3.迷宮突入


難攻不落のイェーマグチケンチョウ城、今だけはその距離的な堅牢さが仇となった。

今、最寄りのイェーマグチ駅まで徒歩30分という微妙な距離がノミホに牙をむく。


(イェーマグチ駅のバスが来るまで、残り1時間以上もある……

 バスに乗ったところで、次の電車を待って30分……

 一時間半以上も待っていたら人生について真剣に考えてしまう!)


地元密着型の女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームは、

当然電車が来るのを待つことにも慣れているが、今回だけは事情が違った。

恐るべき異形の迷宮、悪意の権化、ゲロトラップダンジョンよ。

周囲が一般市民のため、ゴブリン退治に励んでいる中、

誰が、この迷宮攻略任務について思い悩まずにいられるだろうか。


いっそのこと、ゲロトラップダンジョン突入前から、

呑んだことのない酒の一つでも煽りたい心持ちであった。

彼女が今、一番に求める救いは、

酩酊の中に飛び込み、この不可解なる任務を曖昧なものにしておくことである。


だが、それは出来ない。

裏切りの黒騎士メイティを思い出すのだ、ノミホよ。

勤務時間中に酒を煽った邪悪なる裏切りの騎士を。

メイティは厳重注意処分が課され、アラサーながら、すんすんと泣いていた。

20歳を超えると、

正当な理由で怒られることが一番メンタルへのダメージが大きい。


(どんどんとテンションが下がっていく。

 任務を聞いた時はまだやる気だったのに、時が経てば経つほどに、

 気力が萎えていく、かなり行きたくないな、ゲロトラップダンジョン!)

今、ノミホ・ディモ・ジュースノームはイェーマグチケンチョウ城の門を越え、

イェーマグチ駅に向けて歩き出した。


嫌でも行くのだ、女騎士は社会人であるのだから。

ゲロトラップダンジョンを攻略したら、直帰が許される。

とっとと任務を終わらせて、帰ったら、Tverでバラエティ番組を見るのだ。

ノミホ・ディモ・ジュースノームは気力を奮い立たせ、イェーマグチ駅へと向かう。


(あー、ゲロトラップダンジョンに隕石落ちないかな)


叶わぬとわかっても、それでも願いを抱きながら、女騎士は進む。



ノミホ・ディモ・ジュースノームの剣技が卓越していることは言うまでもないが、

その精緻なる器用さは、イェーマグチ駅への到達時刻にも発揮される。

ノミホは地元密着型20年ずっと暮らしてきた女騎士である。

なれば、体内時計とその体捌きによって、

イェーマグチ駅発新イェーマグチ駅行電車の発車時刻5分前に合わせることは、

決して難しいことではない。


駅員に切符を渡し、ノミホはイェーダ温泉街へと向かう。

自動改札などというものは無い、おそらくはこれからも無いだろう。


(……今のうちに、ゲロトラップダンジョンの公式アカをチェックしておくか)

イェーマグチ駅からイェーダ温泉街まで、3分である。

時間を潰すというほどの移動時間があるわけでもないが、

ちらりとツイッターを見るぐらいには丁度良い時間であった。


『#ゲロ吐くまで呑みまくろう #拡散希望

 抽選で5名様に、#ゲロトラップダンジョン 無料招待券をプレゼント!

 ゲロトラップダンジョンをフォローして、このツイートをRTして下さい』


『ゲロトラップダンジョンで吐くまで祝杯😁🍺 

 #拡散希望 #大喜利 #ゲロトラップダンジョン

 #走った後のメロスが次にすることを教えて下さい 』


『吐くまで飲むとスッキリするのである😁🍺 

 #拡散希望 #大喜利 #ゲロトラップダンジョン

 #吾輩は猫であるみたいなことを言って下さい 』


ツイートを3つ見るだけで、ノミホがツイッターを閉じるには十分であった。

心中より生じた怒りの炎は血管を通じて、全身を燃やしていくようである。

今、心臓はノミホの血ではなく、怒りを身体中に伝えていた。


(クソしょうもない大喜利……私はこういうのがめちゃくちゃ嫌いなんだ!!)


女騎士ノミホは、今はっきりと思った。

邪悪なる魔術師エメトは存在を許されぬ邪悪である。


電車を降りたノミホはイェーダ温泉街駅から徒歩5分の距離を3分で進み、

とうとうゲロトラップダンジョンへと辿り着いた。

24時間営業の悍ましき悪の巣、人の苦痛を己の快楽とする邪悪なる魔術師の迷宮、

かつて、神によって滅ばされし退廃と堕落の都市、ソドムの具現。

入場料1980フグを払い、免許証で年齢を確認したノミホは、

とうとう、ゲロトラップダンジョンへと挑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る