初デート

 映画のラストはドラマチックだったけど、ヒステリックになったのは前期試験。毎度毎度の事だけど、どうして試験前になると、ああなるのかな。追試が三つで済んで良かったよ。後期試験こそ、そうなりませんように。


 今日のミサトは思いっきりおめかし。初めてのデートだよ、初デート。とにかくクランクアップしたのが八月の最終日で、九月になったらすぐに前期試験、さらに追試。そう、ずっと会えなかったってこと。学年も違うし。


 喫茶北斗星で会っても良かったんだけど、あんなにドラマチックな告白の後だよ。そんなミサトの気持ちも察してくれたみたいで、とにかくデート。西宮北口で待ち合わせ、十三で乗り換えて四条河原町に。


 まずは八坂さんにお参りして、二寧坂、三寧坂に。ちなみに一寧坂ってのも実はあるのを伊吹君に教えてもらった。京都観光の定番中の定番だけど、やっぱり風情あるものね。清水さんの参詣に来たのは初めてじゃないけど、伊吹君と一緒だと見え方が全然違うのよ。


 お土産屋さんをのぞいたり、八つ橋の試食をしたりしながら歩いてたんだけど、ミサトにはバラ色の世界にしか見えなかったもの。もうワクワク、ドキドキが止まらない感じ。この一分一秒がミサトを新しい世界に導いてる気がした、


 途中でお昼ごはんにしたけど、何食べてるかわかんなかった。だって、目の前に伊吹君がいるんだもの。それだけで胸がいっぱいになっちゃった。そこでね、そこでね、お願いしたんだ。


「もうミサトって呼んでね」


 そしたら照れ臭そうに呼んでくれた。ミサトもアキラって呼ぶようにお願いされちゃって、


「アキラ」


 こう呼んだ瞬間に幸せがまた一挙に押し寄せてきた気がする。ご飯が済んで、清水の舞台、さらに地主神社でおみくじ引いたら、吉で飛び上がって喜んだ。だってさ、だってさ、


『待ち人来たり、願いは叶う』


 アキラのこと、そのままじゃない。二人の時間は絶対に永遠よ。音羽の滝を巡って、清水坂を下る時にお土産に湯呑をセットで買った。へへへ、夫婦茶碗のつもり。そこから五条に出て烏丸に、喫茶店で一休み。


 色んな話をしたんだけど、うん、見れば見るほどイイ男だ。こんなイイ男がミサトの彼氏なんだ。ホッペをつねりたくなったけど我慢した。夢じゃなくて現実だもの。そんな話の中だけど、アキラは悩んでいるみたいだった。


 麻吹先生に拉致されてオフィスの体験生やったんだけど、本気で写真を目指したくなったみたい。本気でやるつもりならオフィスがイイだろうし、麻吹先生も迎え入れてくれそうな感触はあるんだって。


 でもオフィスの弟子になるなら、学生を辞めないといけなくなるじゃない。あそこの弟子が片手間で出来るようなものじゃないのはミサトも良く知ってるもの。そこにすぐに飛び込むべきか、卒業してから考えるべきかってね。


 それともっと悩んでいるのは、自分にプロを目指す才能が本当にあるかどうかもありそう。オフィスでミサトの話も聞いちゃったみたいで、


「ミサトは十日でクリアしちゃったんだってね」


 アキラは二週間かけてもあの程度だものね。でもね、泉先生だって半年かかってるし、新田先生なんて一年がかりなのよ。アシスタント過程も早くクリアするのに越したことはないけど、その遅い早いがすべてを決めるわけじゃないの。ミサトも麻吹先生に聞いたことがあるけど、


『伊吹は見どころがある。だがプロまでの距離はかなりある。それを乗り越える覚悟が無いと無理だろう』


 ミサトも言われてるけど、半端な覚悟じゃ無理。才能があると信じて、魂をカンカンに燃焼させてみないと結果はわかんないぐらいかな。もちろんアキラがプロの道を目指したいならミサトは応援する。他の道を目指しても一緒。あれならミサトが食べさして上げて、専業主夫でもノー・プロブレム。


「専業主夫はさすがに避けたいな」


 ならないと思ってる。アキラはそんな男じゃない。必ず立派な男になる。だってミサトが見込んだ男だもの。アキラがどんな道に進もうとも、それを支えるのが妻たるミサトの務め。きゃぁ、妻だって、自分で照れちゃうよ。


 そこからのアキラが格好良かった。かならず一人前の男になって、ミサトを本気で迎えに行くって。だから、その日まで待ってて欲しいって。これって、遠回しだけどプロポーズみたいなものだよね。もちろん待つ、二十年だって、三十年だって。


