悲話

「加茂先輩、その南亜希子さんって誰なのですか」


 加茂先輩とケイコ先輩、さらにヒサヨ先輩や平田先輩はツテツテをたどってミサトさんの高校時代のことを調べてられてます。あの尾崎さんの態度の裏に、きっと何か理由があるはずだと見ています。そこで浮かび上がって来たのが南亜希子さん。


「伊吹が準優勝した大会の前の年の話になるが・・・」


 当時の摩耶学園写真部にいたのは二人だけ。どちらも二年生の野川さん、藤堂さん。野川さんは部長で、あの時の優勝キャプテン。藤堂さんは副部長ですが、二年になる時に写真部が野川さん一人になるのを知って入部したらしい。


 新学期になり、新入生のミサトさんが加わるのですが、ミサトさんが引っ張り込んだのが南さん。


「尾崎さんの友だちと見て良いだろう。男二人だけの写真部に、女一人で入るのに抵抗があったんじゃないかな」


 翌年がボクも出た写真甲子園になりますが、そのさらに翌年にミサトさんは部長になり写真甲子園をディフェンディング・チャンピオンとして決勝大会を目指します。惜しくもブロック審査会で敗退しますが、


「その時のメンバーが、尾崎さん、南さん、それと高原というやつだ」


 前年の写真甲子園優勝で写真部の部員も増えていたのですが、


「クローバー写真クラブに、その頃の事を知っている元摩耶学園写真部員を見つけて話を聞いたんだが・・・」


 やはりミサトさんと南さんは中学時代からの親友で・・・ちょっと待てよ。その南さんって、ひょっとして、


「伊吹君、やっと思い出したか。君がブロック審査会で見た組み写真のヒロインだよ」


 あれは異色の組み写真で、高校生の大会にストレートに恋を持ちこんでいました。そう言えば、あれは演出でなく、写真部総出であのパフォーマンスを実際にやったとミサトさんは言ってたはず。


 問題はミサトさんが部長になって率いた写真甲子園で良さそうです。ミサトさんの技量は全日本写真展高校生の部金賞でわかるように、あの時点の高校生で日本一として良いはずです。


「尾崎さんは部長としてキャプテンとしてチーム力を上げようとしたらしいが・・・」


 元摩耶学園写真部員の話では、ミサトさんと副部長であった南さんの間に深刻な対立が起ったそうです。この対立が写真甲子園の決勝大会進出を阻んだ原因の一つみたいですが、


「そいつも詳しい事情となると良くわからないとしてたよ」

「でも部員なら・・・」

「うむ。どうも話したくなさそうなのだ。余程の事があったような印象だけはあるが・・・」


 なにが一体起ったというのでしょうか。加茂先輩は対立の当事者である南さんにカギがあると考え探し回ったようで、


「南さんにアポ取れたよ。南さんも関学の写真サークルに入っていた。伊吹君も一緒に来い」


 翌日に阪急甲東園から関学に。関学キャンバス内の神戸屋で待ち合わせ。待つことしばしで南さんが現れました。あれっ、二人連れ、横のゴッツイ男は誰だ、


「お邪魔虫ですみません。伊吹君にわかりやすいように言えば、優勝時の摩耶学園写真部の副部長をやっていた藤堂です」


 言われてみれば、思い出したぞ。


「南さんに告白された!」

「まあ、その、そうです」


 今もカップルが続いているとは羨ましい限りです。


「それで摩耶学園写真部になにがあったのですか」

「アキコが悪かったのです」


 写真の団体戦のチームを組む時の重要なポイントが三人のバランス。技量の差も大きすぎると弱点になります。ミサトさんは自分以外のメンバーのレベルアップに必死になられたようです。


「必死って」

「そうです、伊吹さんが経験されたものを思い浮かべてもらえば」


 ミサトさんと南さんは中学からの友だち、


「アキコは親友と思っていました。だから・・・」


 あれ泣き声に、そこに藤堂さんが、


「アキコが悪いわけでない。親友なら言うべきやった。いや、親友やから言えるんやないか。あの時にアキコ以外に誰が言えたんや」


 あまりにミサトさんの指導が厳し過ぎたみたいで、


「三人目の高原君が写真部を辞めたいと相談されたのです。高原君は当時のナンバー・スリーで、彼に替えられる人材はいなかったのです」


 南さんもトレーニングは辛かったそうですが、


「アキコはこれでも麻吹先生たちの指導の経験者です。ミサトの指導はそれに匹敵するものでしたが、アキコなら耐えられました。でも写真甲子園は三人の団体戦です。高原君を失うわけにはいかなかったのです」


