3.迷宮突入
◆
難攻不落のイェーマグチケンチョウ城、今だけはその距離的な堅牢さが仇となった。
今、最寄りのイェーマグチ駅まで徒歩30分という微妙な距離がノミホに牙をむく。
(イェーマグチ駅のバスが来るまで、残り1時間以上もある……
バスに乗ったところで、次の電車を待って30分……
一時間半以上も待っていたら人生について真剣に考えてしまう!)
地元密着型の女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームは、
当然電車が来るのを待つことにも慣れているが、今回だけは事情が違った。
恐るべき異形の迷宮、悪意の権化、ゲロトラップダンジョンよ。
周囲が一般市民のため、ゴブリン退治に励んでいる中、
誰が、この迷宮攻略任務について思い悩まずにいられるだろうか。
いっそのこと、ゲロトラップダンジョン突入前から、
呑んだことのない酒の一つでも煽りたい心持ちであった。
彼女が今、一番に求める救いは、
酩酊の中に飛び込み、この不可解なる任務を曖昧なものにしておくことである。
だが、それは出来ない。
裏切りの黒騎士メイティを思い出すのだ、ノミホよ。
勤務時間中に酒を煽った邪悪なる裏切りの騎士を。
メイティは厳重注意処分が課され、アラサーながら、すんすんと泣いていた。
20歳を超えると、
正当な理由で怒られることが一番メンタルへのダメージが大きい。
(どんどんとテンションが下がっていく。
任務を聞いた時はまだやる気だったのに、時が経てば経つほどに、
気力が萎えていく、かなり行きたくないな、ゲロトラップダンジョン!)
今、ノミホ・ディモ・ジュースノームはイェーマグチケンチョウ城の門を越え、
イェーマグチ駅に向けて歩き出した。
嫌でも行くのだ、女騎士は社会人であるのだから。
ゲロトラップダンジョンを攻略したら、直帰が許される。
とっとと任務を終わらせて、帰ったら、Tverでバラエティ番組を見るのだ。
ノミホ・ディモ・ジュースノームは気力を奮い立たせ、イェーマグチ駅へと向かう。
(あー、ゲロトラップダンジョンに隕石落ちないかな)
叶わぬとわかっても、それでも願いを抱きながら、女騎士は進む。
◆
ノミホ・ディモ・ジュースノームの剣技が卓越していることは言うまでもないが、
その精緻なる器用さは、イェーマグチ駅への到達時刻にも発揮される。
ノミホは
なれば、体内時計とその体捌きによって、
イェーマグチ駅発新イェーマグチ駅行電車の発車時刻5分前に合わせることは、
決して難しいことではない。
駅員に切符を渡し、ノミホはイェーダ温泉街へと向かう。
自動改札などというものは無い、おそらくはこれからも無いだろう。
(……今のうちに、ゲロトラップダンジョンの公式アカをチェックしておくか)
イェーマグチ駅からイェーダ温泉街まで、3分である。
時間を潰すというほどの移動時間があるわけでもないが、
ちらりとツイッターを見るぐらいには丁度良い時間であった。
『#ゲロ吐くまで呑みまくろう #拡散希望
抽選で5名様に、#ゲロトラップダンジョン 無料招待券をプレゼント!
ゲロトラップダンジョンをフォローして、このツイートをRTして下さい』
『ゲロトラップダンジョンで吐くまで祝杯😁🍺
#拡散希望 #大喜利 #ゲロトラップダンジョン
#走った後のメロスが次にすることを教えて下さい 』
『吐くまで飲むとスッキリするのである😁🍺
#拡散希望 #大喜利 #ゲロトラップダンジョン
#吾輩は猫であるみたいなことを言って下さい 』
ツイートを3つ見るだけで、ノミホがツイッターを閉じるには十分であった。
心中より生じた怒りの炎は血管を通じて、全身を燃やしていくようである。
今、心臓はノミホの血ではなく、怒りを身体中に伝えていた。
(クソしょうもない大喜利……私はこういうのがめちゃくちゃ嫌いなんだ!!)
女騎士ノミホは、今はっきりと思った。
邪悪なる魔術師エメトは存在を許されぬ邪悪である。
電車を降りたノミホはイェーダ温泉街駅から徒歩5分の距離を3分で進み、
とうとうゲロトラップダンジョンへと辿り着いた。
24時間営業の悍ましき悪の巣、人の苦痛を己の快楽とする邪悪なる魔術師の迷宮、
かつて、神によって滅ばされし退廃と堕落の都市、ソドムの具現。
入場料1980フグを払い、免許証で年齢を確認したノミホは、
とうとう、ゲロトラップダンジョンへと挑む。
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