追想
言われたホテルに行って見るとミサトの荷物が運び込んであった。ビジネス・ホテルだけど機能的で使いやすそう。シャワーを浴びてベッドで寝てたら、また思い出しちゃった。サークル北斗星での伊吹君の指導。
あれって前科があるのよね。ミサトが部長の時にやらかした指導。あれも大失敗だった。アキコにまで見放されたものね。嫌われちゃって高校卒業してから音信不通。アキコはわかってくれると思ってたけど、そんなわけないよね。
ダメね、ミサトに指導は向いていないよ。去年の加茂先輩たちの指導程度ならまだしもだけど、その上となるとああなっちゃう。だから、もうしないと思ってたけど、伊吹君の指導を断り切れなかったのよ。
結果は最悪、先輩たちもだけど、ナオミや伊吹君からも嫌われちゃった。きっと高慢でエラそうな、嫌な女にしか見えなかったんだろうな。だってさ、去年のツバサ杯グランプリ獲得者で、学生団体戦世界一メンバーだものね。
そんな女が調子に乗って伊吹君をイジメてると見られたか。やっぱりそう見えるよね。だからやりたくなかった。それを考えると新田先生はエライよね。新田先生の指導はホントに怖いのよ。ションベンちびりそうどころじゃなく、何回もちびったもの。
でもそんなに怖いのにミサトは付いて行けたもの。あれは見た目とは裏腹に弟子を思う温かい心を、ミサトも知らず知らずのうちに感じていたからだと思うもの。ミサトのは単に冷血女のイジメってこと。
だからあの日からサークルに行けなくなった。帰りに喫茶北斗星の前を通るけど入る気もしない。考えたら、サークルに入ってから日課のように入り浸っていた喫茶北斗星なのに、今のミサトには遠い世界、別世界。縁のない場所。ナオミが、
「ミサト、今日は来るでしょ」
声だけかけてくれたのは救いだったけど、あれも義理に聞こえる。ミサトは社交的って思われてるけど、実は人見知りが強いんだ。寂しがり屋なのに、友だちを作るのが苦手。苦手だから頑張って、頑張って友達作るけど、やっぱり苦手なものは苦手。
だから出来た友だちに嫌われないようにしてた。頼られても頼らないようにしてた。摩耶学園の写真部で、写真甲子園を目指して麻吹先生たちの厳しいトレーニングに耐えたのも、せっかく仲間と見てくれてる写真部の部員に嫌われないように、気に入ってもらうようにだったもの。
西宮学院でも最初は怖かった。また友だちを作らないといけないから、だからナオミが友だちになってくれて嬉しかった。ナオミがどうしても写真をやりたいと言うから、サークル北斗星にも付き合って入ったんだ。
サークル北斗星も摩耶学園写真部みたいなミサトの居場所になるって思ってた。でも違ったね。ミサトってホントに人望ないよね。これだけ一所懸命やったつもりでも、みんなミサトの周りからいなくなっちゃうもの。サークル北斗星とはもうオシマイ。みんな居酒屋タイガー堂でミサトがいなくなった祝宴でもあげてるだろうね。
でもね、伊吹君ならついて来れるし、わかってくれると思ってた。そんな目をしてると思ったんだよ。だからあの日も最後まで・・・あははは、勝手な思い込みって奴。バッカみたい。そんな人いるわけないじゃない。
実は大学も辛くなって来てるんだ。行けばナオミの姿が目に入るし、今付き合ってくれてる子たちも、いずれミサトの正体が知れていなくなっちゃいそうだもの。そんなミサトでもわかってくれそうなオフィスでプロになっちゃおうか。
ひょっとしたら、麻吹先生もそれを感じ取って呼び寄せたのかもしれない。ミサトも麻吹先生や新田先生、ユッキーさんやコトリさんたちなら信じられる。ミサトのすべてを知っても仲間に受け入れたくれたもの。あの野川部長や、エミ先輩のように。
