第5話 3-1 靄を彷徨う

 死神少女は憤っていた。

上司の言っていたことと現実が早速食い違っていたからだ。

当の本人は怒りをぶつけられているのにも関わらず何がおかしいのか今日もへらへらと笑い続けている。


「死神基準で遠くないというのは嘘でしたね」


「私は時期については明言してないから嘘ではないな。それに君の専門家でもない。ああ、だからこそ不肖私めを君の専門家にさせておくれ。そして全てを詳らかにさせてくれるのならば君に訪れる全てを予言してみせると誓おうじゃないか」


「嫌です」


にべもない少女の発言に諦めたのか上司は肩をすくめた。


「早速報告に目を通したが今回の甲も見えるのか。これもまあ君の生前の果て、その愛らしさを一人でも多くその目に留めんがための神の思し召しというやつなのかな」


「見た人は間もなく死にますが」


「最期に見るものが君だなんてどれほど徳を積むとその特典を授かれるのだろうね。私も今すぐ職務を放り捨てて転生してみようかという思いに囚われてしまう。君に巡り会うためならば一年に一度岩を布で擦って削り切るほどに長くても惜しくはない」


「そこまで耐えなくても今すぐ出来ますよ」


上司の口はいよいよ油が刺されたように早くなり、止まる兆しが見えなかった。

少女が鎌をバトンを扱うように回すと上司は首を振って呆れを示した。


「恋の駆け引きというものは急くばかりではいけないよ。情熱的に迫ってくれるのも素敵だが北風と太陽のように、あるいは潮が引いては満ちるように手を凝らさねば夏枯れも訪れようもの」


「……」


「やや、早速身を引いてこちらを焚き付けるのだね君は。中々に罪作りなレディだよ。君、そのまま成長していたら傾城と呼ばれていたのではないか」


放置されたスピーカーのごとき上司の長い口上の誠実さはともかく内容の中には少女の琴線に触れるものがあった。


「……私たちの姿は死亡時によるのですか?」


「ああ、そうだよ。いや実は変えられるのだが姿を変える死神は不思議と少ない。無性に姿を戻したくなる衝動とでもいうべきものが存在しているのだよ」


得た記憶の中の目線は今よりずっと低かった。

記憶当時から死ぬまでの時間に建物が建っては崩されることくらいはあり得るし、引っ越しなどで場所自体が変わることもある。

なにより、死神になってからの時間もそれなりに長い。

少女はあの記憶がさして手がかりにならないことに気づき肩を落とした。


「何を考えていたかは知らないけれど君にも見せておこうか」


上司はくるりと一回転すると少女ほどの姿に変わっていた。

後ろ髪はそのままだったが背丈も変われば顔立ちも子供のそれであり、上司をそのまま子供にしたような姿だった。

もう一回転すると先程とは違う無垢さを感じさせる幼い顔立ち。

やはり後ろ髪は変わっていない。

上司は元の姿に戻ると講義をするように少女の周りをうろつき始めた。


「いつだったか君に死神は罰だと言ったが姿に拘ることも含まれると私は思っている。記憶のない私達にとって容姿は最後の持ち物でこれを捨ててしまうと完全に生前との繋がりがなくなってしまうからね。未練を抱えて欲しい側としてはいただけないという訳さ」


「それでも姿を変える死神はいないわけではないのですか」


上司は片目を瞑り、視線を宙に彷徨わせる。


「生前を思い出した死神の中にはいる。未練というものは不満によるところも大きい。その類は思い出しても碌なものじゃないと生前を完全に振り切ることを選ぶ。私も思い出したクチだが自分の姿は君の次くらいには好きなのでね。君の魅力が姿だけでなく君の内部に培われたものである以上、君の姿を真似たところで君を貶めるだけ。だからこうして私の姿を取っているというわけさ」


「左様ですか」


質問に対しては誠実に答えるようだが色ボケし始めると止まらないことを少女は既に知っていた。

使い物にならない上司の宣う言葉を少女は聞き流し続ける。


「ただ君の姿を独占したいと思う私の強欲さを許しておくれ。神の思し召しに反旗を翻してでも私だけの君でいて欲しいのだ」


思し召しという言葉で少女は報告が延々と脱線していることに気づいた。

本題に戻るべく延々と離し続ける上司の言葉を遮る。


「結局私の姿が見えることが続いているのはどう考えていますか」


上司は顎に手を当てて沈黙する。

誰とも関わらない淡々とした職務柄少女が頼れるのは目の前の人物しかなかった。

思考を取りやめた上司は力なく笑うと少女の頭を撫で始めた。


「この場で答えを出せないことを申し訳なく思う。……まあ生前関係していた人物の魂を刈ることになるのはそう珍しい話ではないよ。縁で引き寄せられることも少なくない。ただ続いて死神を視認できるというのは中々に興味深いな。判断材料が少ないからすぐに分かるかは約束はできないがこちらでも軽く当たってみようか」


「ええお願いします」


「ああ分かったらお礼も相応になるとは予め言っておくよ。サプライズも大事だが順序というものは尊ばれるが故に王道なのだよ」


「失礼します」


概ね聞きたいことが聞けた少女は撫でる手を振り払って足早に部屋を飛び出す。

部屋の中には彫像のように固まった上司が一人残された。


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