テイク2
滝川監督の口から聞こえたのはテイク2。つまりは撮り直しってことだけど、台本もらってないよ。それにミサトが教室にいる状態からテイク2って、どうするって言うの。
そうしたら、どういう仕組みになっているのか、わからないけど、教室のセットが見る見る無くなって行く。あっという間に、教室の壁がなくなり、その奥に現れたのは華やかな祝賀会場。ステージには、
『尾崎部長、ありがとうございました』
この看板がかかってた。さらに誰かが入ってくる。あの足音は一人や二人じゃない。ステージに上がってマイクを握ってるのは、
「これから延期になっていた追い出し会を始めます。心配していた尾崎部長も無事ご出席頂き、部員一同、感謝の言葉もございません」
何が起っているのか、ミサトにはわからなかった。入って来たのはあの時の写真部員。しゃべっているのはアキコ。そこから部員たちに引っ張られるように椅子に座らされ、そこからが大変だった。一人一人挨拶に来るの。もう泣きそうな顔で、
「部長、来てくれてありがとうございました」
「この日が来るなんて、夢のようです」
「部長、ごめんなさい。ボクたちを許してください」
「尾崎部長は世界一の部長です」
あの泣き顔は演技なんかじゃない。これはなに、なにがどうなってると言うの。そしたら今度は全員に引っ張られて壇上のマイクの前に、
「引退される三年生を代表して部長から、一言頂戴します」
みんながミサトを見てる。こんな時になんて言えば良いの。胸がいっぱいで何も言えそうもない。だってミサトは優勝旗を返還して部室に帰った日に退部してるんだよ。そしたらアキコが、
「やっと余計なものが処分できます。こんなものが認められるはずがありません」
あんなものが残ってたんだ。アキコはミサトの目の前で退部届をビリビリに破いちゃった。それだけで部員たちは拍手喝采。こんなどうしようもない部長だよ。本当にみんな待っててくれたの?
「部長の追い出し会への出席が少し遅れると予想していました。色々な思いがあるでしょうが、写真部員はこの日を待ちわびていました。幸いにも全員がそろいましたので、部長のお言葉を頂きたいと存じます」
少しって言うけど二年だよ、二年。それに全員だって、涙で良く見えなくなってるけど、そんな気がする。こんなミサトのために全員がここに。ウソでしょ、夢でしょ。ミサトは振り絞るように
「ありがとう・・・」
これだけで、みんなから力一杯の拍手と大歓声。
「ミサトはダメな部長でした。そんなミサトのために・・・」
これ以上、話せないし、立っているのも難しくなったミサトを、アキコがしっかり抱きしめてくれた。
「ミサトはアキコの友だち。ずっと一番の友だち。あの時だって、今だって同じ。そしてあの時の仲間も、今もミサトの仲間」
泣いた、心の底から泣いた。ミサトにはこんな仲間がいたんだ。ミサトのためにここまでしてくれる仲間がいたんだよ。その時に、ミサトの目の隅に入ったのが、不自然に立ち止まっているウエイトレスやウエイター。そして会場に流れる、
『Louder,Louder,Louder』
これって、アキコのフラッシュ・モブの時の、
『I am staring out of window』
ウソでしょ、ウソでしょ、あれをここで再現するって言うの。そこに躍り込んで来たのは・・・なんとあの時と同じで麻吹先生。ウエイターや、ウエイトレスは加茂先輩、ケイコ先輩、平田先輩、ナオミまで。部員たちも次々に踊りの輪に加わり、次に現われた二人はまさか、
「行くよ、コトリ」
「任しといてユッキー」
連続バク転から鮮やかなバク宙。なんて高さなの。でもフラッシュ・モブの目的は、誰かへの告白。告白されるのはミサト? いや、それはありえない。ミサトなんて好きになる男がいるはずもない。
ここでミサト前に出てきたのは伊吹君。このシチュエーションでミサトの前で踊るって意味は、えっ、えっ、赤いカーペットが敷かれたよ。みんなが左右にスタンバイして、またもやミサトは引きずられるようにカーペットの一方の端に、
「行け伊吹」
「男だろ一発で決めてこい」
「がんばって」
花束を抱えた伊吹君がミサキの前に歩いてくる。伊吹君が、伊吹君が、ミサトに告白すると言うの。ついにミサキの前に立った伊吹君はマイクを受け取ると、
「ミサトさん。ボクはミサトさんの期待に二度も応えられなかった情けない男です。それでも三度目の挑戦をさせて下さい。好きです、愛してます。どうかボクと付き合って下さい」
頭を下げて花束を差し出すのよね。本当にミサトでイイの。こんなに根性の捻じれた女だよ。そしたらユッキーさんがそっと近づいてきた。そして耳元で、
「素直に受け取ってあげなさい」
うん、そうする。そうしたかったんだもの。
「喜んで!」
そこからお手てつないで、フラワーシャワーの中を。
「おめでとう」
「良かったね」
「尾崎さんを悲しませたりしたら許さないから」
そこから、
「キス、キス、キス」
これの大合唱。いくらなんでも、ここでって思ったけど。伊吹君の目を見たらしてもイイ気になっちゃった。目を瞑ったら、ミサトを力強く抱きしめてくれて、唇が塞がれた。ありがとう伊吹君、信じてくれたら嬉しいけどミサトのファースト・キッスだよ。
もう幸せと感動で胸がいっぱい、今度は嬉し涙が止まらなくなっちゃった。もう顔がボロボロになってる気がする。そんなミサトを嫌わないでね、ミサトは伊吹君を信じて付いて行く、なにがあっても離れない。その時に会場に轟くような大声で、
「カット、撮影終了。後は打ち上げだ」
そこに出演者や、スタッフまで合流して来て、大宴会になっちゃった。テーブルや椅子が次々に運び込まれ、料理も飲み物もドッサリ。まさか、こんなラストが待ってるなんて夢にも思わなかった。
元写真部員だけじゃなく、サークル北斗星の全員が来てくれてた。加茂先輩とケイコ先輩から、
「サークルの退会届だけど、伊吹君が破り捨てたから無効になってるよ」
「そう、だから今でも会員。また北斗星に来てね。みんな待ってるよ」
そこでチサト先輩から渡されたのが一枚のイラスト。
「こ、これは」
「こうなる日を信じて待ってたよ。良かったわ」
そこにはサークル北斗星の全員が描かれてた。みんな笑顔で楽しそう。その中心にミサトがいる。
それにしても、やられたって気分。だってだよ、伊吹君とのキス・シーンまで撮られちゃったんだもの。カットの声を聞くまでテイク2の撮影中だってことを忘れてた。でも、とっても爽やかな気分。なんかもう、全部吹っ切れたって感じがする。
隣にいる伊吹君も現実だよ。ずっと手を握ったままなんだ。だって離したくないじゃない。伊吹君の手のぬくもりが、ミサトがやっとつかんだものの気がするもの。もう一回キスしたかったけど、それはさすがにね。そこに巻き起こる大合唱。
「アンコール、アンコール」
エエい、やけくそだ、何度でもアンコールしやがれ。セカンドでもサードでも受けてやる。それとね、最後の最後にすべてわかった。この映画を誰が企画し、どれほどの人が協力してくれていたかを。そしてミサトの手に入れられなかった夢のすべてがここにあるのも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます