第6話 3-2 追い縋る
谷森有未は己を追いかける影から逃げていた。
ランニングウェアを着ているからかすれ違う人間は谷森の鬼気迫る顔を大会を目前にした走り込みくらいにしか思っていないのだろう。
彼女は柄にもなく逆恨みする。
塾帰りと思しき子供の集団が能天気にこちらを指差すのを見て思わず舌打ちをする。
幼い時の谷森は同年代の女子が好きではなかった。
目にすると思い出されることがあったからだ。
だから同年代の女子と関わりあうことがたまらなくて一人で打ち込むことができる長距離走という道を選んだ。
中学高校大学と陸上部に入り、いつしか周囲から有望なマラソン選手として嘱望され、彼女もまた期待に応えてきた。
それが今彼女の身を助けているが、長距離走とは違って今回の「鬼ごっこ」にはゴールというものが設定されていない。
谷森はフォームが崩れるのも厭わずに肌身離さず持っているペンダントを握りしめる。
あの男は言っていたことは嘘だったのか。
いや恐らくこれは取り立てなのだ。
継ぎ足したものを咎めに来たのだ。
だからといって谷森ははいそうですか、と素直に応じるつもりは毛頭なく、力尽きるまで走り続けるという決意に燃えていた。
少女は視界から小さくなっていく谷森に既視感を覚えていた。
一度認識するとおおよその位置は常に分かるのだが、だからこそ自分よりどんどん遠ざかっていくのが分かってしまう。
壁をすり抜け、人にはできない最短距離を用いてもそれは変わらない。
少女は自ら抱えている大きな鎌に視線を移した。
重さはないがこれを持っているから走るのにも苦労する、いや持っていないところで彼女との積み重ねは歴然の差だ。
自分の細くて小さい体躯と谷森の絞り尽くされた機能美を感じさせるしなやかな体つきを少女は交互に思い返した。
今までは逃げる相手がいないため必要なかったが今回のような状況に対応できる術を上司に乞おうかと考えてしまう。
だがあの上司に借りを作ることに躊躇いを覚え、自力でやり遂げることを決意した。
正攻法では叶わないなら裏口を使うだけだと少女は策を巡らす。
家に張り込むか、学校なり勤務地なり帰属する枠組みで待ち構えるか。
死ぬくらいなら何もかも捨ててでも生きようとするからどちらも有力たり得ないとどちらも却下した。
結局少女自身が谷森に追い縋るしかないのだ。
ならば寝るまで追いかけ続けるか。
少女はこれも却下した。
手段としては有効的だが谷森が交通機関を用いた移動時間を睡眠に充てれば決定打にはなり得ない。
いつかは交通費も出せなくなり、追いつくこともできるのだろうが、時間はかかりこちらの仕事も溜まっていくばかりだ。
上司に罰則とでも言われて困らされるのがオチだ。
何より死に怯える時間は長くあっていいはずがない。
少女は終わらせるための算段をつけて指笛を吹いた。
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