魔物
アロエの味を知った日
「やあ、久しぶり。」
夢の中。大きな私と対面する。
「今日は何を教えに来たんだ?」
私が呆れたような顔をした。
「話が早いね。今日は、君の魔素がそろそろ尽きるって話さ。」
「またアロエから貰えばいいのか?」
「そういうこと。」
「でもあいつ気絶するだろ。そしたら私の今日の飯がなくなるじゃないか。」
「なにも全部貰えって言ってないだろ?加減を覚えるんだよ。気絶しない程度に貰うのさ。そうすれば飯が食える。」
加減か。
魔素を貰うのは森で倒れた日以来だな。
半年以上前の感覚なんて覚えてない。
「一応やってみる。」
「まあ頑張ってみたまえ。」
まぶしい。
もう朝か。
今日は話が短かったな。
……さて、どうしようか。
あれ、台所にアロエの姿が見えない。
まだ屋根裏の仕事部屋で寝てるのかもしれない。今なら失敗してもバレないし、起きる前にさっさと済ませるか。
屋根裏部屋の床蓋を開きはしごをかける。
床蓋からそっと中の様子を見ようとして頭を打った。鈍い音がした。
最近急に背が伸びていて、自分の体の大きさを把握出来ていない。
朝起きるたびに感覚がズレていく。
「あ、おはよう。お腹すいたの?ご飯作ろうか?」
起きてたのか……。面倒だな。
「いや、いい。」
この際、勢いに任せてみよう。
特に何を言うわけでもなく静かにアロエの目の前に座った。
アロエの顔を見る。
黒い髪。茶色い目。
視線が私の体をうろうろしている。
高い鼻が少し動いた。
私の匂いを嗅いだのかな。
口が開いて「な、なに?」と言う。
困惑している。
「どうしたの?」と言う。
男の声。高いわけでも、ハトみたいにすごく低い訳でもない。濁りのない声。
困った表情のままそわそわしている。
さっきからずっとズボンの裾を指でねじっている。
同じ身長になって、以前よりアロエのことがよく見えるようになった気がする。
まじまじと見てしまった。
こんな顔だったのか。
こんな声で、こんな仕草をするのか。
ゆっくりと手を伸ばし、アロエの頬に触れた。あたたかい。
私は、この人間と、一緒に暮らしているのか。改めて実感する。
「ね、ねえ、急にどうしたの?」
だんだん熱くなってきた。
アロエの顔がほんのり赤い。
「あ。」
そうだ、魔素のことを意識しないと。
このまま触れてたらまたアロエが倒れるかもしれない。
手を離さず、頬に触れたまま手のひらに意識を集中させる。頬の熱。僅かな産毛の感触。
何かが流れこんでくるような感覚。
─ッ!
すぐに頬から手を離した。
手はダメだ。ダメな気がした。
洪水みたいな気配が頬の内側にあった。
取り込みすぎてしまいそうだ。
手がダメなら、どうしよう。
もっと感覚が繊細な所なら、大丈夫か?
たとえば顔とか、口とか。
「ねえ、本当に何なの?」
アロエの声が、ほんの少しだけ揺れている。
魔素のせいかな。
目の動きがさっきより激しい。
私と目が合わない。
「ちょっと黙って。」
新しい匂いがする。
すっとアロエに顔を寄せる。
首元?いや、背中や脇のあたり。
汗の匂いがする。
もやもやした塩っぽい匂い。
首筋に汗が一筋流れていた。
「ど、どうしたの?」
「黙ってて。」
このままアロエに触れてみよう。
アロエの肩に私の頬を載せてみる。
ざらざらした布。なんだかすこしチクチクする。布越しの体は熱い。肉があまり無い。骨の感触。また、何かが流れ込んでくるような感覚。
今度は洪水みたいな気配はない。
動かないまま、アロエの顔を見てみる。
一瞬目が合った。でもすぐに顔を逸らした。
肩の骨が動いた。
「ちょ、ちょっと。何か言ってよ。」
「じっとしてて。」
いい感じだ。頬はいい。
このまま取り込む量の調節も試してみよう。
形のない流れを抑える。
ゆっくり息をするみたいに。
「あぁ……。」
「な、何?」
閉じちゃった。流れが消えた。
調節は難しいのかもしれない。
あとは、口しかないか。
顔に口を近づけたら嫌がられそうだし、肩は布が多いし、首筋がいいかな。
アロエの両肩をしっかり掴む。
そして、首筋の根元、ゆるやかな曲線の部分に唇をつけた。肌が濡れている。
さっきより汗の匂いが濃い。
「あッ。あのっ、さあ、ぼ、僕どうしたらいいんだよ……。」
口を開き、舐めてみる。
しょっ──「ひぁっ!」
「こら!汚いからやめなさい!」
怒られた。
アロエが怒ってる。
両肩を掴まれて引き剥がされた。
「なんで?」
「今週はまだお風呂に入ってないから汚いよ。そんなの舐めちゃダメだよ。」
「いいじゃん。土の上に落ちてる食べ物よりは綺麗だよ。」
アロエの手を払ってまた首筋に顔をちかづける。
「いやっ、だめだって!言ってるじゃ……!」
また引き剥がそうとしてくる手を受け止めて、ぐっと力を入れて押し倒した。
私は力も強くなってるみたいだな。
アロエに力で勝てるなんて。
「えっ?!まって!まってまって、そんなに力強かったっけ?!」
仰向けになったアロエがじたばたもがいているが気にせず首筋に口を寄せる。
「私の手を触ってると、また気絶するぞ。いいのか?」
アロエはさっきまでの抵抗をあっさりとやめて手を離す。呼吸がさっきより早い。
目の色が変わった。
強引すぎて怖がらせてしまったかもしれない。
「大丈夫だ。ちょっと魔素を貰うだけ。じっとしてればすぐに終わる。」
「………………わかったよ。」
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