第4話 2-3 一閃

 思わず顔を上げた雨出は己を見下ろすものを目にした。

見るものに畏怖をもたらす大きな鎌。

得物には不釣り合いな小柄な持ち主。

少女は陰に立っており、表情は読み取れないが眼と雰囲気は尋常のものではなかった。

一目で死神なのだと分かった。

そうでなくても異常な状況には変わりない。


「な、なんなんだあんたは」


自分でも分かっている問いを雨出が投げかけると少女は目を見開いた。


「あなたも見えるのね。いえ、そうだとは思っていたけれど」


少女の言葉からは何一つ分からず、疑問は増えるばかりだった。

雨出の戸惑いを見て少女は作法のように喋り始めた。


「私は死神。貴方は死ぬの」


目の前にいるものが言葉を解すると分かって雨出はいくらか落ち着きを取り戻した。


「さ、さっきあんたが言っていたことは一体」


「……私が見える人には共通点があって、貴方もその類だと私の方でも分かるようになっている」


雨出には理解出来なかったが少女は説明は十分したとばかりにそれ以上喋ることはなかった。


「それでもういい?」


少女の言葉に雨出は先程の宣告を思い出す。

後ずさりながら死のうとしていたことが冗談のように捲し立てた。


「俺が死ぬって嘘だろ。見てくれよ。こんなに若いしさ。タバコを吸っちゃいるが俺より吸ってる奴はいっぱいいるし、何より死ぬにしたって肺癌で死神様の仕事じゃないだろ」


「貴方は死ぬの。貴方の運命はここからどこにも伸びていない」


有無を言わさない少女の言葉に雨出は舌は止まり、否応なく自らが死んだ後のことを想像させた。

これといって人との繋がりがない自分の体は誰に見つかるでもなく蠅が体に産み落とした蛆やゴキブリに貪られ、後に残った愛し子達は無価値と判断され焼却されるのだ。

自分が積み上げたものも自分が悶え耐え続けてきた苦しみを分かってくれるものも何一つこの世には残らない。

自分を顧みてくれるものはこの世に何一つない。

 力なく崩れた雨出の喉からひいひいと情けない声が漏れでる。

息を整えながら考える。

逃れられない死を前にして今までにないくらいに脳が機能し、蠢いているようにさえ感じた。

すると死を目の前にした逃避かもしれないが天啓が降りてきた。

これは慈悲だ。

死ぬことは途方もなく恐ろしいが自分で終われないものへの慈悲なのだ。

そう考えると蟠っていた不安はどこかに吹き飛び立ち上がることができた。


「最期にリクエストさせてくれるなら縁に寄りかからせてくれないか。死んだ後を誰かに見つけて欲しいんだ」


少女は頷くと明るみに躍り出る。

雨出が縁に寄りかかるのを見ると鎌を振り上げ、降ろした。

雨出は明るみに出た少女の顔に既視感を覚えたが思い出す間もなく、刃が体を通り過ぎた。

己の体が言うことを聞かず傾き、縁を乗り上げ宙に躍り出る。

最期に頼んだことが愛し子のことではなく利己的なことだから自分はダメだったのではないかと雨出は口角を釣り上げようとした。

地面に激突する前に雨出の生に幕が引かれたのはそれこそ慈悲だったのかも知れなかった。


 少女は魂と此岸の繋がりを断った瞬間、通り過ぎようとするものを感じた。

既に知っている感覚。

少女は通り過ぎようとしたものを難なく捉えた。


 自分を含む三人で何処かに公園で遊んでいる様が記憶に刻み込まれる。

ブツ切れのように場所が切り替わり、大きな建物が網膜に映る。

建物の内部、ぼやけているが沢山のものが映っており、心が踊ったことを思い出した。


 そこで記憶は終わり、少女は主のいないベランダに立っていた。

少女は室内に入りキャンバスを手に取ろうとするがすり抜ける。

少女は自らの手をじっと眺めたのち部屋を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る