あの日からこんな事ばっかり考えてる。寂しいな、悲しいな、誰かに聞いて欲しいな。ミサトのどこが間違ってて、どこを直したらイイかって。でも麻吹先生に相談なんかしようものなら、
『手の付けようもない。だが写真が撮れるからそれで十分だ』
こう言われちゃいそう。麻吹先生もどちらかと言わなくても変人だと思うけど、変人もあそこまで徹底すると気持ちがイイぐらい。ミサトはあそこまで強くなれないな。
ダメだ、こんなホテルに一人でいると、いくらでも思い出しちゃう。一生懸命忘れようとしてるけど、あんなもの忘れられないよ。ミサトのまさに黒歴史ってやつよね。誰にでもあるだろうけど、ミサトにもあるのよね。
ミサトは小さい時から好き嫌いが激しかったんだ。その上で負けず嫌い。ただし食べ物を除くだけど。服だって嫌いなものは、お母ちゃんが買って来たって容赦しなかった。無理やり着せられたら、それこそドロドロにして、ボロボロにして、二度と使えないようにした。
持ち物だってそうで、嫌いなものは触れもしなかった。途中から、もらうそばからゴミ箱に叩きこんでた。嫌味な子供だよ。だんだんと我慢することを覚えたけど、今でも性根は一緒。
写真教室でもB4級まで取ったけど、そこから先生と大喧嘩。先生の撮り方が気に入らなかったのだよ。言っちゃったものね、
『そんな撮り方がイイって、頭おかしいんじゃないですか。眼医者にでも行ったら、それとも精神科の方がイイかも』
これを小学四年生が言い放ったのだよ。信じられる。そこから売り言葉に買い言葉の罵詈雑言のぶつけあいの末にミサトは破門。えへへへ、ミサトのB4級は半分はウソってこと。取ったのは間違いないけど、取り消されてるの。
そんな性格だからイジメにも遭った。アキコにすら言ってないけどイジメられた。そりゃ、強烈なイジメに遭った。でもね、ミサトはイジメが嫌いだった、イジメる奴も嫌いだったし、イジメられたままになるのも嫌いだった。
だから戦ったんだ、負けてなるものかってね。はね返してやるってね。イジメられて戦って、またイジメられて戦って、でも援軍は現れなかった。味方も見る見るいなくなり、気が付けば完全に孤立無援。あは、教師にまで見捨てられた。
学校中を相手に戦って、最後はペシャンコに叩き潰された。家から一歩も出られなくなり、五年生から家に引きこもり。卒業式も出席していないし、卒業アルバムにも影も形も写っていない。もちろん捨てたけど。
うちの家の経済力から無理があったけど、中学から摩耶学園に通ったのもそのせい。小学校時代を可能な限りリセットしたかったから。もうあんな目はコリゴリ。もう目立つことはやめよう、とにかくひっそり過ごそうとしか思わなかったよ。
チサト先輩もそうみたいだけど、少しでも誰かからのイジメの気配を感じたら、とにかく逃げ回ってた。あれはやられた者しかわかんないよ。とにかく誰かに嫌われ始めたら雪だるまのように大きくなり、周りに誰もいなくなるんだよ。どれだけ抵抗しても無駄だったものね。
えっへん、あの時の辛さの経験があったから、新田先生のシゴキに耐えられました。麻吹先生のもね。イジメの辛さに較べたら、あんなシゴキなんか・・・生き残れて良かったとしみじみ思う。
そりゃ、殺されそうなほど辛かったけど、あれはイジメじゃない。ミサトの写真の腕を上げるための熱情そのもの。人をダメにしようとする冷たい心のイジメじゃなく、人を良くしようとする熱すぎる心の指導。
まあ、イイことも悪いこともあったことにしておこう。もう済んだことを悔やんでもどうしようもないのも学ばされたものね。早く寝ないと明日のバイトに応えるし。しっかしだよ、こんなバイトってこの世に本当にあってイイのかな。
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