第37話

「ここかーー!!」

 大声で叫びながら、らんは鉄製の扉をガツンと蹴破って開ける。一応鍵はかかっていたようで、鍛え上げられた上にフォースを使っている藍の筋力を持ってしてもなかなかの力が必要だった。

 ドガンッというかバキッというか……とにかく、嫌な音を立てて扉は部屋の内側へと倒れていった。

こう!!」

 藍のすぐ後ろにいたようが、部屋の様子を確かめることなく飛び込んでいったので他の三人も後を追う。

 広い部屋だった。ビルのフロアをぶち抜いたのだろうか。畳で言うと五十畳くらいの広さがありそうだ。外に面した方は一面はめ殺しの窓で、窓の向こうには輝く星空が広がっている。部屋の真ん中には大きなベッドが置かれていて、そこに人が眠っているようだった。部屋に電灯はなく、ベッドサイドのスタンドライトだけがほのかに光っている。そこには、人影があった。

「煌!!」

「燁、待て」

 駆け寄ろうとする燁を鋭い声で藍が制す。その声を聞いてなお近づこうとする燁の腕をあおいが引いた。

「……」

 暗闇の中でもキラキラと輝く蒼の黒い瞳に、焦りで正気を失いかけている自分が映っている。蒼の表情が不安で固くなっているのもわかる。

 そうだ……落ち着かなきゃ……

 この場所は、煌がいるだけじゃない。危険なオモチャの製造場所でもあるのだ。

「おやおや……火群隊長ほむらたいちょうがお揃いで、どうされたんですか?」

 ギシッと音を立てて、ベッドサイドの影が動いた。光に照らされて輝くプラチナブロンドの髪とハニーブラウンの瞳。にっこりと微笑む唇は薄く、その表情はどこか軽薄な印象を受ける。

 その姿を見て、燁は一気に血の気が引くのを感じた。

「……アルフレッド・アーベット……」

 燁の口から漏れた名に、彼……アーベットは笑みを深くする。

「さすが炎軍えんぐん隊長。わたしのことを覚えていてくださったんですね」

 丁寧な口調が慇懃無礼いんぎんぶれいに聞こえるのが、アーベットの特徴だった。燁は表情をなくし、無意識のうちに蒼の腕にすがる。

 忘れるわけがなかった。火群の中でも攻撃力が高く、先鋒を買って出ることの多かった炎軍において、燁の率いる一番隊に次ぐ強さと言われていたのが、アーベットを部隊長とする十三番隊だった。戦闘力では、他の類を見ないほどの強さを誇る十三番隊だったけれど、出陣率は他の隊にはかなり劣る。その理由は、隊長アーベットの性質にあった。


 目の前の荒野に広がるのは、人、ひと、ヒト……。その世代や性別は、老若男女問わない。ただ、誰一人として息をしている者はいない。ふと燁が目をやった先には、年端のいかない少女の姿があった。誰かに助けを求めるように伸ばされた腕は、空を掴もうとしてういるようで、その瞳には何も映してはいなかった。

 どうして……

 どうして、こんな幼い子まで命を落とさなければならないのだろう。どうして、戦闘員ではない人たちが、こんなに血を流して倒れているのだろう。どうして、どうして……。

 頭の奥がグラグラする。胸がムカムカして、吐きそうだ。ムワッと暑い季節のはずなのに、酷く寒く感じる。

「隊長。遅かったですね」

 呼ばれて振り返ると、頬を血で汚したアーベットが立っていた。ズルリ……と何かを引きずりながら燁のほうへ近づいてくる。

「!!」

「どうかされましたか?」

「アーベット……それ……」

「それ……?あぁ……これですか?」

 グッとと引き上げて燁に見せるのは、人の頭だった。かろうじて胴体と繋がっている状態なのだろうか。頭の動きに少し遅れて体揺れる。

「ちょっと邪魔だったんで、処分しました」

 雑草の草抜きをした……とでも言うような軽さで言ってアーベットは微笑む。その顔は笑っているけれど、感情がない。

「どうして……」

「どうして?」

 燁の言うことが理解できないとでも言うように、アーベットは小さく首を傾げてみせる。

「作戦を行うに当たって、邪魔だったので処分しました」

 燁の問いにアーベットは答える。

 違う。そうじゃない。そうじゃなくって……

 思わず目を伏せると、空を見つめる少女と目が合った。

 違う。そうじゃない。どうして?どうしても?

