ラスト・シーン

 固唾をのんで受け取った今日の台本。そうそう、昨日は初戦審査会で落ちた知らせで部員が嘆き悲しむのシーンで終わったけど、ちょっと切り方が不自然な気がしてたんだ。それを受けて部長役のミサトが何か言うはずじゃない。


 そのシーンをあえて翌日に回してたけど、理由はわかった。なんとミサトは泣かない設定になってた。道理で昨日のシーンにミサトが加わっていなかったわけだ。部長役のミサトは冷たい表情で、


「すべての責任は部長である自分にある」


 こう言うんだよ。ミサトもあの時そう言ったけど、あの時と違うのは、その場で責任を取って退部届を出しちゃうのよね。初戦審査会の結果が出てから決勝大会まで二ヶ月半ぐらいあるけど、話は退部届を出したミサトの翻意をめぐる話になっていった。


 選手も部員も後悔するのよね。部長の指導に従っていれば初戦審査会突破どころか、決勝大会も夢じゃなかったって。この辺は小道具が用意されてて、部室に部長役が書いてたトレーニング計画のノートが出てくるエピソードを使ってた。


 ここから部員たちの涙ぐましい努力が続くのだけど、部長役のミサトは冷たく突き放す感じかな。この辺は経験もあるから地で行けた。というかあまりにもハマり過ぎて、コハクちゃんがビビるぐらいだった。



 とにかく役にのめりこんじゃってるから、本気でお願いして、本気で突き放して、本気で泣くって感じかな。たださすがに、あれだけ熱心に退部届を取り下げるように懇願する部員たちを突き放すのは心が痛んだよ。


 あそこまで頑なにならなくて良いと思ったし、逆にあそこまで涙ぐましい努力を続ける部員たちなんて、本当に存在するのか疑問に思ったのは白状しておく。この辺は、ミサトがそうされなかった僻みは棚の上の方に置いておく。


 時は進んで行き、副部長役のコハクちゃんが優勝旗を返還に行くシーンになった。ここもミサトは頼まれるけど、もう写真部とは無関係と冷たくあしらうエピソードも含まれてた。


 決勝大会のシーンはなくて、帰った来た副部長を中心に、なにがなんでも部長役のミサトを写真部に戻ってもらう相談が行われてた、あれこれアイデアが出るけど、なんとかしてみんなで謝ろうって話になるんだ。岩鉄さんが顧問としてさりげなくアドバイスするのが渋かった。


 優勝旗を返還し二学期になると三年生は退部になるって設定だけど、いわゆる追い出し会をするのよね。これに部長役をなんとしても出席させようとするんだ。副部長のコハクちゃんは毎日のように来るし、追い出し会の前日には帰ろうとする部長役を待ち構えていて、部員全員で頭を下げて出席をお願いするシーンもロケで撮った。


 ミサトは何を言われても。されても冷たく無視する演技だったけど、かなり辛かった。映画の台本通りだし、演出通りだけど辛かった。さらにだよ、追い出し会当日にはコハクちゃんが来て、


「必ず来られると信じて、いつまでもお待ちしています」


 ここまで言わせるんだから参っちゃう。そりゃ、もう目を真っ赤にして涙声で頼み込むんだもの。



 それでだけど、ここまでタメにタメたんだから、最後に部長役が出席するシーンしかないと確信してた。だってだよ、ここで出席しなかったら話がバラバラになっちゃうじゃない。問題は、どういう形で部長役の気が変わるかだと思ったのよ。コハクちゃんも、


「ミサトちゃんの言う通りだと思うけど、それにしては撮影予定が短い気がする」


 滝川監督の撮影日数の帳尻合わせは芸術的で、途中でこんな調子で本当に八月中に撮影が終了するのかと思ったぐらいだけど、ちゃんと終わりそうなところまで来てる。来てるのは良いけど、後は追い出し会のシーンぐらいしか時間がないのよね。


「やっぱり、最後の最後にミサトが現れるとか」

「それしか考えられないけど、滝川監督の演出にしては平凡すぎない?」


 とにかくビックリ箱演出だから、明日の台本を読まないと、どうなるかわかんないのよ。追い出し会のシーンだけど、セットでやるかと思ってたら、ホテルでロケだった。宴会場で行われる設定で、ミサトは控室で待機。


