第38話

「待てっ!!」

 駆け寄ろうとするようの前に、スラリと刀が伸ばされる。

「この先には行かせん……」

 その言葉とともに、ザッと火群ほむら隊長たちの周りに兵が現れ、囲まれる。

「……シャルル・ターゼ!!」

 アーベットが炎軍えんぐん十三番隊隊長を努めていた時の副隊長がターゼだった。魔の十三番隊と呼ばれる隊の中で、死神アーベットの横に常にいたのが彼……シャルル・ターゼだった。影のようにアーベットに付き従い、アーベットの戦闘の際には彼の矛となり盾ともなった。戦場で命を落としたと聞いていたのだけれど……

「生きていたのか……」

「……オレはいつもアルフ様の側にある」

 火群がなくなった今もそれは変わらないらしい。

「どけ……」

 普段の燁から考えられないような、低いドスの利いた声が響く。燁の手には、炎の刃を持つ刀がある。

 チャキッと音をさせて、ターゼは刀を構えた。

「……どけ……と言われてもどくわけにはいかぬ。あるじの命だからな」

「……オレに敵うと思っているのか?」

 燁も炎の刀を構える。

 一方は火群炎軍の総隊長、他方は炎軍十三番隊の副隊長。その間には、大きな実力の差があるのは間違いがない。

「敵おうが敵うまいが関係ない。オレは言われたことをするまでだ」

 燁たちを囲む兵たちは、ジリジリと間合いを詰めてくる。それを見て、燁以外の隊長たちも武器を手にした。

 らんの手には水の刃の西洋風の細い剣が、はるかの手には金色に輝く弓が、あおいのグローブは薄い緑色に輝いている。

 きっと、兵たちの誰もが自分たちに勝てる、勝とうとは思っていない。ただ、主の命を全うするために、主の行く手を阻むものを排除するために、戦うことを選んでいる。四色に輝く光をわずかに帯びた彼らは、その腕にフォースの増幅装置が付けていた。

 ……ここで戦うのは、得策じゃない

 藍は目の前に立つ兵に向かったままわずかに視線を動かす。

 目的の一つであった煌の奪取は失敗に終わった。けれど、フォースの増幅器の製造者がアーベットとわかった以上ここに長居をする意味はない。

 戻って、ともえと策を練らないと……

 アーベットが増幅器を作った目的や煌を匿っている理由がわからないと次の手を打つことはできない。

 でも……

 藍は、ターゼと向き合う燁にチラリと目をやる。良くも悪くも真っ直ぐな燁だ。藍の声を聞く耳を持つだろうか……。

「燁、一旦引こう」

 静かに声をかけたのは蒼だった。

「でも、コイツを倒さないと、煌を追いかけられない!」

「どちらにしろもう追いつけないよ。それよりも、今ピンチだから」

 ジリジリと包囲網を狭めてくるフォース増幅器をつけた兵たちは、蒼たちの十倍ほどの人数だろうか。それを率いているのは、元炎軍十三番隊副隊長ターゼだ。四隊長には及ばないまでも、彼の実力はなかなかのものだったと蒼は記憶している。

「でも……」

「燁がどうしても煌を追いかけたいって言うなら止めない。でも、わかってるだろ?」

 蒼の声は静かで、燁はピクリと肩を震わせる。

 そう、燁はわかっているはずだ。煌にはもう追いつけないだろうことも、今の自分たちの状況も、燁自身が何を優先しなければならないのかも。

「ふーーっ……」

 大きく息を吐いて頭を振った燁は、ハッキリとした声音で言う。

「ごめん。もう大丈夫」

 燁の背中から、迷いが抜けた。

 それを見た藍は、手にした剣を構え直す。

「よっしゃ、引き上げるぞ!」

 大きく頷く杳と蒼を見て、藍はニッと口の端を上げる。

 とっとと片付けて、次に進む!

 フッと小さくを息を吐くと、藍は大きく一歩を踏み出した。それと合わせるように、杳が弓を引き、蒼が拳を振るう。燁も目の前のターゼに向かって、振りかぶろうとした瞬間……。

 ドンッ!!

 ターゼが一瞬早く燁のほうへ踏み出し、グラリと傾ぐようにそのまま炎の刃に体を預けた。

「え……ッ??」

 腕にずっしりと感じる重さは、間違いなく人の重さだ。ターゼの顔は、燁の肩の辺りにあって長く伸ばされた黒い髪がさらりと燁の腕に流れた。視線の先には、ターゼの背中から飛び出た炎の刃が見える。

「……なん……で……?

 ゴホッと咳き込みながらターゼは弱々しい力で燁の肩を押す。その反動で燁が一歩後ろに下がると、炎の刃がターゼの体から外れ、ターゼはそのまま後ろへと倒れた。床に、じわじわと赤い血が広がっていく。

「燁!!」

 呆然として倒れそうになる燁を蒼が慌てて背中から支える。

「な……なんで……?」

 うわ言のように繰り返す燁に、ターゼはニッと笑んで返した。

「主の命だと言ったろ?」

 主の命……。燁の刃に貫かれることが、ターゼに課せられた命だと言うのだろうか。

「お前たちにはわかるまい。あの方の抱えているものは、お前たちが思っているよりもずっと大きくて重いのだ……」

 ゴボッと嫌な音をさせながらターゼは血の塊を吐き出す。

「黙ってて!死ぬわよ!」

 ターゼの横に膝をつくのは杳だ。傷のある胸部に手をかざし、治癒の呪文を唱え始める。

「……いらん」

 パシッと杳の手を振り払うと、ターゼは体を起こした。ゴホゴホと咳き込むターゼに駆け寄ってきた兵の一人が彼の肩を支える。杳は、飛び跳ねるように後ろに下がり、ターゼから距離をとる。それに倣って、蒼も燁の肩を抱いたまま後方へと下がった。燁は蒼の腕の中でぐったりと目を閉じたままだ。

「我が主の……願いは……ただ一つ。そのためには……フォースに血を捧げる必要があった……お前たちが……オモチャと呼ぶソレは……そのための……ものだ……それも……間もなく……不要と……なろう……」

 他の兵士たちも、ターゼを守るように燁たちとの間に入る。

「……守りたいものがあるのは……お前たちだけではないのだ……」

 大きく肩で息をして、ターゼは目を閉じた。

「道!できたぞ!」

 一人背後で次々と湧いてくる兵の相手をしていた藍が声を上げる。

「行くよ!」

 杳が蒼に声をかけ、藍の方へと駆け出す。蒼も燁を抱え直すと、ターゼに背を向ける。

「アルフ様の手は……長くて……大きい……覚悟は……できているのだろうな……」

 ターゼの最後の言葉は、蒼の耳にだけ届いた。

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