 そこでトレーニングを一時的にでもペースダウンすることを提案したそうです。


「ところがミサトはむしろペースアップする予定だったらしく、そこで・・・」


 また南さんが涙声に。南さんとミサトさんは口論になりかけたそうですが、その瞬間にミサトさんが、


『アキコもそうなんだ・・・』


 そう言って寂しそうな顔をして部室から出て行ったそうです。


「だからアキコは悪ないて。アキコがあそこで頑張ったからブロック審査会まで行けたんやないか」

「違います。アキコがあそこで余計な口出しをしたからブロック審査会で落ちたのです。アキコが本当にするべきだったのは高原君を励まし、ミサトの指導に付いて行くようにさせることだったのです」


 これって喫茶北斗星のあの日と、


「ミサトはその日から変わりました。写真部に来ても選手の指導には一切口出しせず、見ているだけで何もしなくなりました」


 それだけでなく話さえも殆どしなくなったそうです。部長ですからあれこれ相談される事はあったのですが、なにを聞かれても、


『ああ、それでイイ』


 ここもわかりにくいところですが、部長の田淵先生との間にも指導方針で対立があり、それこそ火花が飛び散るぐらい丁々発止だったそうですが、その日を境に、


『ああ、それでイイ』


 南さんがいうには部長だから部室に来ているだけにしか見えなかったそうです。


「アキコはミサトの事が何もわかってなかったのです。ミサトは優勝旗を返しにいくのに懸命でした。アキコがやらなければならなかったのはミサトのサポート。ミサトのトレーニングを誰にも邪魔させない事だったのです」


 そこまでミサトさんは背負いこんでたんだ。


「ミサトはアキコのやった事を裏切りか何かに感じたと思っています。誰も理解者がいなくなったと感じたミサトは・・・」


 またも泣き崩れる南さんを藤堂さんは支えながら、


「この話をアキコがするのは辛いんや。そやから西学さんから頼まれた時に断るように言うたんよ。でもまた同じようなことが尾崎に起ったって聞いて、どうしても話しときたいってな」


 南さんも辛かったんだろうな。良かれと思って口出ししたことで、すべてをぶち壊しにしたと悔やみきってるもの。でも、本当はそうじゃないはず。南さんがやった事は決して悪かったと思えないもの。


「アキコじゃ言えんからオレが補足しとくわ。尾崎の指導は部員の反発を買っとった。そやけど写真甲子園の決勝大会を目指すんやったら、それぐらいやって当たり前や。伊吹君ならわかるやろ」


 わかる。その程度のことは全国レベルを目指す部活なら、どこでも起こる事だよ。ボクの神藤高校写真部でも何度もあったよ。それを乗り越えてこそのものじゃないか。すると藤堂さんが、


「ああいうものは、憎まれ役と、宥め役がおらんとあかん。それがおってこそ、乗り越えられるんや。アキコがやったんは宥め役や。宥め役やったはずやってんよ。それなのに尾崎は全部退いてもたんや。綺麗サッパリ全部な」


 藤堂さんが言うには、ミサトさんは完全な憎まれ役になっただけではなく、南さんが救世主扱いになってしまったとか。ミサトさんはただ部長としての責任からブロック審査会まで戦ったと。


「アキコは裏切り者、ミサトを支えきれなかった卑怯者、もう二度とミサトの前に恥しくて立てません。ミサトは一人で野川部長、エミ先輩、麻吹先生たち、すべての代役をしようとしていました。それを、それを・・・」


 それでも南さんだけが悪いとは、ミサトさんだって悪いところは、


「伊吹君の言う通りや。アキコのしたことは悪ない。あの時に言えるのは、誰も尾崎を支えてると感じなかった事やねん。伊吹君わかるか」


 それって、


「アキコの経験で大事なことは、尾崎はすぐにそう感じてしまうってことや。アキコでさえ、たったそれだけの事で信じられなくなってもたんや。摩耶学園の時には誰もそれに気づかなかったから、あそこまで行ってもたとしてもエエ。西学ではそうなって欲しない。だからアキコはそれを伝えるためにここに来た」

「ボクたちはミサトさんを見捨てたりしません」


 すると藤堂さんはニコッと笑って。


「オレらが出来ることはここまでや。アキコとオレの願いは尾崎を救って欲しいだけや。だってやで、尾崎はオレたちの英雄や。摩耶学園写真部の栄光の優勝メンバーやんか」


 そう言って二人は席を立ったのですが南さんが最後に、


「もしミサトに会うことがあったら伝えてほしい。アキコは今でもミサトの友だちだって。あの時の部員だって・・・」

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