第46話

こうが完全に目覚めるためには、ようの存在が邪魔なんだよね」

 ともえのその言葉に、あおいは胸の奥がヒュッと詰まる。煌を生かそうと思うなら、燁は死なねばならないということか……

「そもそも煌の力は大きすぎて、子ども一人の体に収めることができなかったみたいなんだ。それでも子どもの頃は、燁が側にいてその受け皿となっていたみたいだけど、燁と離れてしまってその力を受け止めることができなくなって彼女は深い眠りについた」

 では今は?

 燁は眠っているが、煌は起きているのだろうか?その力はどうなっているのか?

「今は燁が眠っているから、きっと煌は目覚めていると思うよ。でもその能力を完全に使おうとするなら、燁の体に流れた煌の力も彼女自身に戻す必要がある。そのためには、燁がこの世にいてもらっちゃあ困るんだよね」

「でも、煌の力は一人では抱えきれないんでしょ?」

 素朴な疑問と言ったふうにはるかは巴に問う。

「そう。とは言え、年齢を重ねて以前よりはその器は大きくなっているはずなんだ。アーベットは、それに賭けているのかもしれないね」

 アーベットは、そうまでして煌を自身の手元に置きたいと思っている。その真意は伺うことができないけれど……

「まぁ……煌の力の性質が性質だからね。彼女を欲しいと思うやからはたくさんいると思う」

 でも、そのために燁をどうこうしようと考えられては困る。

「燁は僕らにとって大切な仲間だからね。みすみす死なせるつもりはないよ」

 力強い言葉で言う巴に、らんも頷く。

 でも……どうやって?

「ここに拠点を移してから、オレたちだって遊んでたわけじゃないからな」

 表情に出ていたのだろうか、藍が苦笑を浮かべながら大きな手で蒼の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「……絶対大丈夫……とは残念ながら言えないけど、でも、やらないよりはマシだ」

 ニヤリと笑う藍はどこか人が悪そうだ。

「完璧ではないけれど、準備はできた。……どうかな、協力してもらえるかな?」

 蒼、君の力が必要なんだ。

 巴の問いかけは他でもない蒼に向かっての言葉だ。一度、自分の都合で離れてしまった自分を、巴は……仲間たちは、それでも必要としてくれる。

「……断る……理由がない」

 ボソボソと呟くように零れた返答に、蒼の隣にいた杳が肩の力を抜いたのがわかった。 屋敷に来てからの一ヶ月、蒼と蒼の家族の側にいたのは杳だった。蒼の友人である杳を、蒼の養父母りょうしんは自分の娘のように受け入れた。食事やお茶の時間を共に過ごすのはもちろんだが、養母は杳と共に燁の世話もしていた。時間のあるときには、一緒に裁縫をしたりお菓子を作ったりと長い時間を過ごしているようだった。そんな時間を通して、感じていたのかもしれない。

 蒼は愛されている。

 たとえ血の繋がりはなかろうとも、蒼は確かにこの家の息子で彼らの家族だった。それを誰よりも近くで感じていた杳には、蒼の気持ちもよくわかる。

 また、心配をかけてしまうかもしれない……

 養父ちちが戻ってきたばかりで、家を離れてしまうことに心残りがないとは言えない。けれど、きっと二人ともわかってくるれるだろう。……そして、戻ってくる蒼をいつものように迎えてくれる。

「ありがとう。……蒼だけじゃないよ、杳も藍も。ありがとう」

 そう言う巴の微笑みは、酷く穏やかで、どこか泣き出してしまいそうにも見えた。


 フッと目を開けると、目の前には煌がいて、その向こうには白い世界が広がっていた。

「おかえり……」

「……ただいま」

 微笑む煌に燁も弱い笑みを返す。

 自分は、必要とされていた。

 むしろ、自分のために仲間たちは動いてくれていた。自分と煌とが生きることのできる道を探してくれていた。

「……ありがと」

 燁は煌を抱きしめる。

「どういたしまして」

 ギュッと強く抱く燁を優しく抱きとめて、煌はその背中を軽く撫でる。

「わかったでしょ?」

「うん。オレは、戻らなきゃいけない」

 仲間たちのところに。

 彼らのもとに戻って、何ができるかなんてわからない。でも、戻れるのであれば、戻らなければいけない。彼らがそれを求めるのであれば、何としても。

「でも、そのときは煌も一緒だ」

 その言葉で、燁の肩に顔を埋めるようにしていた煌が弾かれたように顔を上げた。眉根を寄せて、少し困ったような、今にも泣き出しそうなそんな顔をする煌に燁は笑った。

「オレの仲間を信じて。皆すごいんだから!」

 にっこりと、どこか自慢気に笑う燁に、煌も笑みを返す。

「そうだね……一緒に……」

 煌は自分の元に夜な夜な夢を渡ってくる青年を思い出す。

 紺色の髪に金色こんじきの瞳を持った不思議な雰囲気の男は、やってきては少しだけ話をして帰っていく。話の内容は様々だった。燁のことを話すこともあれば、煌のことを聞きたがることもあった。ほとんど外の世界を知らない煌に、世間話を持ち掛けてくることもある。いつも最後に『また明日』と言って去っていく。最初の頃は、『また明日』なんて言葉は信じていなかった。けれど、巴は言葉通りに翌日も必ずやってくる。時間の概念の薄い空間に煌はいるけれど、巴が来ることで表の世界が今は夜だということがわかるようになった。それを口にすると巴は『それじゃあ僕はまるで時計みたいだね』と言って笑った。時計ほど詳しい時間がわかるわけではないけれど、外の時間軸を感じることができるのは嬉しかった。

「一緒に……」

 繰り返された煌の呟きは、白い世界へ溶けて消える。

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