一緒に逃げた日

「アロエ、ちょっとだけ私に触ってくれ。」


隣の茂みの中で伏せていたアロエがもぞもぞと動きながら近づいてくる。


「どういうこと?触ると何か起きるの?」


「アロエの魔素を少しもらう。そしたら、あいつを魔法で吹き飛ばして逃げられる。」


しゃがんでいる私の足元でアロエが驚いている。


「え、魔素って、貰ったり出来たんだ……。知らなかった。」


「いいから早く触って。あいつが近づいてきてる。」


「ごめんごめん。じゃあ足触るね。」


アロエの指が私の足の小指に触れる。

意外に硬い指だ。くすぐったい。


「もういいよ。離して。ずっと触ってるとまた倒れる。」


「もしかして僕が気を失ったのって君に触ったから……。」


足音が近づいてくる。

この前追ってきた時よりも足が遅い。

弱ってるのか?


「黙って。あいつが来た。」


アロエが息を止める。

緊張しているみたいだ。

なんだか私も緊張してくる。


「おう、そこにいるんだな。おい。なんだか知らねえやつが一人増えてんなァ?」


腕に魔素を集める。

魔素が尽きて倒れてしまうギリギリまで。

前回より少し威力を弱くすればきっと大丈夫。

それに今日はチクリがいない。

何も気にせず風の魔法を撃てる。


「またあの魔法を撃つ気かァ?風で吹き飛ばされちまわねぇように今日は重りをつけてきたぜ、おい。ほらほら諦めちまいなァ、おい。」


重りだって?!

吹きとばせないじゃないかバカ!!

じゃあ他の魔法……重りがなんなのか知らないけど肌が見えてるんだから、熱ならやっつけられるはず!

あぁっでもそれだと森が燃えちゃう。

じゃあ土だ。土でいこう。

足を固めれば時間は稼げるはず。


「おいおいおいおい、返事はどうしたァ。さっと出てくりゃァ俺だって悪いようにはしねぇって前も言っただろうがよォ。一発ヤって村長さんとこに一緒に行こうじゃねぇかよォ。」


ああもう魔法の切り替えが上手くいかない!


「おっと、いけねぇなァ。大丈夫だ、大丈夫だぜ、おい。ヤったりなんかしねぇ。ちゃーんと大事に村長さんとこに送ってやっからよォ。俺は女より金が大事な男だ。男に二言は無ェ。だからよォ、おい、さっさと出てこいよォ。」


さっきからうるさいやつだな!!

完全に切り替わってないけどもういいや!

魔法当ててすぐに逃げてやる!


「おっ、出てきたじゃないかよォ。その手はなんだァ?懲りずにまーーた魔法撃つのかァ?」


「うるせぇバカ!!」


一気に足元目掛けて魔法を放つ。

石ころや土が人間の足元に集まって、足を巻き込みながらどんどん大きな岩になっていく。


「てめェ!!ガキのくせに二つも魔法使えんのか!!」


「今!!走って!!早く!!」


アロエに向かって叫ぶ。

それと同時に私は走り出す。

少しでも早く走り出して、少しでも早くあいつの目に見えない場所に行かなきゃ。


「調子に乗んなよ、おい!ガキ!ガキィ!!こんなもん、すぐぶっ壊しててめェの首根っこ掴んでやっからなァ!!おい!!」


アロエは静かに着いてきてるみたいだ。

走っている足音が聞こえる。

枝やむき出しの根をかわしながら森の中を走り抜けるのは人間の姿だと少し難しい。

猫の姿になったらもっと早いだろうけど、それだとアロエを置いていってしまう。


「ガキィ〜〜〜!!かってぇんだよおい!!」


人間の声が聞こえる。

やっぱりあいつは弱いな。

きっとしばらくの間岩にくっついたままだろうな。アロエのペースに合わせても大丈夫そうだ。


「あ、あれ?どうしたの?早く逃げないといけないんじゃ。」


「あいつはしばらくあのままだ。だからアロエを置いていかないように、同じ速さで走る。」


「はは。ありがとう。じゃあ、あの魔法使いが動かない内に近道しようか。少し先の獣道を通ったらちょうど僕の家だよ。」


獣道を目前にして思う。

私は今、人間と一緒にいるんだ。

不思議な事だ。

他の人間は私に嫌なことをするのに、こいつは私に良いことしかしないから一緒にいる。

不思議な事だ。

こいつと他の奴らは何が違う?

いや、他の奴らはどうしてこいつと違って私に嫌なことをしてくるんだ?



「なあ、アロエ。どうして私は人間に追われるんだ?」


「ああ、それは……君が邪神様に似てるからかな。」


「なんだそいつ。」


聞いたことがないけど、なぜか知っている気がする。今度夢を見たら私に聞いてみるか。


「僕らの村に来て生贄を貰っていく大きな猫だよ。たまに人間の姿で来ることもあるけどね。」


「でも私はそんなに大きくないぞ?」


「邪神様も子供の頃は小さいらしいからね。僕は見たことないけどさ。」


「それだけの理由で私は追われるのか?」


「もう一つあるよ。人間の体なのに猫と同じ目を持っている所も邪神様と一緒だ。」


……もしかして私が邪神ってやつなのか?

ああ、そうだ、夢の中の私はすごく大きいじゃないか。

邪神そのものじゃないか?

人間に近づくとすごく嫌な予感がするのも、人間から酷いことをされるのも、私が邪神だからなのか?


「アロエ、お前はどうして私と一緒にいるんだ?私のことを邪神だと疑ったりしないのか?」


足を止めて、アロエの目を真っ直ぐ見て、ゆっくりと声を出した。

私がそんなに邪神というやつに似てると知りながら一緒に行動する理由は何なんだ。こいつも他の人間みたいに私になにかするつもりなんじゃないのか。

答えによっては、ここから逃げなきゃいけないかもしれない。


「…………楽しいから、だよ。僕はあの家でも外でもずっと一人だし、ハトはたまに来てくれるけど、月に一回か二回来るだけだし……魔物でも何でも、それこそ邪神様でもさ、一緒に過ごせる人がいると、嬉しいんだよ。」


嘘じゃなさそうだが、信じることもできない。

でも、アロエだけは、人間に近づいた時の嫌な感覚を感じない。

どうしてアロエは他の人間と違うんだ?

きっと夢の中の私に聞かなければいけないことだ。それなら、ちゃんと眠るためにも今日だけはアロエと一緒に行動した方がいいかもしれない。

外にいたらまたあいつに見つかる。


「そうか。言っておくが私は邪神じゃないぞ。」


「だろうね。僕もそうだと思ってるよ。」


「ほら、早く走るぞ。あいつが来たら面倒だ。」


そう言ってまた足を動かす。

難しいことはまた夜に考えよう。

腹が減ってきた。

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