文字を教えてもらった日

「本、読んでみる?」


だらけるあまりベッドからずり落ちたまま床に顔をつけてぼーっとしていると、アロエが声をかけてきた。


「本って何?」


少しも姿勢を変えないまま答える。


「えーっと、文字がたくさん書かれてる紙を集めたもの、かな。」


「それを読むと何かあるのか?」


「そうだなぁ。他人の人生を経験したり、新しいことを知ったり、生きてる間にたどり着けないような場所に行ったりできるよ。直接ではないけどね。」


「そ、それは、知らない食べ物を食べたりも出来るか?」


「うん、たぶん出来るよ。」


瞬時にアロエの方を向いて立ち上がり、ずんずんとアロエに歩み寄る。


「読みたい。」


肩を掴んでぐっと顔を近づけて言った。



そういうわけで本を読むために文字を勉強することになったが、これはとても、とてもとても…………。


「アロエ、眠たい。」


「え〜〜。まだ一文字しか書いてないよ。ほらほら頑張って。」


唐突だったが、アロエが暇で暇で仕方がない私のためにこの提案をしたってことはわかる。私もここ一週間は暇すぎてずっとベッドから動かなかったし。

でもなんだこのつまらん時間は。


「…………わかった。」


「えらいね。それで、一文字目に教えたのが『ア』ね。次に書くのは『ロ』だよ。ほら、こんな感じ。書いてみて。」


「『ア』と『ロ』……。アロエの名前教えてくれてるのか?」











「アロエ?」


机から顔を上げるとアロエが寝ていた。

私が文字を書いてる間に?

眠たそうな様子もなかったのに?


「アロエ、アロエ。なあ、おい。」


机に肘をついたままうなだれて寝ているアロエの頭を、文字を書くためにもらった木炭でコツコツ叩いてみる。


「あっ!はぁ……ごめん。寝てたみたいだね。ちょっと油断しちゃった。」


起きた。

が、寝ぼけているし、目も全然開いていない。


「どうした?アロエもこれしてると眠たくなるのか?」


「んん?いや、べつに。文字書くくらいじゃ眠くなんないよ。ただただ眠いだけ。」


そう言って大きなあくびをする。

思えば、アロエがゆっくり休んでる所を見たことがないな。いつも働いてて元気なやつだと思ってたけど、ちゃんと疲れてたのか。


「眠いなら寝ろよ。ほら、私のベッドで寝たらいい。」


「ん〜。いや、自分の……。」


また寝た。

でもこのままここで寝てもろくに疲れが取れないだろうしな。いつもの飯の礼としてベッドまで運んでやるか。


「アロエ、もう寝ろ。」


アロエが座っている椅子を引き、両脇に手を入れてアロエを抱き抱える。

重くて持ち上げきれず、かなり足をひきずってしまうが、気にせずベッドまで運び込み放り投げた。怪我はしないだろう。


「いっ………だい……。」


痛みへの反応さえも鈍い。これは酷いな。


「ヂヂ!」


嫌になるほど元気な鳴き声が響いた。

アロエに気を取られてチクリの存在に気が付かなかった。


「おはよう。飯か?アロエはもう寝たぞ。」


「ヂヂィ?!」


「朝だけど寝たんだ。疲れてたんだよ。飯なら私がつくってやるから我慢しろ。」


「ヂヂヂィ?!」


「ハァ?!飯くらい作れる!!」


私はいつもアロエが料理しているところを見てるんだ。アロエほどじゃないにしても、多少は作れるはずだ。


「ヂッ!!ヂヂッ!!」


「そんなに嫌か!!!だったら飯やらないぞ!」


「ヂヂゥ!ヂ!」


「なんだよ。お前も寝るのかよ。」


生意気に私の優しさを切り捨てたチクリは、アロエのそばに飛んでいき、ぼさぼさの黒い髪に体を収めると目を瞑った。

……私も寝るか。

アロエは私のベッドで寝てるし、私はアロエの寝床で寝るしかないな。

床蓋が開いている屋根裏部屋にはしごをかけ登り、仕事机の前の、何枚か布が敷いてある場所に寝転がった。

布からはアロエの汗が染みた匂いと仕事で使う薬草の匂いがする。

硬い床は少し動くだけでギシギシと軋む。


「…………寝れない。」


森で過ごしていた頃なら寝れたかもしれない。でも、もうずっとベッドで寝て、柔らかい寝床に慣れた体だととても寝れない。

固いし、風通りもよくないし。

あぁ、こんなところで毎日寝てたら、疲れるよな。それなのに、アロエは私のベッドを奪ったりしないのか。

いや、そうだ、思えばあのベッドは元々アロエのものだったはずだ。じゃあ、私を寝かせるためだけにこんな所で寝てるのか。

…………。

優しいな、アロエは。

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