第31話

 スヨスヨと穏やかな寝息を立てているようの額に張り付いている前髪をあおいはそっとよけてやる。うっすらと汗ばんでいるのは、先程までうなされていたからだろう。眉間に皺を寄せて苦しそうな表情を浮かべて眠っていた燁だが、気配を感じたのか蒼が眠る燁の顔を覗くと表情を緩めた。そのあとは、うなされることもなく穏やかに眠っている。

「……何て言うか、蒼くんの一方通行じゃなくって安心するわ」

 燁の眠る寝台の横から離れようとしない蒼を横目で見ながら、はるかは言う。その言葉に苦笑を返すのはらんだ。

「昔っからそうだろ?」

 藍は、お行儀悪く長椅子に長い足を投げ出すようにして寝そべっている。

 久々に盛大にフォースを使ったせいで、少し体が怠い。激しい運動をした後のように、体が重くて今にも眠ってしまいそうだ。

「藍くんも少し眠ったら?燁くんが起きたら起こしてあげるわよ」

「んーー……そうだなぁ……」

 杳の申し出は、藍にとって大変有り難いものではある。けれど、藍の返事はノリ気ではない。

 ともえに報告しときたいしなぁ……

 藍たちはつい一刻にじかんほど前にこちらに戻ってきたばかりだ。三日前に島を出るときと同じように祠の転送装置を使い、帰ってきた。その足で巴に報告をしようとしたのだが、当の巴の姿は家には見当たらなかった。

 出かける先なんてないはずだけど……

 島の外に出るにしても、泉の祠を使う必要があるし、それを使った形跡はなかった。唯一家にいた燁もずっと眠ったままだ。それも酷く弱った様子で、それを見た蒼が巴どころではなくなった。そこで、三人揃って燁の部屋で燁が目を覚ますのを待っている……というわけだ。

 低いテーブルの上では、杳が準備してくれた冷たい飲み物の入ったグラスが汗をかいている。開け放たれた窓から入ってくる風が気持ちいい。

「ふぁ〜……」

 思わず出たあくびをそのままに、藍は目を覚ますためにぐっと体に力を入れて体を伸ばす。胸元には、先日出会った元お仲間から預かったモノが入っている。それは以前地軍の隊員たちに見せられた物とほぼ同じものだった。例の館の主は、ソレを使ってフォースを増幅させて山火事を起こし、あの地域の再開発を行うつもりだったらしい。

 本人の言い分をそのまま受け入れると、彼は『火群炎軍第十二番隊副長補佐代理候補』とのことなので年齢は藍よりも一回りほど上だろうか。

 ……それにしても老けてたな

 自分自身の持つフォースを無理矢理増幅させて使うと相当のエネルギーを使うのだろう。その影響で体が老化してしまったのかもしれない。

 普段軍人として体を鍛えているはずの藍ですら、久しぶりにフォースを使うとこのざまだ。普通の、扱えるフォースの大きさが少ない人間であればより体への負担が大きくなってしまうのだろう。

 あのままだと、もって五、六年ってとこかな

 藍の見た彼の命のエネルギーは、そんなものだった。

 カタン……と階下で小さな音がした……ような気がした。

「見てくるわね」

 杳はついでとばかりに空いたグラスを手に取り、一階へと様子を見に行く。

 蒼は変わらずに、燁の寝台の側の椅子に座ってじっと燁をの様子を見つめている。時折額に手を当てたり、首元に手を当てたり鼻元に手をかざしたりしている様子からちゃんと生きているかを確認しているようだ。

 まぁ……実際生きてるのかどうかわからんくらい静かだな

 人は生きているだけで生命エネルギーを発している。そのエネルギーは、元気な人ほど強く、体調が悪かったり怪我をしていたりするとその重症度によって弱くなる。

 今の燁の状態は、その生命エネルギーを感じることができないくらい静かに呼吸をしている。

 燁が静かだと途端に場が静かになる。それほど燁は仲間たちの輪の中心にいつもいる。そして、蒼の中には誰よりも大きな存在として燁がいる。

 トントンと控えめなノックの音と共に、杳が部屋に戻ってくる。その後ろには、姿が見えなかった巴がいた。

「おかえり。出迎えできなくて悪かったね」

 そう言って微笑む巴は、少し顔色が悪い。

「どこにいたんだ?」

 長椅子から体を起こした藍は、巴の顔を見て少し眉根を寄せる。

 また無茶して……

 あの顔色の悪さは、多分寝食を忘れた結果だろう。何かに夢中になった巴にはたまにあることだ。それほど気になることがあった……ということか……。

「ごめんね。地下にいたんだ」

 地下にある書庫の存在を藍たちはもちろん知っている。けれど、いつもの巴であれば書庫にいても仲間たちが帰ってきた気配には気付くだろう。

「何か面白いものでもあったの?」

 巴が周りが見えなくなるほど集中してしまうようなことがあったのか。そう尋ねる杳に、巴は首を横に振る。

「……面白くはないかな」

 そう言うと、巴ははぁ……と大きく息を吐く。その顔に上る表情は浮かない。寝台に横たわる燁にチラリと目をやったあと巴は大きく息を吐いた。

「ともかく、燁の目が覚めるまで待とう。話はそれからだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る