 頭の中でブツッと大きな音がして、燁は闇の中へと落ちていく。遠くで、自分を呼ぶ蒼の声が聞こえた気がした。


「……どうして……」

 グラリと傾げそうになる体を蒼に支えられながら燁はアーベットを見つめて呟く。額には脂汗が浮かび、体が震える。奥歯がカチカチと鳴りそうになるのをグッと噛み締めて必死で堪える。

「どうして?隊長はいつもわたしに同じことを聞いてきますね」

 アーベットの声は流れるように続く。

「どうしてわたしがここにいるのか……という質問であれば、ここはわたしの会社だから……とお答えします」

「つまり、このオモチャを作ったのはあんただってことか?」

 返したのは藍だった。アーベットに向かって、ここに上ってくるまでに回収した増幅器を投げつける。

「オモチャとは心外ですね。これでも開発にはとても苦労したんですよ?ここまで完成するのに八年もかかってしまったし、かなりの資金もつぎ込んだんですから」

 足元に転がる増幅器を拾いながら大げさに肩を竦めてみせるアーベットに、悪気はなさそうだ。

「これがあれば、誰だって思うがままにフォースを使いこなすことができるんですよ?素晴らしいではないですか」

 そういう彼の腕には、増幅器はない。

 元々アーベット自身の持つフォースが大きいということもあるだろうが、きっと理由はそれだけではない。彼は知っているのだろう。そのオモチャを使った者の末路を……。

「どうして……煌はここにいるんだ……」

 煌の名を燁が口にした瞬間に、アーベットの纏う雰囲気が変わった。その気配に藍は両腕にブワーッと鳥肌が立つのを感じる。

 それを知ってか知らずか。アーベットはにっこりと満面の笑みを燁に返す。

「どうして?愚問ですね。でも、それをわざわざあなたたちに伝える義務はありません」

 シーツに広がる煌の白い髪を一房手に取り、口づけ、そっと煌の頭を撫でると、アーベットはカツッと鋭い足音を立てながら燁たちの正面へとやってくる。

「そういうあなたたちは、何をしにこちらへ?まさかわたしとの久々の再会を喜びに来たわけではないでしょう?」

 それはそうだ。燁たちはここにアーベットがいることすら知らなかった。燁たちがここに来たのは……

「煌を返してもらいに来た」

 燁はまっすぐにアーベットを見ながら言う。

「ははは!」

 部屋中にアーベットの高い笑い声が響いた。

「返してもらう?心外ですね。わたしは煌をここに縛り付けたり、監禁したりしてるわけではありませんよ。むしろ彼女を保護している身だ。あなたたちはご存知ないかもしれないが、煌の体は動くことができない。彼女ができるのは、夢を渡ることだけだ。それだって、最近できるようになったばかりですよ」

 アーベットは煌の方に目を向け、少し唇の端を上げるようにして呟くように続けた。

「まぁ……わたしのところには来たことがないですけどね」

 一瞬俯いて表情を消したアーベットは、パッと顔を上げると両腕を大袈裟に広げるようにして再び語り始める。

「とは言え。返せと言われてそうですかと素直に手放すわけには行きません。こちらにも都合というものがありますから」

「……都合……?」

「あ!もちろん、あなたたちにこちらの都合をお伝えするつもりはありませんよ。プライベートなことなのでね」

 言いながらアーベットは、身を翻すと煌の眠るベッドのほうへと向かっていく。

「煌のことだけではないのでしょう?あなたたちがここに来た理由は」

 煌をそっと抱き上げながら言うアーベットの言葉にハッとして、藍が声を上げる。

フォースの増幅器なんて作って、どうするつもりだ!」

「んーー……それも、プライベートな事情に関わることですので、返答は遠慮させていただきます。ただ、間もなくその増幅器は不要になるので、そちらで処分していただいて構いませんよ」

 抱え上げた煌のサラリと流れる髪を軽く撫で、アーベットはくるりと振り返り背後のはめ殺しの窓の方へ歩いていく。

「待て!どこに行くつもりだ!?」

 叫ぶのは燁だ。

「どこに……と聞かれて、答える義理はありませんよ。シャル!」

「はい……」

 にっこりと笑って言うアーベットに呼ばれでどこからともなく現れたのは闇に溶ける黒く長い髪を背中に流した細身の男だった。手には刀身の長い刀を持っている。

「あとは任せるぞ」

「はっ!」

 アーベットがガラスに手を近づけると、音もなくはめ殺しだと思われていた窓が開く。

「では、皆さん、失礼します」

 そう言うとアーベットは、煌を抱えたまま窓の外に飛んだ。

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