ここで分かることを概ね理解したと考えた少女はドアに向かって身を翻した。
「そろそろ職務に戻ります」
「いつでも君を迎え入れるよ私は」
少女から見える自分を脚色したがっているのだろうか。
妙なポーズを取っている上司を意に介さず少女はドアを閉めた。
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