「そこまでは待たせたくない。今が二十歳だから、出来れば五年以内、遅くとも十年以内に必ず迎えに行く」


 アキラは二浪だからまだ一年生、卒業まででも三年半か。そこから生活基盤を作り上げてとなると五年じゃきついかもね。だからプロも考えたんだろうけど。でも安心して、ミサトの気持ちは絶対に変わらない。アキラの気持ちさえ変わらなければ、


「それはこっちのセリフだよ。ミサトがどれほど美しくて、可愛いか。まさに実在するティンカー・ベルそのものだよ。そんなミサトがボクみたいな男の彼女であるだけでも信じられないのに」


 そこから二人で笑ってた。まだまだ先の話だものね。カップルがいかに脆いか、壊れやすいかもよく聞かされた。最初はこの人しかいないと思ってても、月日を重ねるうちに醒めて行くみたいな。


 最初は良く見えてたところが悪く見え、悪いと思ってたところが最悪になるぐらいかな。これは結婚までしても同じだから、あれだけ離婚もある。だけどそうでないカップルも知ってる。


 たとえばケイコ先輩と加茂先輩。熱烈ラブラブって感じじゃないけど、それを通り越して夫婦みたいなもの。それも何十年も過ごしてなお、お互いに愛し合い、信じあってる夫婦かな。あんな関係になれたらと思うもの。


 アキコのところも相当なもの、いやあれは異常だ。アキコは今だって藤堂副部長ラブだけど、とにかく二人とも純情で初心なところが過剰なほどあって、


『ねぇ、やったの』


 アキコは茹蛸のように真っ赤になりながら、


『キ、キスを・・・』


 こらぁ、あれから三年かかってまだキスだと。そのくせ、アキコは藤堂副部長の下宿に三日空けずに通ってて、掃除したり、洗濯したり、ご飯作ったりしてるんだよ。お泊りもしばしばあるのに、やっと今年になってキスだってさ。


 この調子じゃ、卒業までに結ばれるかどうかも怪しいな。これは、アキコ以上に藤堂副部長がアキコ命としか思えない。あれは女より男の方が遥かにやりたがるものなのよね。だから恋人同士でもレイプまがいになることだってあるって言うもの。


 藤堂副部長だってアキコを抱きたくて仕方ないはずだけど、アキコがその気になるまで、じっと我慢して待ってるんだよ。どんな些細なことでもアキコを絶対に傷つけないつもりに違いない。


 でもね、それも愛の形の一つの気がする。そりゃ、男と女が好きあえば結ばれようとするのは自然だし、いきなりベッド・インってカップルもいる。それも必ずしも悪いとは言えないけど、やるのは目的じゃなく手段だよ。本当の目的は相手の事をよりよく知り、愛を深めるためにあると思うんだ。その手段の一つがあれ。


 だから結ばれた事によって愛が深まったケイコ先輩のケースもあるし、結ばれなくともラブラブのアキコのケースもあると思ってる。まあ、アキコのケースは極端すぎるけど、現実に成立してるし。



 烏丸から西宮北口に戻り、そこで別れたんだけど、ミサトも遠くない日に求められるだろうって。求めてもらうのは嬉しいし、アキラ以外に相手は考えられないけど、その時に素直に飛び込んで行けるかな。


 求められて拒否する気はないけど、どうしてもミサトも欲しいって気になるのを待ってくれたら嬉しいな。アキラとなら、そうなる日が必ず来るはず。そういう気持ちで結ばれてこそ、次の二人の世界が広がると思うんだ。


 今日は付きあったばっかり、それも初デートだったのに、話がいきなり結婚まで行って、ミサトとも泡食っちゃった。でもあれだって、どれだけアキラがミサトの事を真剣に考えてくれてるかの裏返しだよね。


 まだまだ二人の世界は始まったばっかり。お互いの事をもっと良く知って、良く知る事で愛が深まるような恋になって欲しいな。まだ二十歳だから、これから山あり、谷ありだろうけど、最後はお手てつないでゴール・インが夢。


 今のところ、そうなりそうな気がしてるし、そうなるためにミサトの愛のすべてを注ぐ事しか考えてないもの。とにかく今日は楽しかった。また行こうね。


 そうそう、今日だって全部払っても良かったけど、初デートだし、アキラの面子もあるだろうから、電車賃以外は奢ってもらった。今度はUSJが希望だけど、アキラの財布じゃ厳しいから割り勘でね。アキラのギャラ聞いてギャフンだったもの。ありゃ、ボランティアに近いよ。

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