 渡された台本によると、まず姿を現さないミサトをイライラしながら待つシーンが撮られるで良さそう。そうやって、タメにタメたところにミサトがついに姿を現すぐらいの感じ。


 でも妙だな。台本読む限り、追い出し会が行われるのは教室。それなのにどうしてホテルでロケなんだろう。ロケするのだったら西宮学院高の教室を使えば良いはず。それをわざわざ、宴会場に教室のセットを組んでるとしか読めないのよね。


 それとミサトはなぜか控室に缶詰め状態。御丁寧にも見張りまで付いて、撮影している宴会場に行かせないのよね。どこかに映り込んだら拙いって話はわかるけど、そこまでするかって感じだった。かなり待たされた後に、


「お願いします」


 その時だった、新しい台本をまた渡されたんだ。こんなギリギリに渡されても困ると思ったんだけど、見ると一言。


『泣き崩れる』


 えっ、どういうこと。もう演技もクソもなく宴会場に走って行って、扉をパッと開けたら誰もいないのよ。そう、ミサトは間に合わなかった設定になってたんだよ。もう悲しくて、悲しくて泣き崩れるなんてものじゃなかった。


「カット、撮影終了。お疲れ様」


 ちょっと待ってよ。こんなラストでホントにイイの。これじゃ、部長役も部員役もわだかまりだけ抱いて終わるだけじゃない。映画にしたって、尻切れトンボじゃないの。こんなラストを撮るために一ヶ月も付き合っていたというの。


 そりゃ、映画を撮るのは監督だから、どんなラストにしようが勝手だけど、こんなラストが許されるものか。なんの救いもないじゃない。そりゃ、もう猛烈な勢いで滝川監督に食ってかかった。


「尾崎君はこのラストが気に入らないのか」

「ええ、まったく、どこも気に入りません。ここまで心を合わせて映画を撮って来たのです。そのゴールがこんな、こんな・・・」


 そうしたら滝川監督が、


「君は初戦審査会の結果で心を閉ざし、誰も受け付けなくなった。その心を開こうとする仲間たちの願いを、すべてはねのけた。その結果がこれではないのかな」


 それは、部長時代のミサトであって、映画の部長役は違うはず。もっと心の広い人だったはず。


「君は仲間の、どんな小さな過ちも許さない人間だ。一度のミスを決して許さない。ボクはそうした。そうじゃないのかね」


 だから部長時代はそうだった。でも、これは映画じゃない。どうしてミサトの本性を映画にしないといけないのよ。


「ボクは君から感じ取った君を映画にした。君は仲間の過ちを許さないが、どこかで許したい気持ちがある。だがそれは、いつも空回りしてしまう。それを表現した。よく撮れている」


 なんてことを。これがミサトの生き様だって。悔しいけど言い返せない。でも、でも、


「ボクは出演者の本性を撮る。それこそがリアリティだ。君のキャラを余すことなく映画に出来て満足だ」


 もうミサトは泣いたよ、泣いて、泣いて、泣きまくったよ。そうだよ、これがミサトだよ、間違いなくミサトだよ。でも、そんなものわざわざ映画にしなくてもイイじゃない。ミサトだって変わりたいんだ。寂しいんだ。ミサトの本当の気持なんかわかってたまるか。


 本当のミサトは違うんだよ。滝川監督のボンクラな目でわかってたまるか。どれだけ辛くて、悲しい目に遭って来たと思ってるんだ。その気持ちがあんたなんかに永遠にわかるはずないよ。


 映画なんか二度と出るもんか。滝川監督もこれでオサラバ。こんな映画に誘い込んだ岩鉄さんも、無理やり出演させた麻吹先生も、能天気に色紙を渡した新田先生も、みんなおさらば。もう二度と顔なんか見たくない。


 なにがミサトの本性よ。もう誰も信じるものか。世の中の人間はすべてミサトの敵、信じられる人間なんて最初からいるはずも無い・・・その時に会場に轟く滝川監督の声、


「ラストシーン、テイク2」

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