幻の写真小町
あの映画だけどクランクアップされたじゃない。だから正月ぐらいに公開になるかと思ってたら、ゴールデン・ウィークに向けての公開だって。いわゆる編集ってやつ。これでも今では早い方らしくて、CGを多用した作品なら一年以上もザラらしい。
四月に入って呼び出された。公開試写会で舞台挨拶しろってさ。逃げようが無さそうだからやったよ。アキラも呼び出されたし。挨拶はイヤだったけど、作品の内容には興味があった。完成作品をまだ見てなかったもの。
岩鉄さんに聞いたんだけどミサトが関わった部分の前から、かなり撮ってたらしいんだ。それだけでなく、打ち上げ後にも撮影してたらしい。映画のラストがテイク2なら、それがないとおかしいけど、ここまで来ても、出演者でさえどんな映画になってるのか、わからないのが滝川漣のビックリ箱だよね。
まずだけどタイトルにビックリした。そんな路線は、とっくの昔に変更されたと思っていたのに、
『幻の写真小町』
最初の仮題通りになってるんだもの。そしたら冒頭に最初に撮ったシーンが使われてた。すっごい幻想的な映像になっていて、あれはホントにミサトかって思うぐらいの美少女が写真撮ってるのよね。アキラは、たまたま通りががって、写真小町を茫然と見惚れる設定だった。
話はそこから回想シーン風にミサトの小学校時代に移るんだ。子役を使ってるけどイジメに遭って、引き籠ってが描かれてた。基調は淡々としてたけど、イジメられるミサトの姿に胸が締め付けられた。これは経験者のミサトだけじゃなく、試写会の招待客も同じみたいに感じた。
話は、そこから設定としての現在に飛ぶのだけど、アキラは大学であの時の写真小町を見つけるんだよね。咄嗟に写真を撮ったアキラは、写真小町の正体を探るんだけど、これが割とあっさりアキラの所属する写真サークルでわかることになる。
アキラの入っている写真サークルは、サークル北斗星で、喫茶北斗星がロケに使われてた。加茂先輩とケイコ先輩が問わず語り風に写真小町の話を始めると、シーンはミサトも参加した高校編につながっていったんだ。
高校編はミサトも感じた通り、最初は写真甲子園を目指して一丸になって頑張るんだけど、徐々に選手や部員たちと部長役のミサトとの間に不協和音が発生し、それが深い溝になって行く様子が丹念に描かれてた。
ミサトの表情も、最初は意欲溢れる笑顔だったのが、段々と影が差し、厳しい難しい顔に変わって行ってた。つうか、あんな顔して演技してたのを初めて知った。
ここの構成だけど、高校編の随所随所で、二年後のサークル北斗星編が挿入されるんだよね。ちなみにアキコも北斗星の会員の設定で、徐々に重い口を開いて、あの時に本当は何があったかを話して行く役を演じてた。
アキコは訥々と話すんだけど、その話し方が、いかにも封じられた過去というか、秘密を明かす感じにピッタリだったのに驚かされた。滝川監督はミサトもそうだけど、素人を使いこなすのが上手だと改めて思ったもの。
話の焦点は、追い出し会に何があったかに絞られて行くのよね。何があったかは巧妙に伏せられるのだけど、ここからアキラが活躍する。もう一度、その追い出し会をやろうってね。だけどアキコでさえ躊躇い、元写真部員の反応も悪く、ひたすら空回りするんだよ。
話はラストの追い出し会に雪崩れ込んで行くのだけど、そこまで見ても、ミサトが演じる部長役が追い出し会に出席するかどうかはわかんない様になってた。間に合わないのを知ってるミサトでさえそう思うぐらいだから、初めて見る人は、
『お願い出席して』
こうしか思えない感じのはず。そしてテイク1になるのだけど、泣き崩れるミサトにあの時は滝川監督が冷たい言葉を放ったけど、映画では追い出し会でミサトを待つ写真部員の話になってた。もっとも、監督みたいに冷やかではなく、そういうミサトを理解できなかった悔しさみたいな感じ。
