あいつが来た日

「あの人間について知りたいのか?……秘密だよ。君自身が君の目で見定めることだね。」


夢の中の私がそう言って私の頭を指でつつくと、朝になっていた。


「おはよう。朝ごはんできてるよ。」


いい匂いがする。

これは魚だな。それからパン。

こんなに美味しい匂いの魚は久しぶりだ。


「美味そうだな。」


「昨日は疲れてご飯食べないまま寝ちゃったからさ、今日はちょっと頑張って美味しいもの作ろうと思って。」


「こんなに美味そうなものを食うのは久しぶりだ。」


椅子の上にしゃがんで皿に顔をちかづける。

鼻をつきぬけて頭からお腹まですっかりいい匂いでいっぱいだ。

まるごと一匹の焼き魚。

かぶりつくと皮がパリッと音を立てて、柔らかくて熱い身と一緒に魚の肉の濃い匂いが溢れてくる。

幸せってのはこういうことを言うんだ。


「君がいるとご飯の作りがいがあるよ。」


「おう。これからもたくさん作ってくれ。」


「もちろん。」


ずっとここにいたくなるな。

暖かいし、濡れないし、うまい飯をいつまでも食える。


「そういえば、君と一緒に随分過ごしたけど、まだ名前を聞いてなかったね。」


「名前?私に名前なんかないぞ。私は私だ。」


「そっか。なるほど……。魔物ってそういうものなのかな。」


「私は知らん。鳥とか熊には名前がついてるやつがいるけど、魔物には会わないからな。」


「え!動物にも名前があるんだ?!」


「ああ。チクリとか、ガオウとか、色々いるぞ。ちなみにチクリってやつは森の中で私がずっと一緒に過ごしてたやつだ。」


そういえばチクリはどうしよう。

一人でも生きていけるだろうけど、ちゃんと話しておかないと心配するだろうな。


「君って動物とも話せるんだね。」


「あたりまえだ。私は猫だからな。」


「この前は猫じゃないって言ってなかったっけ?」


「うるさいなぁー!別にどっちでもいいだろ。」


「……!静かに。」


さっきまで笑っていたのに、アロエの顔つきが急に険しくなって、とても低い声を出した。私がうるさいとか言ったからか?


「ど、どうしたんだ?……怒ったのか?」


アロエは何も言わずに玄関の方を指した。

誰かが玄関の扉を叩いている。

飯に夢中になりすぎて気づかなかった。


「ハトが来たのか?」


「違う。知らない人だよ。君はベッドの下に隠れてて。絶対出てきちゃダメだよ。」


囁き声でそう言うとアロエは扉へ向かっていった。


「はーい!!今出ますからー!」


あ、私は早く隠れなきゃ。

ベッドの下なら猫の姿になった方がいいな。

ベッドの下はちょっと埃っぽいけど、くしゃみが出るほどじゃない。

静かに隠れていられそうだ。


「おう、すまねェな兄ちゃん。ちょっと聞きてェんだがよォ、この辺りでぼろっちい黒い服着た黒い髪の女の子見なかったか?」


あいつだ!!

私のことを追ってきたあいつ!!

なんでこの家に来てるんだ!!


「見てないですね。この辺りで人を見ることなんてそうそうないですよ。」


「そうか。ちなみにその子はなァ、邪神様なんだってよ。いいかァ、もう一回言っとくぞ、おい。ぼろっちい黒い服着た黒い髪の女の子だ。髪は腰くらいまで伸びてたっけなァ。いいか、そいつは危ねぇからよォ、見かけたりしたら直ぐに俺に教えろよなァ。」


「わ、わかりましたよ。」


「村の誰かに教えりゃすぐ俺に伝わって来るからよォ。いいかァ?こんなにしつこく言やァどんな馬鹿でも覚えられるってもんよ。いやどうだろうなァ?もう一回言っといてやろうか?」


「いやいやいやいやもういいです、いいですから。覚えましたよ。」


「おう、そうかァ。まあそういうこったからよォ、気つけろよ。じゃあなァ。」


扉を閉めるとアロエは大きなため息をついた。


「あぁ〜〜めんどくさ。」


「なんであいつ、ここに来たんだ?」


ベッドの下から這い出る。

体に少しホコリが絡まってるな。


「人が住んでる家なんてこの辺りじゃここだけだからだよ。他に行くとこないからね。」


「そうなのか。でもあいつ私に気付かずに出ていったし大丈夫だよな。」


そうだ。

アロエがあいつのこと騙してたしな。

あいつ弱いし頭も悪そうだしもうこの家に来ないだろ。


「どうだろう。口だけだと思うよ。あの魔法使いなら、きっと、逃げる時に君が一人じゃなかったことくらい見抜いてるだろうし、この家を怪しんでるだろうね。」


「じゃあ、また逃げなきゃいけないよな?」


弱いくせになんでこんなめんどくさいことするんだよ。

あいつ嫌いだ。本当に大っ嫌いだ。


「いや、まだ……逃げなくていいと思う。そもそも僕この家以外に住める所ないから、逃げるわけにもいかないしさ。君がこの家から逃げたように見せかけよう。」


「そんなこと出来るのか?」


「うん、きっとね。」


アロエのことはまだ信用出来ないのに、どんどん離れられなくなっていく。

ウマい飯をくれるし、助けてくれるし、良いことばっかりで悪いことがなさすぎる。

なさすぎて怪しいんだ。

でも、こいつに頼るしかない。


私だけじゃ、なんにも出来ないから……。

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