ドタバタした日

「お姫様は青い鳥に言いました。領主様に捕らえられてしまったのです。どうにか外へ出る方法はないでしょうか?」


ベッドに寝そべる私の腕の中でアロエは本を読み聞かせてくれる。チクリは私の頭の上で聞くともなく聞いている。昼間はこうして三人で過ごすようになった。


「青い鳥は言いました。お姫様、空を飛ぶ私に知らないものなどありません。あなたを救うことなど簡単なものです。その代わり、ひとつ私のお願いを聞いていただけないでしょうか。」


アロエがこうして読み聞かせてくれるおかげで色んな話を覚えた。

もちろんこの話も覚えている。このあと、青い鳥は友達が欲しいと言うのだ。一人で最期を迎えるのは寂しいから、看取ってくれる友達が欲しいと。そしてお姫様が外に出てしばらく経ったあと、青い鳥が看取られて終わる。死ねない私にはよくわからない話だ。


「アロエ、この話は本当なのか?」


「どうだろうね。おとぎ話は誰が書いたのか分からないものが多いから……。君はどう思う?」


「どうって?」


「この話は本当だと思う?嘘だと思う?」


本当か嘘かなんてどうでもいい。私には分からない話だから。でも、なぜか本当であって欲しいと思う。私の気持ちなのに、私の気持ちじゃないような感覚。物語を聞いていると、こういうことが起きるようになった。きっと、今より前の私達の記憶が影響しているのだと思う。


「ほんと──」


誰かが扉を叩く音がした。


「アロエ!!いるか?」


「あ゛っ!!!」

「ヂヂ!!」


扉越しに聞こえてくる寒気のする低い声、飛び起きるアロエ。それに驚くチクリ。

ハトが来たのか。


「今日来るんだったそうだった。すっかり忘れてた。僕が着替えてる間に君は屋根裏部屋に入って。急いでね!」


耳元で口早にそう言うとアロエはそそくさとベッドから出て来客用の少し綺麗な服に着替え始めた。いつもなら「着替えてるとこ見ないで」とか言うのに今日は言わない。本当に時間の余裕が無いんだろう。私もすぐに屋根裏の床蓋を開けはしごをかけてのぼった。部屋に入ったらはしごを回収して床蓋を閉める。私がいた痕跡は全くない。それに前みたいに屋根裏から落ちたりしないぞ。完璧だ。


「ヂチュ?!」


「ああ、しばらくアロエと離れるぞ。」


待て。完璧じゃない。

こいつがいたら絶対にうるさい!


「チクリ、今日は静かにしてなきゃいけないんだ。だからお前は今日はもう森に帰れ。お前絶対鳴くだろ?」


「ヂィヂヂ!!」


「そんなでかい声で鳴くやつが小さい声で鳴けるとか言っても信じられるわけないだろ!そもそも鳴くことは否定しないのかよ!」


「ヂュチッッ!!」


チクリを素早く手で包み屋根裏部屋の窓から出した。不満げな顔をしてがなりたてていたが、窓の隙間から「明日美味いもんを分けてやる」と言うと目を輝かせてあっさりと帰っていった。

単純なヤツだ。


「寝てるのか?」


「寝てた!今起きた!ちょうど今着替え終わったとこ!」


アロエは息が荒いままそう言って扉を開けた。

ギリギリだけど間に合ったんだから、褒美として今夜は肉を食わせて貰おう。


「随分ドタバタしてたが、また誰かいるのか?もしかしてあの女の子が帰ってきたのか?」


「い、いや、寝起きでドタバタしてただけだよ。ほら、起きてすぐって視界がぼやけるし頭もしっかり動かないからさ、無駄な動きが多くなるじゃないか。」


「まあ、そうか。そんなことより、今日はお前に話さなきゃいけないことがあるんだ。」


「ああ……邪神様の事でなにかあったんだね。とりあえず家入って。」


邪神様……か。あのいけ好かない野郎にまた追いかけられるのかな。


「早速本題に入るが、簡潔に言うと邪神様の捜索が取りやめられた。」


「「えっ……?」」


思わず声を出してしまった。アロエと声が重なってなければ聞かれていたな。


「今女の声がしなかったか?」


あっ!!ダメだ聞かれてるじゃないか!!


「いや、そんなことより、どういうこと?」


「そんなことって屋根裏に女がい─」


「そんなことだよ。だって、あ、あれだけ、僕の家よりもっと先の森の奥まで捜索してたのに、いきなり取り止めなんて大事だよ!!」


「まあ…………そう、か?」


「そうだよ!!」


「そう……(?)だな。一応、取り止めは村長なりに筋の通った話なんだよ。」


やったあ!!押し切った!!

話が流れた!すごいぞアロエ!!


「あまりにも見つからないから街で奴隷でも買ってきて邪神様の子供姿に見立てたとか?」


アロエが怖い。さっきの喜びが冬の湧き水をかけられたみたいに冷めてしまった。

こんなに低くい声が出せたのか。


「いやおまえ、確かに、そんなことするわけないって否定は出来ないが、さすがにそこまでしねぇよ。取りやめたのは今回の騒動で村長の評判がよくなったからだ。」


「よくなった?」


「邪神様が現れなくなったのと、村長の就任の時期が一緒だろ?しかも邪神様が現れなくなってもう二年経つ。今までで一番長い。だから村長のおかげで邪神様が現れなくなったって、みんな勘違いしてるんだ。何もしてないのにな。」


「村の連中は相変わらずだね。」


「ああ。毎度毎度今回みたいに都合よく勘違いして丸く納まってくれるなら、俺も楽なんだがなぁ。」


「大変だね。疲れた時はいつでも家に来なよ?」


ハトの話になるとアロエの声が柔らかくなった。アロエは村の人間が嫌いなのか?


「そうしたいのはやまやまだが、邪神様がいなくなったとはいえ、ここに来すぎると何を言われるか分かったもんじゃない。薬の納品時に来るのが限界さ。」


「そっか。あ、薬出来てるからあとで渡すね。」


ハトはその後お茶を一杯だけ飲むとアロエの薬を受け取ってさっさと帰っていった。




「おまたせ。」


アロエはすぐに床蓋を開け屋根裏部屋に来た。いつも通りの柔らかい声だけどさっきの冷たい声が忘れられない。


「今日は静かだったね。ハトにも慣れた?」


「慣れた。でも、アロエの、声は……。」


「声?あ、そうか。君の前で村のこと話したことなかったもんね。」


なんのことか分からない様子だったがすぐに気がつく。アロエも声が変わることは自覚しているのか。


「アロエも、あんな低い声が出るんだな。」


「まあ僕だって人間だからね。嫌なことを話す時くらい、声が沈むよ。そんなにいつでも明るくいられない。」


アロエは私と話す時いつも笑顔だ。

今もそう。だけど、今日は少し暗い。

人間からひどいことをされるのは私だけかと思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。


「アロエ、お前人間なのに村が嫌いなのか?何かされたのか?」


「……お茶でも飲みながら話そうか。ほら、居間に降りよう。暗いところで話すと気分まで暗くなっちゃう。」

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