ミサトが駆けつけた時に泣き崩れるシーンには、試写会場でもすすり泣きが聞こえたよ。それにしても、ここまでタメにタメてたなんて思いもしなかったぐらい。そして、そこまでの鬱屈を一遍に吹き飛ばすようなテイク2。フラッシュ・モブがエンディングになっていて、ラストのキス・シーンは拍手喝采が起ったもの。
それにしても滝川監督の手腕には驚かされる。試行錯誤みたいに思っていたシーンも殆ど活かされてる気がするもの。それに、あれだけ今日の台本に振り回されたのに、サイド・ストーリーとピッタリ一致してるじゃない。
これだけ無駄なく撮って、これだけ濃密なストーリーを構成してしまうのは、やはりある種の鬼才としか言いようがないと思う。一部では、滝川監督はビックリ箱と言いながら、実は別の綿密な台本に基づいて撮ってるって説もあるけど、そうでないのは現場で見ていたミサトが一番良く知ってるものね。
映画評論家の評価も上々で、公開されるとハリウッドの大作に負けないぐらいの観客動員になったみたい。公開後は、
『今年の泣ける映画ナンバー・ワン』
出演してたミサトたちも、どれだけ泣いて笑ったかわからないぐらいだったものね。それも心の底から役になり切って、髪振り乱して、走り回ってだもの。よくまあ、あれだけ本気になれたものだと自分が信じられないぐらい。
とにかく細かいところまでリアリティが高いのよねぇ。たとえばミサトが部員を指導するシーン。撮影の時もガチだったけど。指導は撮影の時だけじゃなかったんだよ。写真部が舞台だから、部員役がカメラを構えるシーンとか多いのだけど、そこに滝川監督が満足しなかったんだ。
あれじゃ、カメラを構えるふりにしか見えないってね。だから撮影の合間どころか、撮影前と撮影後に集まって、ひたすら指導やってた。とにかくトランス状態でなり切ってるから、撮影でなくとも、
『部長よろしくお願いします』
撮影前なんか遅れて来るのがいたりしたら、
『部長、遅くなりましてすみません』
気分は朝練かな。構えるだけじゃ、上達しないから実際に撮ってたし、撮った後の写真の評価までやってた。そう、ここまで来ると、本物の部活やってるとしか思えなかったぐらい。
この練習はかなり続いて、途中で部活の合間に映画撮ってる気がしたぐらい。部員役もなり切り過ぎたのか、岩鉄顧問に本気でアドバイスを求めに行ってたのは笑った。それに真剣に答えてる岩鉄顧問にもね。
映画で使う写真もミサトが撮らされた。というか撮った。だって小道具さんが用意した写真じゃ、シーンに合ってると思えなかったんだもの。高校の写真部レベルにし、さらに一人一人の上達段階、さらに個性も分けて撮ってあげた。十人分ぐらいかな。
ここの評価も地味だけど高いみたいで、映画評論家ではなく、写真評論家が絶賛してたもの。あれだけの撮り分けをどうしたら出来るんだって。とくに初戦審査会の提出作品作成中に、バラバラだった三人の写真が、段々に一つの作品になる過程は、見どころとまで言われてるぐらい。あの滝川監督でさえ、
「プロって、ここまで出来るのか」
試写会にも駆り出されたけど、公開前後の番宣にも引っ張り出された。位置づけは主役だからあれも逃げようがなかったもんね。滝川監督はミサトも連れて行ったけど、コハクちゃんも一緒にしてた。というか、コハクちゃんを売り込んでる気がした。
コハクちゃんの演技も迫力あったものね。ミサトとやった激論のシーンは、映画の中でも白眉の名シーンとなってて、プロモーション・ビデオでも使われていたぐらい。今回の作品で一番抜擢されたのは、ミサトを除くとコハクちゃんでイイと思うもの。
とにかくビックリ箱だから滝川監督の本音はわからないけど、ミサトがあまりにも大根だったら、コハクちゃんが主役になってた気がするもの。それぐらい入魂の演技が出来てたと思うよ。
とにかく大ヒット上映中。滝川監督の代表作の一つになるって評判も高いみたいだよ。
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